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鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第3章 (ライザ 鐘後215年11月)

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032 瞋恚

 上下左右から変幻自在に、二挺の曲刃が降り注いでくる。

 間断なく続けられる猛襲を捌くのがやっとで、反撃に転じる機会がまるで見つからない。

 呼吸を整えようとしたのか、バーブの動きが半秒ほど鈍る。


「――はぁっ!」


 そこで力任せの袈裟斬りを放つも、勢い余った私は軽くつんのめる。

 わざと体勢を崩して隙を作り、バーブを誘い込んでのカウンターを狙った動きだ。

 しかし、相手の反応速度が予想を大幅に上回り、易々と肉薄を許してしまった。


「甘いのぅ」

「ぅがっ、とぉあぁあっ!」


 顔に落ちかけた斧を籠手で受け流し、老人の腹を押すように蹴って何とか距離を作る。

 油断した――角度が深ければ、籠手を腕ごと斬り割られていたところだった。

 一撃をもらった左手首には痺れと鈍痛が走っているが、剣を握れない程ではない。


「嫁入り前とは思えん声を出す嬢ちゃんだ」

「そちらこそ、墓入り前とは思えぬ元気さで」

「……減らず口を」

「口減らしに遭った爺が――」


 何の冗談だ、と雑言を返そうとするもバーブの突進で阻まれる。

 自分に有利になるよう広げた間合いが、数秒の内に潰された。

 淡い月明かりの下でも分かる程、バーブの血相が変わっている。

 軽く煽るつもりが、どこかクリティカルな部分を射抜いてしまったらしい。

 最前の猛攻に輪をかけた、雪崩れの如き突撃が仕掛けられる。


「くぁっ、つぃ――ふあっ」


 パターンの読めない動きをかわす内に、前髪が十数本斬り散らされた。

 バーブの息も切れかけている様子だが、これは耐え切れそうにない。

 体重をかけた右足が少し滑ると、それを見逃さずに二挺が同時に打ち込まれる。


「こぉ――のぉ!」


 危うい所でガードが間に合い、受け止めた二つの刃を長剣の大振りで跳ね返す。

 認めるのは腹立たしいが、技量では明らかにバーブの方が私より上のようだ。

 気を逸らしつつ、ここからの逆転を探らねば。


「げぅぎょっ、ぎょびぁっ!」


 一際大きなサルの叫声、そして何かが地面を叩く音が追いかけた。

 肘の辺りから斬り飛ばされた毛むくじゃらの腕が、地面をバウンドして転がる。


「レ、レゾナが押されてる――様子だぞ、み、微細裂みじんぎり殿よ」

「ほう……閑寂猴しじまざると互角以上の勝負をするとは」


 呼吸の乱れを抑えて言うと、落ち着きを取り戻した雰囲気のバーブが応じる。

 その視線は、ディスターが戦闘を繰り広げているであろう方へ向けられた。


「嬢ちゃんのツレは、一体どんなバケモノだ。亜人デミにしては人に似すぎているが」

「ディスターは、彼は……竜だ」

 

 私の言葉に、バーブは眉根まゆねを寄せて黙り込む。

 しばらくして意味を理解したらしいバーブは、苦笑を浮かべて皺の数を更に増やす。


「竜って……あの竜だとでも言うのか」

「ああ、その竜だ」


 間の抜けた会話だな、と思いつつも真顔で答える。

 そんな私の反応で冗談でないと判断したのか、バーブの笑みが引き攣る。


「確かに、まともな動きではないが……」


 そう呟くバーブの視線の先では、ディスターが踊るような軽快さでもって、ハルバードのスパイクを立て続けに突き込んでいた。

 右肩と左腿から血を散らし、サルは甲高い苦痛の声を喚く。

 向こうの心配はいらなそうだが、片付くまでにこちらがしのぎ切れるだろうか。


 十中八九、無理だ。

 でも、考えろ。

 もっと考えろ。


 ディスターの存在がバーブを戸惑わせているのは間違いない。

 そこを突破口にして、より強く動揺を誘えないか。

 妙案は浮かばなかったが、とりあえず話を続けてみる。


「自分のレゾナが危ういというのに、随分と冷静だな」

「あぁ、アレは言ってみれば借り物だしのぅ」


 そこで言葉を切ったバーブは、暫らく遠くを見てから続ける。


「ワシと共に世界を旅した相棒は、とうの昔に死んだわ」

「それは……どういう事だ? あの不明新生物アンとは共鳴を起こしていない、と?」

「そういうワケでもないが……嬢ちゃんは知る必要もないこった」


 乾いた断言で会話を打ち切ったバーブは、二挺の斧を構え直しこちらを見据える。

 その視線にも、声の調子に負けず劣らずの冷たさがあり、自分が相対している老人の普通じゃなさを改めて通達してきた。


「本当に関係なければそれでいいが、こちらはこちらで『コロナの怪物』の起こしている事件を解決する、という任務もあるからな」

「怪物……怪物、か」


 老人の表情が大きく歪む。

 泣き笑いに憤怒が混ざっている、感情過多の声でバーブは言い放つ。


「その怪物を生み育てたのはどこのどいつだ……なんて陳腐なこたぁ言いたくないがよ、この国がどっかおかしいのは嬢ちゃんにもわかるだろ?」

「……まぁ、な」

「村でヤブダマの話は聞いたろ? アレも大概だがな、今この国を歪めてる最大の原因、それは『社会の健全化』『公序良俗の回復』を主張する連中だ」

「随分と立派なスローガンに聞こえるが」


 私からの返事にかぶりを振り、バーブは小さな溜息を挟んで話を続ける。


「文字通りに解釈するならな。だが、コレを掲げる連中がやってるのは、社会に有害だとそいつらが……そいつらが勝手に決めた存在の排除だ。非合法組織のメンバーとか、常習犯罪者がその対象になるのは分かる。でもな、病人や老人や障害者までひっくるめて『不要者トラッシュ』と呼んで、生きる価値を認めないと断罪するなぁどうなんだ?」

「それは……」


 問われて反射的に口を開いてはみたが、何を言っても嘘になりそうな気がして、そのまま口を閉じる。

 私からの答えがないと判断したのか、バーブは更に声のトーンを上げる。


「過激な主張には反対意見も多い。だが、問答無用で不要者の排除を実践してるのもいる。その代表が『護国義勇軍ごこくぎゆうぐん』って名乗ってるゴロツキだ。メンバーの殆どはヒマを持て余してる貴族や金持ちのドラ息子とその取り巻きで、活動資金はそいつらの実家や、思想に賛同した同類から出てる。仕事もしねぇで遊び歩いてたボンクラ共が、やっと見つけた仕事が弱い者イジメってのが笑わせやがる!」


 そう言いながら、形相は何とも言えず凶悪なものに転じていた。

 バーブは唾と悪態をまとめて吐き棄てる。


「あのゴミ共は揃いの覆面姿で、街や村を巡回しながら『剪定せんていを実行する』と言ってな、不要者と認定した相手を殺してやがるんだ。剪定だぞ? 完全に人だと思っちゃいねぇ」


 バーブの口調は病的な熱を帯び、斧を持つ手は細かく震えている。

 動揺させるのには成功したものの、どうも意図したのとは異なる状況が出来上がっているような。

 

「ぎゅえええぇぇ! ぐぁか、あえええええぇええっ!」


 閑寂猴しじまざるの苦痛に満ちた叫びが耳に刺さり、集中力を掻き乱される。

 そんな私の動揺を見逃さず、体勢を低くしたバーブは地を蹴った。

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