それから
「良かった。妹君が幸せそうで、本当に良かったでござる……」
「お、おう。ありがとな、フィリップ」
俺は鼻水を垂らして号泣しているフィリップへ礼を言いつつ、内心少しドン引きしていた。
今日は、リディとグローリア公爵令息の婚約披露パーティの日だ。
王都一の高級ホテルのパーティ会場を借り切って、フィールズ家の希望を取り入れつつ、グローリア公爵家が采配したパーティは、片田舎の平凡貴族である俺にとっては、目が飛び出るぐらい豪華なものだった。
グローリア公爵家からは、これでも控えめにしたと言われたが、金持ちの考える控えめって何なんだ……?
いや、今日は、リディにとって大切な日だ。こんな日に無粋なことを考えるのはやめよう。
このパーティにフィールズ伯爵家の関係者として、フィリップとその家族、ネーモルド子爵家の面々も招待したのだが、何故か俺たち家族よりもフィリップの方が号泣していた。
天気は最良。空は晴れ、心地よい風が吹く。
祝福を述べる人の輪の中で、淡いピンクのドレスを着たリディは緊張した顔をしながらも、グローリア公爵令息の隣で、幸せそうに笑っていた。
リディのドレスは、グローリア公爵夫人が生地からデザインまで、リディの意見を取り入れつつ、ゴリゴリのコネと資金をつぎ込み完成させたらしい。その金額は恐ろしくて尋ねられないが、未来の義母と仲むつまじいのは良いことだと思う。
そんなグローリア公爵夫人は、パーティがうまく進んでいることに満足そうだった。
近くにいるグローリア公爵と俺の親父は、意外にも馬が合うらしく、二人で何かを話している。
俺たち兄妹の母も勿論、このパーティに出席している。けれど、開始直後の挨拶が終わってすぐ、父が采配した使用人によって、さり気なく会場の隅に移動させられていた。母の周囲にいるのは、対応に慣れたフィールズ家の使用人だ。
やっと開催できたリディの婚約パーティだ。母の向こう見ずな言葉で、リディを傷付けさせる訳にはいかない。
リディの幸せを願うフィールズ家の使用人たちも、パーティが終わるまで母がその場から動かないよう、全力を尽くすと言ってくれた。
そしてリディの隣に立つ未来の義弟となるグローリア公爵令息は、見ているこちらが呆れるほど周囲を威嚇していた。
公爵家の婚約披露パーティだ、様々な付き合いのある貴族が、入れ替わり立ち替わり挨拶に来る。
しかし男女問わず、相手が凍りつきそうな目付きで挨拶を交わした後、すぐに渡さないと言わんばかりに、リディの腰に回した手を自分の方に引き寄せていた。
本当に誰だよ、「氷の王子」なんて言い出した奴は。
兄として、可愛い妹が大切にされていることは嬉しいが、少し心配にもなってくる。
……将来、監禁されたりしないよな?
それでも挨拶の合間、グローリア公爵令息に何かを言われ、頬を赤く染めて嬉しそうに笑うリディを見ていると、これで良かったのだと思えてくる。
失った初恋を思って泣いていた妹が、幸せそうに笑っている。
これ以上、嬉しいことなんてあるはずない。
なあ、リディ。俺の可愛い妹。
お前が結婚しても、遠く離れて暮らすことになっても、いつまでもお前は俺の大切な妹だ。
──婚約おめでとう、リリーディア。
◇◇◇
その後のことを話そう。
婚約披露パーティを終えたリディとグローリア公爵令息は、リディの女学院卒業を待ち、無事に結婚した。
五年経った今、二人の間には男女の子供が生まれ、四人で幸せそうに暮らしている。
多くの女性からのアプローチを断り続けた『氷の王子』がついに婚約、結婚したことは一時期、社交界を騒めかせた。だが、すぐに女性陣は次のターゲットを見つけた。グローリア公爵家の次男だ。
長男は結婚してしまったが、年の離れた次男がいる。公爵家と縁を持つなら、次男でも……と言う逞しいご令嬢方は、成長したグローリア公爵家次男に猛アプローチを仕掛けているらしい。
ま、初対面でリディのことを「何か地味」と言っていたし、好みの派手な女性に追いかけられて良かったじゃないか。なあ?
そして、リディとの再婚約を企んだエドウィンは、王立軍の中で最も厳しいと言われる部隊へ送られた。この先、配置換えとなっても王都に戻ることはないだろうとのことだった。
ついでに言うと、卒業式で第二王子に婚約破棄を告げられた公爵令嬢は、遠縁の子爵家の次男と結婚した。
幼い頃に一度だけ会い、それからずっと思い合っていたらしい。
優秀な婿を迎え入れることが出来て良かったと、父であるバスター公爵は喜んでいるそうだ。
全ての元凶である第二王子と平民の女子生徒だが、第二王子は王位継承権を剥奪、一代限りの男爵となった。平民まで落とさなかったのは、多少の温情も含まれているのだろう。
女子生徒については、平民と言うこともあり、その先がどうなったかは明かされなかった。
ま、片田舎の平凡貴族の俺には関係ないことだ。
そんな俺は、王立学院のアカデミーで自身の研究を進める傍ら、フィリップと共に電話機の開発に取り組んだ。
とは言っても、俺は音響電信に関する理論を構築しただけで、実際に製品を開発し、普及に取り組んだのはフィリップだが。
後にフィリップは「電話王」と呼ばれ、教科書にその名が掲載されるようになる。
両親については、かつての宣言通り、フィールズ伯爵領の片隅に用意した別邸へ、親父も一緒に押し込めた。
一番の懸念は、自分の王国を奪われたと思った母が発狂しないかと言うことだったが、思ったより母はすんなりと別邸での生活を受け入れた。
俺が爵位を継いだことで、伯爵夫人としての業務を行う必要がなくなったことも大きいのだろう。別邸で楽しそうに、母の扱いに慣れた使用人たちと新たな王国を作っていた。
母と共に別邸に移り住んだ父は毎朝、馬車で俺のいる屋敷までやって来る。根っからの仕事人間なので、じっとしているのは落ち着かないらしい。
人格がやばい母のことで、一生独身を貫く予定の俺だったが、意外なところで縁があった。
相手は、リディの婚約披露パーティで初めて会った、グローリア公爵夫人の知人の女性だ。
俺より四歳年上で、一度結婚していた過去がある。見た目は穏やかだが芯のしっかりした、笑うと右頬に小さく笑窪ができる魅力的な人だ。
初めてグローリア公爵令息の、リディへの執着心が多少、理解できた気がした。
話を聞くと、前夫とは白い結婚だったらしく、他にも色々と苦労をしてきた人だった。
彼女を幸せにしたかった。だが、俺と結婚しても待っているのは、人格がやばい母が義母となる未来だ。彼女にとってはデメリットでしかない結婚だと諦めようとした俺を見て、あの親父が動いた。
俺と彼女へ、母と関わる必要は一切ないこと、母を絶対に別邸から出さないことを宣言した。
父を絶対的な自分の味方だと思っていた母は、怒り狂う前に意気消沈した。父の「受け入れられないなら、実家に戻っても良い」という一言も響いたのだろう。
今のところは、別邸で大人しくしているが──あまり、今後の期待はしていない。
それでも取り敢えずは、一段落と言ったところだろうか。
ずっと心配していた可愛い妹は、誰よりも自分を大切にしてくれる男と出会って、幸せそうに毎日を過ごしている。
フィールズ伯爵領の経営もまずまずと言ったところで、親父との関係も良好だ。
母のことは頭が痛いし、これからも悩むことになるのだろうが──俺の隣には彼女がいる。
片田舎の平凡な貴族に生まれ変わった自分としては、十分過ぎるほど恵まれている。
最高の異世界転生生活だ。
……そういえば。
結局、ここは何の異世界だったんだ?
番外編、完結です。
これで物語は完結となります。
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4/27 新作はじめましたが、しばらく「婚約破棄した第二王子は〜」の更新を進めます




