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思い込みは壊された

 

 迂闊だった。


 このゲームは、ライバル令嬢全員が「婚約者」というわけではない。


 プレイヤーが操るヒロインが王立学院へ入学した時点では、婚約者がいるのは第二王子だけだ。それ以外はゲーム開始後に婚約者ができたり、ライバル令嬢の片思いの相手だったりする。


 アメリアは公爵家兄弟のデスゲームを防ぐため、密かにゲームの登場人物の動向を探らせていた。

 私的に雇った調査員から定期的に送られてくる情報はやはり、ゲームの強制力を感じさせるものだった。


 一途・俺さま担当の第二王子は、ストーリー通りバスター公爵家の一人娘と婚約したし、真面目・脳筋担当の伯爵の息子と寂しがり・チャラ男担当・侯爵の息子も、第二王子の学友として選ばれた。


 ヒロインである平民の少女も、第二王子と入学式で出会って三年目となった今では、王宮で「第二王子は平民の少女に入れ込んでいる」と噂が立つほどの仲になった。


 唯一違うのは、アメリアの息子である腹黒・ショタ担当、公爵の息子がゲームの設定上では高等科二年生であるはずだが、アメリアの作戦により、現在は中等科三年生。学院でヒロインに会うことはない。


 良かった……頑張って妊娠時期をずらして良かった!!


 報告書を読む度、あの決断をした自分を褒めてやりたいと思う。次子を生むまでの期間が開いたことは体力的に少しヘヴィだったが、こうしてゲームの展開通りに事態が進んでいるのを見ていると、強制力は存在するとしか考えられなかった。


 まさか、「リリー」がエドウィン・ローレンスの婚約者だったなんてね……。


 ゲームはヒロイン視点だから、細かい事情や背景までは書かれていない。てっきり、影薄令嬢はエドウィン・ローレンスに憧れて淡い恋心を抱いているだけの「幼馴染」だと思い込んでいた。


 というか、今の今まで影薄令嬢のことを忘れていたわ……。


 アメリアは自分の迂闊さに内心頭を抱えながら、調査書を読み進めていく。


 条件は悪くないわね。元々伯爵家夫人になるための教育を受けていた娘だもの。調査書を見る限り、飛び抜けて優秀ではないけれど、今の時点では十分。すぐに婚約したとしても、婚姻の準備には二年ほどかかる。その間に公爵家で必要になることを学べばいい。


 そういえば、「リリー」も私と同じように転生者なのかしら……?


 この世界には、恐らく他にも転生者がいるはずだと、アメリアは以前から確信していた。


 例えば、水道設備。見かけは近世ヨーロッパを彷彿とさせる風景なのに、上下水道はしっかりと設備が整っていて、水道水を直接飲んでもお腹を壊すことはない。


 気になって調べてみると、今から二百年ほど前に、一人の技術者が上下水道設備を整備し、国中に普及させたらしい。トイレも水洗だし、王宮には温水洗浄便座まで設置されている。

 

 二百年前も前に、ここまでの設備を開発できたのは、どう考えても転生者がいたからだろう。


 アメリアが転生者であるように、リリーも転生者かもしれない。


 本音を言えば、第二王子とヒロインが王立学院を卒業するまではゲームの関係者と関わるのを控えたかった。けれど、五年間女性に見向きもしなかった息子がようやく見つけてきた令嬢だ。今、この機会を逃すと、息子は一生独身を貫く可能性もある。


 ——それに上手くやれば、もう一つの『気がかりなこと』も解決するかもしれない。


「……私は、ウィリアムの望みを叶えたいと思っているのだけど、あなたはどう?」

「そうだな……」


 調査書を読み終えたアメリアが執務室へ向かい、夫のグローリア公爵に尋ねると、夫は珍しく眉間に皺を寄せて答えた。


「フィールズ伯爵家は製紙業が主だ。王宮で使われている高級紙から、平民でも購入できる安価な紙の製造まで行っている。フィールズ伯爵領で作られる紙は品質が良く、国王陛下の覚えもよい。政治派閥は友好派閥の穏健派に属しているから、政略的にも問題はないだろう」

「あら、他に何か気になることがあるの?」


 夫の、珍しく歯に物が挟まったような言い方。


「断られる可能性はあると思う」

「どういうこと?」

「考えてみてくれ。フィールズ伯爵やその夫人と、出席必須の夜会や茶会以外で会ったことはあるか?」

「……そういえば、ないわね」


 公爵夫人であるアメリアは立場上、そこそこの数の夜会や茶会に出席する。しかし、夫の言うようにフィールズ伯爵夫妻とは公式の場以外では会ったこともなければ、すれ違ったこともない。


 貴族は社交活動が必須だ。特に十一月から翌年の四月にかけては社交界シーズンとなり、各家が自ら主催する夜会や茶会が多く開かれる。その主な目的は、友人間での交流やそこから始まる新しい人脈づくりで、新たなビジネスに繋がることも多い。


 政治的に敵対している派閥の家であれば、会わないこともあるだろう。けれど、そうでなければどこかの夜会で一度ぐらい会話を交わしているはずだ。


「フィールズ伯爵は夜会に参加しない。参加必須の王家のもの以外は特に。私が最後に伯爵を見かけたのは二年前だったか……確か、フィールズ伯爵の遠縁の貴族が主催した夜会だったはずだ。その時も伯爵夫人は同伴していなかった」

「フィールズ伯爵夫人は、元侯爵令嬢よね? 社交の大切さは知っていそうだけど……」

「違うよ、アメリア。ここで重要なのは社交活動をしていない彼らが、貴族として成り立っていることだ」


 公爵の言葉にアメリアは「あ……」と思う。


 社交活動が必須である貴族社会で、そのほとんどを行わず、それでもビジネスを成功させて貴族として領地を治めている。決して表立たず、目立たず、それでも爪弾きとなることもなく。


 そんなことができるのは、その後ろ(バックボーン)に王家が。


「まさか……」

「紙は、政治活動に使われるからな。王家もその生産元を握っておきたいんだろう」


 夫はアメリアが持参した調査書を眺めた。


「社交活動を重要視していないフィールズ伯爵家。その後ろには王家。グローリア公爵家は今のところ王家と友好的な関係を築けているはずだ。そちらが何か言ってくることはないだろうが…フィールズ伯爵家としてはどうだろうな」

「公爵家と縁談を結ぶと、嫌でも目立つものね」

「しかもウィリアムの社交界でのあだ名は…確か 『氷の王子』か? そんなあだ名が付いている奴と婚約したら、余計に目立つだろうしな」


 曲がりなりにも公爵家の嫡男。引く手数多のネームバリューのはずが、ここで問題になるとは考えてもいなかった。


「以前婚約していたローレンス伯爵家は、製糸産業を主にしていた家のはずだ。同じ生産業だったから、何処からも横槍が入らずに縁談を結べたのだろう」


 アメリアは何とも言えずに黙り込む。


 一見、何処にでもいそうな貴族令嬢の調査書だったのに、王家まで出てくる展開になるなんて。


「そうは言っても、あとはウィリアムの頑張り次第じゃないか? 私たちに出来るのは、一筆書くことだけだ」

「それじゃあ……」

「調査書としては、令嬢自身には何も問題はなさそうだ。ローレンス家と婚約していた記録は残るが、解消となっているし問題ないだろう。それに、このままではウィリアムは一生独身だ」


 夫が自分と同じことを考えていたと知って、アメリアは思わず笑ってしまった。


「そうね。後は、ウィリアムの腕次第だわ」

「あいつだって外交官の端くれだ。上手くフィールズ伯爵と交渉できなければそれまでだ」


 アメリアは夫の言葉に頷いた。


 リリーディア・フィールズ伯爵令嬢が「転生者」なのかは分からない。

 ウィリアムと婚約したとして、ゲームにどう影響してくるのかも分からない。


 それでも、心傷ついた息子がようやく見つけた思い人なのだから、親として応援しよう。


 公式が忘れた影薄令嬢「リリー」。


 あなたは、どんな女の子なのかしら……?


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