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乙女ゲームの影薄妹系令嬢は何も知らずに幸せになる  作者: 高遠ゆめ
乙女ゲームの影薄妹系令嬢は何も知らずに幸せになる
11/26

婚約破棄…?

 

 時間は過ぎて、三月になった。


 今日は、王立学院の卒業式だ。

 兄は王立学院の高等科を、グローリア公爵家では弟のレオナルド君が中等科を卒業する。


 わたしも父母と一緒に、兄の卒業を祝うため、伯爵領から馬車に乗って王都に来ていた。

 父が母に言ったのか、今回はきちんと貴族用の馬車が手配されていた。


 王立学院は、王都のあちこちに校舎を設置している。


 王都の中心である王宮から見て、中等部は東側、高等部は西側、アカデミーは南側と、王都を囲むように別々の場所に校舎がある。

 ただ、入学式と卒業式は合同で、高等科にある一番大きな会場で行うことになっていた。


 父と母と一緒に会場へ入ったわたしは、高等科を卒業する家族向けの貴族席へ向かった。 

 今年は兄と同学年の第二王子が高等科を卒業するため、国王夫妻を始め、国内の来賓客も多くて、警備も含めて会場はかなり込み合っていた。


 周りを見渡すと、ウィリアムさまとグローリア公爵家ご夫妻が、中等科を卒業する家族向けの貴族席にいるのが見えた。

 卒業式の後はグローリア公爵家とフィールズ伯爵家で、王都のレストランで食事することが決まっている。


 王都に出てもすぐに領地に帰りたがる父と母が、他家との食事会を行うなんて珍しいと思っていたら、どうやら父の仕事も関係しているらしい。


 開始のブザーが鳴り、進行役の教師が出てきて、卒業式が始まった。


 けれど、


「バスター公爵令嬢、シンシア。お前との婚約をここで破棄する!」


 終盤、目の前で繰り広げられ始めたのは、信じられない光景だった。


「一体何なの…?」


 先ほどまで涙をハンカチで拭っていた母が、怪訝そうに呟く。


 たった今、卒業予定の生徒すべてに卒業証書が手渡されたところだった。


 学院長である壮年の男性は、一仕事終わったというように壇上から降りて自分の席に座った。

 すると、交代するかのように胸に赤いバラの花をつけた卒業生が三名、壇上へ駆けあがった。

 そして、その中の一人、金色の髪をした生徒が大声で叫んだ。


「バスター公爵令嬢、シンシア! お前との婚約を今、ここで破棄する!」と。


 バスター公爵家はグローリア公爵家と同じで、建国時からある、由緒正しい家の一つだ。

 国内でも大きな影響力があり、その一人娘のシンシアさまは第二王子の婚約者で、確か卒業後には婚姻を結ぶと言われていたはず。


「さっさと出てこい、シンシア! ここでお前の悪事を暴いてやる。言い逃れはできんぞ!!」


 叫んでいるのは、王妃さま譲りの金髪を持つ、我が国の第二王子だった。


 会場で起こった大きな騒めきは、一人の女性が静かに立ち上がって歩き出すと、一斉に静まった。

 女性がゆっくりと第二王子がいる壇上付近まで近づき、止まる。


 流れるようなワインレッドの髪に、人形のような小さな顔。卒業生を示す赤いバラを胸元に着けた、高等科の制服を着ていても隠せない気品を漂わせる女性。


 第二王子の婚約者、シンシア・バスター公爵令嬢。「完璧な淑女に最も近い令嬢」と言われていて、わたしの通う女学院でも多くの支持者がいる、貴族令嬢の憧れと呼ばれる存在。


 新年のパーティで、第二王子とファーストダンスを踊っていた人。


 バスター公爵令嬢は、よく通る声で第二王子に向かって言った。


「ジュード第二王子殿下、婚約破棄は承知いたしました。ですが、わたくしの悪事ですか? 一体何のことでしょう。そのようなことは、覚えがありませんが」


 バスター公爵令嬢が婚約破棄を一言で受け入れたことに、会場が騒めく。


 目立たないよう、第二王子のご家族として出席していた国王陛下と王妃さまへ視線を向けると、陛下の顔は真っ赤、王妃さまは真っ白。

 床に落ちているのは、王妃さまの使っていた扇だろうか。


「誤魔化そうとしても、そうはいかない。お前は平民の女子生徒へ嫌がらせをしていたな!?」

「平民…? どなたのことでしょう」

「アンリのことだ! 覚えていないとは言わせないぞ。アンリ、こちらに」


 第二王子の呼びかけに、新たな女性が壇上へ上がった。

 王立学院の制服を着た、薄ピンクの髪をした女性は人目を憚らず、第二王子の腕にしがみついた。


「ジュードさま…!」

「アンリ、怖がらなくていい。僕がついているよ。さあ、アンリ、勇気を出してシンシアに何をされたか言ってごらん」

「はい…」


 震える声でアンリと呼ばれた女性が話し出したのは、「バスター公爵令嬢に学院で暴言を吐かれた」というものだった。


「お前は嫉妬心からアンリに対して嫌がらせを行っていた。ここで素直に罪を認めて謝罪すれば、婚約破棄だけで許してやる!」

「わたくしは嫌がらせなんてしておりませんわ」

「証拠は挙がっているんだよ、シンシア嬢。君がアンリに普段から辛く当たっていたのもわかっている」


 第二王子と共に壇上に上がった生徒の一人が言った。

 誰だろう。貴族のご子息だろうけど、女学院に通うわたしは知らない人だ。


「マークス・シークバー侯爵令息…あなた…」

「僕らはね、これまでに何度も聞いているんだよ、あなたの暴言を」

「暴言…?」


『平民が恐れ多くも貴族に近づくなんて、ご自身の身分をわきまえなさい』

『そんなにも地位が欲しいのですか? 甘い考えは止めて、今すぐ第二王子の御前から消えなさい』

『平民がそのような高価なものを持つなんてお勧めしませんわ、すぐにお返しした方が良いわよ』


「…忠告でしたのに、嫌がらせや暴言と取られるのですね」


 バスター公爵令嬢は困ったように言った。


「わたくしの名誉のために、二つだけ訂正させていただきたいわ。一つは、わたくしがアンリさまにお伝えしたのはただの()()。暴言ではありません。そして、もう一つ。わたくしはアンリさんに嫉妬などしておりませんわ」

「はぁ!? お前はアンリに醜い嫉妬心から暴言を吐いたのだろうが!!」

「暴言ではありません、()()です。確かに、王立学院は『学業に貴賎なし』と謳っていますが、それはあくまで学院内でのこと。卒業したら、貴族と平民は立場が変わるのです。それを知っておかないと、将来困りますわよという忠告だったのですが…」


 第二王子はバスター公爵令嬢の言葉に顔を真っ赤にした。


「黙れ黙れ黙れ! 王家へお前のような非道な女を受け入れるわけにはいかない! 今日から僕の婚約者はこのアンリだ!!」

「ジュードさま…!」


 第二王子の宣言に、嬉しそうな声で平民のご令嬢が抱き着く。

 今まで第二王子の背後を守るように立っていた生徒が口を開いた。


「アンリと違って、本当に可愛げのない女だな。君のような人間がバスター公爵家の跡継ぎなんて許されない。公爵家には君を貴族籍から除名するよう言わせてもらう」


 その声に聞き覚えがあって、わたしは背後に立っていた生徒をじっと見た。

 あれは…もしかしてエドウィンさま…!?


 婚約を解消してから一度も会っていないが、あれは元婚約者のエドウィンさまではないだろうか。


 じゃあ、婚約解消の時にエドウィンさまが言っていた「好きな人」って…もしかして、あのピンクの髪のアンリさん?


「エドウィン・ローレンス伯爵令息…あなたにそんなことを決める権限があって?」

「…第二王子」


 その時、地を這うような男性の声が割り込んだ。見ると、がっしりした体格の男性が怒りで震えながら立ち上がっていた。


「バスター公爵だ」と、誰かが小さく呟いた声が聞こえた。


「国王陛下よ…。これはどういうことでしょう…」


 バスター公爵は、壇上にいる第二王子ではなく、国王陛下に視線を向けた。


「第二王子よ!!」


 国王が憤怒の表情で立ち上がった。そのまま第二王子の元まで歩いていくと、その肩をガシリと掴む。


「ち、父上!? 痛いです」

「お前は!! 何ということをしてくれたんだ!!!」


 国王陛下の怒鳴り声が会場中に響く。そのまま、国王陛下は第二王子の顔を張り飛ばした。

 壁に向かって吹っ飛んだ第二王子。その背後を守るように立っていたはずのエドウィンさまは、国王陛下の行動に青ざめておろおろしている。


「バスター公爵…」


 バスター公爵を振り返った国王陛下の顔は、ひどく歳をとった老人のようにも見えた。


「…何でしょう、陛下」

「すぐに別室を用意する……今少し、時間をくれないか」

「良いでしょう。ですが、娘と第二王子との婚約はここで破棄していただきたい」

「それは…」


 国王陛下の顔が青ざめる。


「ここまで言われてもなお、第二王子を婿として迎えろと?」

「いや…」


 バスター公爵の血走った眼力に、国王陛下が目を逸らした。


「わかった…今、この時点で王家とバスター公爵家との婚約は破棄となった…」

「やったわ、お父さま!」


 国王陛下の宣言に、バスター公爵令嬢が嬉しそうに公爵に飛びついた。


「お、お前…なんで、そんなに喜んで…」


 国王陛下に吹き飛ばされた第二王子が、バスター公爵令嬢を信じられないというように見ていた。


「あら」


 バスター公爵令嬢は首を傾げた。


「先ほども言いましたでしょ? わたくしがジュード殿下を愛しているという事実もございません、と。どうして()()()()()()()()()()()()()()()()男性を愛すると思うのです? あなたにそんな魅力があって?」


 それに、とバスター公爵令嬢は続けた。


「ジュード殿下がアンリさんを愛されたように、わたくしにも思いを寄せる方はいるんですよ? それを王家の婚約で断ち切られてしまっただけ。それなのに、どうして貴方を愛することができますでしょう」


 何か言おうとした第二王子を遮るように、国王陛下が叫んだ。


「これ以上、見苦しいことをするな! 騎士団、第二王子を連れていけ。そこにいる供の者も、その女も一緒にだ。暴れるのであれば、拘束してもかまわん」


 国王陛下の警備のために来ていた王宮の騎士たちに、第二王子とアンリさん、エドウィンさまを含めた四人は縄で縛られて連れられて行った。


 その後ろを、バスター公爵にエスコートされたバスター公爵令嬢が歩いていく。


 会場を出る直前、バスター公爵令嬢が足を止めて振り返った。

 誰かを探すように視線を彷徨わせたが、公爵に何かを言われて再び歩き出す。


 ——探していた視線の先には、誰がいたのだろう。


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