表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鬼の行く涯て 竜の往く果て  作者: 長篠金泥
第3章 (ライザ 鐘後215年11月)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/82

025 棄民

 そこは、何とも奇妙な印象を与えてくる村だった。

 滅び行く廃村の雰囲気を帯びているのに、建設中の開拓村のようでもある。

 活気は全くないのに、得体の知れない熱気だけは伝わって来る。

 境界内に踏み入っても住民は近寄って来ず、数人が遠巻きに私達を観察していた。

 建ち並んでいる簡素な小屋の数からして、ここでは想像以上に大勢が暮らしているらしい。


「どこかの村が丸ごと逃げてきたのか、この有様は」

「確かに、ここまでの規模とは予想外です」


 周辺を見て回る内に、違和感は更に増幅されてゆく。

 戸惑う私に同調するように、ディスターも小さく唸って言う。


「ここには、老人と子供しかいないようです」

「やはり、不自然だと思うか」


 腰の曲がった白髪の老婆に、両目の濁った禿頭の老爺。

 そして、三歳から五歳くらいの幼児。

 見かける住人は、老人と幼子しかいない。

 働き手が外に出ているにしても、この人口比率はあまりにも極端だ。

 とりあえず事情を知ろうと、道端に座り込んでいた七十過ぎくらいの男に声をかける。


「御老人、ここは一体どういう場所なのだ」

「あぁ? どうもこうも……俺らの村だ。嬢ちゃんこそ何なんだい」


 年老いた男は、胡散臭げに日焼けした顔を向けてくる。

 その表情は疲れ果てているが、よどんだ目の奥には激しい思念が揺れていた。

 怒りか、嘆きか――旅に出てからの数ヶ月で、幾度となく触れてきた負の感情だ。

 こういうものを正面から受け止めても、疲弊ひへいさせられるだけと既に思い知っている。

 私は、自分に向けられたものは無視して質問を重ねた。


「この村の人々は、どこから逃げて――」

「逃げたんじゃない。棄てられたんだ」


 老人の言葉はかすれて聞き取りづらいが、聞き捨てならないものだった。

 姥捨うばすて、子捨て――大鐘声だいしょうせい後の混乱期に頻発していた棄民。

 それが、今この時代でも行われているとは。

 たまれず曖昧な礼を述べてその場を離れると、背後からディスターの声がした。


「弱い順番に切り捨てられる、というのは自然の摂理でもあります」

「情や建前を無視して実利だけを追えば、そういうことにもなるのだろうが……」


 しかし、世の中を動かしているのは、情や建前の部分ではないのか。

 これまでを支えた老人を敬い、これからをになう子供をいつくしむ。

 一見すれば、あくまでも理想でしかない考え方だ。

 しかし、社会構造に組み込まれているからには、それなりの意味がある。


 情けは人の為ならず――ヒノモトの古い言葉にもある通り、弱者救済は相互扶助のシステムなのだ。

 ないがしろにすれば、それを前提とする人の世が根本から崩れてしまいかねない。

 家族全てが飢えるよりは誰かを犠牲に、との苦渋の決断なのかも知れない。

 だが、それでもどうにかならないものなのか。


「どうにもなりません。国がまともな対処をしていないのです。地方レベルや町村レベルでは手に負えないでしょう」


 忸怩じくじたる思いに落ち込みかけていると、ディスターが冷淡に一刀両断してくる。

 言われなくても分かっているのだが、それでも考えるのをやめられない。

 私ならどうする――そこが思考の出発点なのは、民より国の方が身近だからか。

 まずは気持ちを切り替え、この村の責任者を探すとしよう。


「おめぇらか、オレを探してるってのは」


 何人かに「ここで一番偉い人間を呼んでくれ」と頼んでから十分ほどして、最初に会った男と似たり寄ったりな、粗末な服を着た老人が現れた。


「ああ、貴方がここの責任者ですか」

「まぁ、そうなるか。何があろうと責任なんざとれんし、とってやる気もサラサラねぇがな」

「それは……」

「ガラでもねぇが、村長代わりをやらせてもらってる、ノーラってモンだ」


 言葉に詰まっていると、相手はそう言って相好を崩す。

 無造作な髪型と伝法でんぽうな喋り方のせいで判別が付かなかったが、名前からして女性らしい――本名はレオノーラとでもいうのだろうか。


「私はライザ。レウスティ出身の求綻者だ。こちらはレゾナのディスター」

「へぇ、求綻者のツレってえと、兄ちゃんは亜人デミかよ」


 正直に竜だと答えれば、信用されてもされなくてもトラブルの元になる。

 そう判断したのであろうディスターは、曖昧に会釈して肯定したような形だけを作る。

 ノーラは、そんなディスターをジロジロと無遠慮に眺めた後、視線を私に移した。


「で、求綻者サンがこんなトコに何しに来た? まさか、国からオレらの様子を見てこいと頼まれたってんでもあるめぇ」

「残念ながら」


 頭を振って否定すると、僅かな寂寥せきりょうが滲んだ乾いた笑いが返って来た。


「ケッケッケ……そりゃまぁ、そうだろうな。で、何の用だ」

「この頃、『コロナの怪物』と呼ばれるものが出現していて――」


 コロナ周辺で続発する襲撃と、その解決を請け負った経緯を簡単に説明する。

 時折は頷いたり質問を挟んだりするものの、話を聞くノーラはずっと無表情だ。

 近所の事件なのに随分な反応だが、犠牲者が貴族や富農なのが理由だろうか。


「ここら辺じゃ、おめぇさんの言うような怪物が出た、ってのは聞いたことねぇな」

「そうか……」

「でもまぁ、森で仕事してる連中に聞きゃ何かわかるかもな。日が暮れたら帰ってくるだろうから、それまでウチで待っとけ」


 ノーラの申し出を受け、私とディスターは彼女の住居に向かうことにした。

 村長のような立場にある人物の家だというのに、他と変わらぬ粗末な小屋だ。

 雨風をしのぐ機能の他は、何一つ期待できそうもない。

 屋内に家具らしい家具はなく、装飾も一つとてない殺風景さだった。


 生活用品の少なさは、どういう水準の暮らしなのかを端的に物語る。

 椅子代わりにノーラが持ち出してきた薪束まきたばを受け取り、私はそれに腰を下ろした。

 ディスターは建付けの悪いドアの脇に控え、ノーラから視線を離さずにいる。


「……ここでは、何人くらいが?」

「さぁな。気が付けば知らんのが増えてるし、死ぬ奴もいれば姿を消す奴もいて、何人いるかなんて知ったこっちゃねぇ」


 陽気なぞんざいさでもってノーラは答える。

 差し出された木製のコップを受け取って口をつける。

 中身はぬるい水だったが、微かとは言えない土の風味も含まれていた。

 井戸が浅いのか、或いは池や沼の水をしているのかも知れない。

 私はコップを足下に置くと、渋面を取りつくろうように質問を重ねる。


「さっき話を聞いた老人は、自分達は棄てられたと言っていたが」

「まぁそんな感じだな。いらねぇって追い出されたんだわ、育てられそうにないガキと、無駄飯を食うだけの年寄りは」


 大口を開けて笑うノーラだが、少なからぬ屈託が含まれているようだ。

 どう反応すべきか分からなかった私は、どうにか笑顔を浮かべようと努力してみたが、きっと苦笑に近い表情になっていたのだろう。

 それを裏付けるように、溜息混じりに肩をポンと叩かれる。


「そんな顔しなさんなって。どれ、ヒマ潰しにオレ達がどうしてこんな場所にいるのか、そこんとこを話してやろう」


 折り畳まれた薄汚い毛布の上に座ったノーラは、視線を私とディスターに彷徨さまよわせる。

 それから、遠くを見るような目で話し始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ