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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第4章 (リム 鐘後217年6月)

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041 『こうするに決まってる』

 岩漿龜ようがんがめと遭遇してから二日後の夕方。

 俺とファズは、未だ銀山跡の森の中を彷徨さまよっていた。

 五箇所ある目撃地点をそれぞれ三回ずつ調べたが、未だに謎の発光現象は謎のままだ。

 付近を探索した結果、五箇所の全てでイワクありげなモノは見つかった。


 朽ちかけた巨木のウロ。

 やけに深い円形の水溜まり。

 人工的な四角い大岩。

 二十歩で行き止まりの洞穴。

 廃墟と化した鉱夫の宿舎。


 どれもが怪しい雰囲気を漂わせていたのだが、そこから先に進むことができない。

 特に宿舎の廃墟については、最新の目撃地点に最も近いこともあって、建物の崩壊を十年分進行させる勢いで念入りに調べたのだが、結局は何も出てこなかった。


『どうする、リム』

「どうしたモンかな……」


 そろそろ早期の解訝かいげんを諦めて、一旦引き上げるべきタイミングなのかも知れない。

 だが最初の検訝けんげんを失敗するというのは、いきなり縁起が悪いにも限度がある。

 ついでに、苦虫を巣ごと噛み潰したような教官の渋い顔と、腹を抱えて転げるマリオンの笑い顔が想像できてしまい、どうしても撤退に踏み切れない。


「この訝の原因、人間か人間以外のどっちだと思う?」

『ヒトの仕業だろう』

「やっぱり、そう思うか……」


 訝というものは、一度発生したら解決されるまである種の連続性がある。

 なのに今回調べている発光現象には、三年近いブランクが存在している。

 それだけでも妙なのに、そこはかとない隠蔽いんぺい工作の痕跡まで存在しているのでは、もう新生物ヴィズの仕業とも自然現象とも考えづらい。


「そういや、燐光兔おにびうさぎってのは何なんだ?」

『毛皮は白いが、暗い場所でボンヤリ光る。大きさと見た目がウサギに似てる』

「そんなんじゃ、大型獣のエサになっちまうんじゃ」

『光に寄って来た相手を逆に襲う。鋭い爪と牙があって素早い。そして肉食』

「イヤなウサギだな……」


 口の周りを赤く染めた小動物を想像し、形容し難い疲れが湧き上がる。

 やがて視界の先に、また例の四角い大岩が見えてきた。

 日の光の下だと、より濃厚に人工物の気配を漂わせている。

 立ち止まった俺は、腕を組んで灰色の立方体と緑の半円形を眺める。


「絶対、何かあると思うんだがなぁ」


 とは言え、それっぽい箇所は残らず調べ、色々と試してみた。

 岩そのものを動かそうとするとか、そういう無茶はしていないが。


『動かせばいいのか』

「簡単に言うがな――」


 ファズは杖を地面に突き立てると、苔だらけの丸い岩を両手で掴んでスッと持ち上げる。

 そのまま表情も変えず、無造作にそれを放り投げた。


「……マジでか」

『四角いのは、一人じゃ無理』


 丸い方も、普通ならば数人集めて持ち上がるかどうか、そんな大きさだ。

 しばらく呆然としていたが、ファズが何者なのかを思い出し、ようやく気を取り直す。

 潰れた半円の丸石は、黒ずんだ接地面を上にして転がっている。

 近付いて調べてみるが、特に変わった所はないようだ。


『こっちは、何かある』


 ファズに手招きされ、さっきまで岩が鎮座ちんざしていた場所に視線を落とす。

 少し凹んで湿った地面、その中心で金属製の物体が土に塗れていた。


「何だ……ハンドル?」


 車輪のようなデザインの、掌サイズの何かがそこにはあった。

 やはりコレは、回してみるべきなんだろうか。

 左隣で屈み込んでいるファズは、当たり前だと言いたげな空気をかもしている。


 ハンドルを握って右に回してみると、厭な金属音できしむ。

 最初は結構な抵抗があったものの、ハンドルはすぐにスムーズに回り出した。

 足の裏に振動が伝わってくると同時に、只事ではない地響きが生じる。


『なるほど』


 耳をろうする轟音の中、ファズの呟きが伝わってくる。

 彼女の視線の先で、四角い岩が土埃を散らしながら、ゆっくり迫り上がっていた。

 地中から出現した岩肌には、明らかに人工的な長方形の穴が穿うがたれている。

 その大きさは、大人の男が余裕を持って通れる程度だ。


 覗き込んでみると、短いスロープの先に、三四人が立てる程の狭い空間があった。

 壁に打ち込まれた鉄杭に掛けてあるのは、古びた大型ランプだろうか。

 流れ出てくる冷たくよどんだ空気は、ここが放置されていた時間を物語っている。

 暗くてよく見えないが、奥には下に続く階段があるようだ。


「発光現象は、このランプの光が漏れたのか」

『かもな』


 他の四箇所にも、ここと似たような仕掛けが存在しているのだろう。

 場所がバラけているのは撹乱かくらんが目的か、或いは他の意味があるのか。

 とりあえず中に入ってみるか――それとも、現在も使われている可能性が高い、あの廃墟周辺に戻って隠された入口を探すべきか。


『何を迷う。とりあえず調べてみればいい』


 ファズは俺の逡巡しゅんじゅんを無視して、入口付近に掛けてあったランプが使えるかどうかをチェックしている。

 昨日までの八方塞はっぽうふさがりの状況に比べれば、この発見は劇的な前進だ。

 多少の回り道があろうと、気にする程のコトはないか。


「よし、行ってみよう」


 そう決断を下すと、ランプに油を足しながらファズが頷く。

 かなりの年代モノだが、どうやらまだ使えるようだ。

 ファズは点灯したランプを杖から提げ、急な階段を結構な速度で下りて行く。

 俺は自前のランプを手に、置いていかれないように後を追う。


 九十九折つづらおりになった石造りの階段は、手入れがまるで行われていないようだ。

 所々で段が飛んでいたり、盛大なヒビが入っていたりで、足場はかなり悪い。

 壁面は木の板が張り巡らされているが、そこら中から木の根が飛び出していた。


「うおっ――とぉ!」


 着地と同時に石段が軽く崩れ、危うく転がり落ちかける。

 咄嗟とっさに壁を突き破っている木の根を掴み、体勢を立て直したが間一髪だ。


「すまんが、ちょっとペースを落としてくれるか」

『その必要はない』


 姿が見えないファズに呼びかけると、冷淡な返事が頭に響いた。

 そんなコトを言いながらも、ファズの足音は止まっている。

 素直じゃないな、と思いつつ数十段を降りると、階段の終点とファズの背中が見えた。

 杖から提げられたランプは、頑丈そうな錠前の付いた鉄格子の扉を照らしている。

 その先にも似たような扉があり、更に先には木製の扉があるようだ。


「厳重な警戒ぶりだな」

『意味ないけど』


 ランプを床に置いたファズは、杖の石突を錠前の隙間に捻じ込む。

 そして、梃子てこの要領で一瞬にして鍵を破壊した。

 次の扉も同じ方法で突破し、木の扉の前で立ち止まる。

 こちらはウォード錠のロックがかかっていた。


「……大体は予想がつくが、ココはどうするんだ?」

『こうするに決まってる』


 俺の質問に軽い笑みを返したファズは、綺麗な蹴りで扉を粉砕した。

 扉の残骸が転がる先からは、青白い薄明かりが洩れてくる。

 誰かいるのか――厭な予感を捻じ伏せつつ、俺は先を行くファズに続いた。

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