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ぐうたら姫様冒険記  作者: 結城暁


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20/20

救護院 その三

 ナハトからの連絡を受け、迎えに来たコクヨウがコハクを背負って薬屋(カラリ)に帰り着き、コクヨウとニッカが二人がかりでみっちりとコハクに説教をした翌日のこと。

 コハクは珍しく朝と呼べる時間帯に眼を覚まし、身支度を整え薬屋に出てきた。

 昨夜、昼間にたらふく寝たんだぞ、こんな早い時間から寝られるか、という抗議も虚しくベッドに押し込まれ、子守唄だの、童話だのを聞かされ、最終的にはニッカに「エイッ!」とやられたおかげだろう。

 それは睡眠導入じゃなくて気絶というんだ、と遠のいていく意識の中でコハクが見たのは心配そうなコクヨウと、ひと仕事終えたニッカの晴れやかな笑顔であった。

 現在、当該箇所に痛みはないのは不幸中の幸いだ。

 そのおかげ、というのもたいへん癪なのだが、頭はとてもすっきりしているし、きちんと取った(取らされたともいう)朝食のおかげで腹はくちくなっている。コハクにしては稀に見る優良健康状態であった。

 しかし、熱中症一歩手前になった翌日であるので、当然コクヨウからの監視の眼は厳しい。同じようにニッカからの視線も常にない強さで感じている。

 これはいつも通りだらだらしていても怒られないに違いない、とコハクはホクホクした気分で読書に勤しもうと指定席に座ろうとした。

 ――のだが。

 がしり、と腕をニッカに組まれた。


「朝の早いうちに散歩しちゃいましょ」

「え゛」

「本当なら朝ごはんの前に歩かせたかったんだけど、まあそれはおいおいね。今のうちなら涼しくて気持ちいいわよ」

「えぇー」

「じゃ、散歩に行ってくるからコクヨウは開店準備をよろしく」

「了解、しました」


 こうして日除けの帽子をしっかりとかぶせられたコハクは、ニッカに引きずられて散歩に出かけて行った。



***


 朝からし慣れない散歩(こと)をした(させられた)コハクは本を読む気力もなく、いつもの席に座って机と仲良くなっていた。

 帰ってきてからも運動後には柔軟体操よね! と固いからだを手取り足取り、懇切丁寧に伸ばされ、もうへとへとだ。眠くはないが、このまま眠ってしまいたいくらいだった。

 いつもの怠惰(だらけ)とは違うことを察した常連客たちがそっとしておいてくれるのがありがたい。


「はい、コハク。わたくし特製の野菜……ジュースよ。これで明日の筋肉痛も軽くなるわ、たぶん」

「たぶんかー――……」


 野菜のあとに小さく付け加えられていた……はなんなんだろうな、と思いつつ、聞くのは怖いのでコハクはおとなしく渡されたグラスの中身を飲み干した。

 いがいと飲みやすく、後味もそこまでひどくない。

 とてもじゃないが野菜ジュースとは思えない色をした液体だったが、これを飲んで筋肉痛が軽くなるなら喜んで飲むだろう。

 ――などとコハクは分析しているが、実際のところ、王都でまともな食生活を送っている一般人にとっては軽率に飲もう、とは思えない味をしている。

 飲み薬の試飲などで自分がひどい味に慣れていたとコハクが思い至るのは、好奇心旺盛な小説家が勢いよく口に含んだ野菜……ジュースを吹き出す場面を目撃してからであった。

 閑話休題。


「お、薬屋(ここ)でも健康汁を扱ってるのかい?」

「健康汁? いえ、これはわたくしが故郷でお師匠様に教わったもので――……」

「そうそう、格安で親身になってくれるお医者がいてささあ」

「病の予防にはまず食い物だっつって、いろいろ助言をくれるんだと」

「聞いたことあるわねぇ、子どもにもずいぶん親切にしてくれるんだって?」

(いお)屋のおやじさんが悩んでた腰痛が治ったって感謝してたなあ」

「なんでも海の向こうで最新医療を学んできたって話だ」

「そうなんだ」


 客たちとニッカの会話を、コハクはそんなに医療の発達している国があるのか、とぼんやり聞いていた。

 テッサリンド王国の医療が最先端である、と自負していた己の奢りをちょっぴり反省し、次の休みにその医者に詳しい話を聞きに行こう、と算段を立てる。


「海の向こうってどこの国かしら。ソケイじゃないわよね?」

「さあ? 俺は知らねえな。お前は聞いたか?」

「私は聞いてないよ」

「そういえば聞いたことないなあ」


 ……おや? なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ。

 菓子を作る気力もないコハクはガラス瓶に常備されているスルメを齧った。

 テッサリンド王国の海の向こう、といえば東にあるソケイ国、冬の国として有名な北のアルクーダ国、常夏の国として知られるシャティエ国が主であるが、それらの国にこの国から医療技術を学びに留学した者はコハクの知る限りいなかった。

 それでも世界は広いので、コハクの知らない、医療技術に秀でている国もあるのだろう、と思ったのだが。


「東のほうって言ってなかったっけ?」

「北って聞いた覚えがあったような」

「南じゃなかったっけ?」

「西って言ってた覚えがあるんだがなあ」

「バカ言え、西なら船より馬車だろ」

「へぇー――、はっきりしないんですねー─―、へぇー――」


 ニッカがにこにこと笑っている。背後にどす黒い空気を背負いながら、それはもうにこにこと。

 コハクはそっと腰を浮かす。

 昨日、許しがたいニセ医者の話を救護員で聞いた、と今朝の散歩中に憤慨するニッカに聞いていたのだ。

 これ以上疲れてたまるか、とこのまま気付かれずに裏に行こう、そして横になりたい、と隠密行動に移行したコハクの願いは叶わなかった。悲しいかな、コハクの身体能力は薬屋内で最下位なのである。当然、回り込まれて逃げられなかった。


「朝から疲労困憊なのに、なんでさらに疲れるようなことをしなきゃならんのだ……」


 ぶつぶつと文句を垂れ流すコハクを可憐な顔で無視しながら、ニッカは常連客から聞いた“最新医療を海の向こうで学んだという医者”を探しにボロ長屋ひしめく貧民街に来ていた。

 (くだん)の医者はどうやら貧民街の住人を中心に診察して回っっているのらしいのだ。

 貧民街という名の通り、裕福ではない者が多く住んでいるため、もちろん支払いの滞ることもあるようだが、ある時払いの催促なし、困った時はお互い様、と言ってときには食材などを診察代代わりに受け取るなど、無理に金銭を要求することはなく、患者やその家族に親身に寄り添うので、たいそうな人気らしい。


「なあー~~、話だけ聞いたら善い医者(やつ)じゃないか。放っておいても差し迫った問題はないだろうし、せめて私だけでも帰らせてくれー~~」

「わたくしはこの国の最新医療がわからないから、ダメ。法律も全部は覚えてないし」

「そんなー~~……」

「……」


 ウタリのやり取りを見ていたコクヨウが背に負いましょうか、抱き上げましょうか、とおろおろ両手を差し出してたいへん魅力的な申し出をしてきたが、コハクは成人した人間として、筋肉痛もに苦しんでいるだけの健康体として、断った。

 長屋の住人たちに聞き込みをするまでもなく、その医者は見つかった。

 中肉中背、少し猫背ぎみの、初老というほどには年齢を重ねているわけではなさそうだが、青年とはとても呼べない髭面で、矍鑠(かくしゃく)とした様子の老人と話している。


「こんにちは、ちょっと失礼するぞ。あんたが噂の医者先生だな?」

「お医者様の腕がいいと聞いて来ました。見学させてください」

「おう、いいぞ。見てけ見てけ」


 いきなり現れた二人に困惑するでもなく、迷惑がるでもなく、医者は人好きのする笑顔を浮かべ快活に頷いた。


「先生、腰が痛くてなあ、なんとかならんかね」

「ならんならん。あんたはもう年なんだから、体が痛いのなんざ、いつものことだろう。ほら、痛み止めの湿布を作ってやるから、ちょっと待ちんしゃい。

 他に痛む場所はないかい? 最近はちゃんと寝れてるかい? 肉は食ったかい? そうかそうか、あとでカエルを取ってきてやろうな」

「カエルかよ、先生ェ。そこは鳥か兎にしてくれよ」

「バカいえ、オレのような運動音痴に鳥も兎も取れるもんかね。罠から出すときに逃げられるんじゃぞい」

「ワハハ、そりゃあ、うちの孫よりどんくさいな」

「ワハハ、あんたに貼る湿布に辛子を混ぜてやってもいいんじゃぞ」

「カンベンしてくれ、悪かったよ先生。今度ワシが獲った兎やるから」

「あんたが食べるんだよ」

「そうだった」


 ガハハ、と笑い合う姿はそこらで軽口を叩く叩きあう気安い友人同士、といった風である。

 やり取りを見ていたコハクはほう、と感心する。

 医者の前では気を張ってしまう患者は少なくない。気後れして、症状を伝えきれない患者もいる。

 だが、この医者は患者に気負わせることなくやり取りができていた。

 この国では町医者に必要なもののひとつに親しみやすさが挙げられるほどだ。その点だけでいえば、この医者は良い町医者といえるだろう。

 湿布作りを見ていたが、使われているものも清潔な布に、消炎剤として使われる薬草が主で問題は見られない。

 医者の薬箱や手元をじっと見ているニッカにも確認を取れば、コハクと同じ考えのようで、安堵の多分に滲む表情(かお)で肯いた。


「これでよし、と。じゃ、無理せんくらいには体を動かすんじゃぞ」

「そこは無理しないように安静にすごせ、じゃないんか、先生」

「バカいえ、あんたのような体の動くじじばばが用もないのに寝てたらどんどん体が弱っちまうぞ。肉食って、寝て、適度に運動せんとたちまちボケるわ。ボケてもオレは世話してやらんからなー」

「ワハハ、またまた先生ったら。今でもワシらのために愛情たっぷりの料理を作ってくれるく・せ・に」

「カーッ、あーヤダヤダ! 治療を好意と勘違いする患者は手に負えんのォ~! もォ~ボケたんか? ホレ、ジイさん。お通じの悪いあんたのための特製野菜汁じゃぞい」

「キャーッ! お嬢さん方のまえでやめてよぉ~、先生のバカッ! 恥ずかしいッ!」


 まだ昼食前なのに酒でも入っているのだろうか。コハクは(いぶか)しんだ。残念ながら酒の臭気はせず、酔っている人間に見られる症状も見られないので、医者も患者もシラフである。

 周囲の住人たちも笑って流していることから、普段からのやり取りだと伺い知れる。

 すりこぎで作成された野菜汁にもなんら怪しい食材は扱われていなかった。なんなら味はニッカ特製の野菜……ジュースよりも良いだろう。強いて言うなら、野草が多いくらいだ。

 老人の診察が終われば次は自分の番だとばかりに、次々と住人たちが入れ替わり立ち代わり患者になる。

 重篤な症状の患者はおらず、医者お手製の塗り薬や飲み薬、湿布をもらっては散っていく。その誰もが笑顔だ。

 良い医者だな、とコハクは微笑んだ。

 ――免許を持っていれば。


「おじさまってみんなからすごく慕われているのね」

「ワハハ、ナメられとるだけじゃがの。

 挨拶が遅れたな、オレはレオ・ホリツキー、おぬしらは?」

「わたくしはニッカといいます。ソケイで薬師をしておりました」

「コハクだ。医者なら聞いたこともあるかもな、カラリという薬屋の店主をしている。こう見えていちおう、薬剤師だ」


 薬剤師免許を提示しようとコハクが懐を探っているうちに医者は脱兎のごとく逃げ出した。

 懐を探る手を止め、コハクはため息にも近い息を吐く。


「ううむ、残念。無免許(クロ)だったか」

「本当、残念ね。人当たりが良くて患者に言うことを聞かせられるお医者ってけっこう貴重なのに」

「だなあ。患者に気負わせることなく、心を開かせつつナメられずに言うことも聞いてもらって……なんて希少も希少だからな」


 医者にかかるために病院に来たんじゃないのか?! と詰め寄りたくなるような態度の患者は腐るほど見てきたコハクである。先ほどのやりとりは実に理想的な医者と患者の会話だった。ひとえに信頼関係の成せる技なのだろう。

 飲めと言われた薬を飲まない患者、やれと言われたことをやらない患者、やるなと言われたことをやる患者、などなど、頭の痛くなるような患者を思い出す。

 患者に高圧的に接する医者、思い込みで診察して病を見逃す医者、嘘を吹き込んで高額な治療費をせしめようとする医者などなど、こちらもまた頭の痛くなるような医者を思い出してしまった。

 やめやめ、とコハクは思考を中断した。

 思考とは反対ののんびりとした足取りで医者のあとを追う。


「あはは、あたしらのお行儀が良かっただけじゃないのォ?」

(ちげ)ぇねえや」


 長屋の住人たちは先生行っちゃったあ、とみんながみんな朗らかに笑っている。

 どうやら無免許であったのに気付いていたらしい。


「そりゃ、免許を見せてくれって行っても毎度忘れたーとか言って見せてくれなかったもんなあ」

「ニセ医者の話をふると露骨に眼が泳いでねえ、おかしいったら」

「そうか、今度からはすぐに教えてくれよ。悪いようにはしないから」

「はぁい」


 レオはずいぶんと好かれていたようだ。

 赤子をあやしながらころころと笑う母親に促されて、道案内を買ってでてくれた子どもがコハクとニッカを心配そうに見上げた。


「ねえ、コハクねえちゃん、ニッカねえちゃん。センセイ、おこられる? つかまっちゃう?」

「さて、どうだろうな」

「もう、コハクったら。

 大丈夫、ちゃんと謝って反省したら許してもらえるよ」

「そっかあ、良かった。センセイには母ちゃんがおせわになったんだ。母ちゃん、サンゴノヒダチがわるかったんだって。センセイがカエルのにこみとか、たまごとか、たくさんくれて、母ちゃん元気になったから」

「そうか、良い先生だな」

「うん! おれ、おっきくなったら、センセイみたいにおいしゃになって、かあちゃんみたいにサンゴノヒダチがわるいひとをたすけてやるんだ!」

「良い夢だね」

「ちゃんと勉強しろよ」

「えぇー。やっぱりちゃんとべんきょうしなきゃだめ?」

「そりゃもちろん。お医者になるためにも、患者さんたちのためにもな。

 ま、今はたくさん母ちゃんの手伝いをしてやれ。生まれたての赤ちゃんがいる家はなにかと人手がいるからな」

「うん!

 あ、あそこがセンセイのいえだよ! カクレガで、ヒミツなんだって!」


 センセイのこと怒らないでね、と子どもは母親のもとへと帰っていく。

 子どもが教えてくれたレオの家は王都の塀の外、森と畑の境の隅にあった。

 おそらく近隣の農民が道具入れにでも使っていたのだろう、粗末な小屋だった。

 ただ、小屋は粗末であったが周囲の薬草畑は手入れがされており、畑の主のマメさがうかがえた。

 小屋の中からは騒がしい物音がひっきりなしに聞こえてくる。荷物をまとめて逃げるつもりなのかもしれなかった。

 おいおい、信頼されている医者が患者を置いて逃げようとするんじゃない、とそこで初めてコハクはわずかに怒りを覚えた。しかしそれもすぐに霧散させる。無免許が悪いことだと自覚があるならまだマシな人間だ。

 大声を張り上げて喉をからした実績のあるコハクは出番をニッカに譲る。ニッカは小屋の戸を遠慮なく叩いた。


「もしもーし! すみませーん、レオさーん」

「ヒェッ。だ、誰もいませーん……」

「さきほどお話したニッカです。別にあなたを騎士団に突き出したりはしませんから、少しお話しましょう。けして悪いようにはしませんよ」

「い、いませーん! 誰もいませーん!」

「……そうですか、残念です」


 かわいそうに、小屋の中で安堵したであろうレオにコハクはほんのちょっぴりだけ同情した。

 ニッカの言った残念です、はあなたと話すのは諦めます、の意ではなく戸を壊すことになって申し訳なく思う、の意だ。


「レオさん、失礼しますね!」

「ヒャアアアアアア?!」


 だいぶ年季の入った、木製の戸だったし、壊れるのも仕方なし、とコハクは自分を納得させた。古すぎて打ち捨てられた小屋だろうから、弁償も発生しないだろうし。

 ニッカに言うことがあるといえば、そういう荒事はコクヨウに任せたほうがいいんじゃないだろうか、くらいだ。いちおう、自分とニッカの護衛のためについてきているんだから、とコハクは思ったが、黙っていることにした。コクヨウは強いけれど、そんなコクヨウを守ろうとする存在がいてもいいじゃないか。


「レオさん、ちょっとお話しましょう?」

「悪いことは言わん。おとなしくニッカの言うことに従ったほうがいい。怪我なんてしたくないだろう?」


 言ってから、これじゃおとなしくしないと怪我させるぞ、と脅しているみたいだなあ、とコハクは反省した。

 今後に及んで逃亡を企てれば、猫の前を横切るネズミよろしく鋭い爪でそばえられるぞ、という忠告のつもりだったのだが。

 案の定、レオには脅し文句のようにしか聞こえなかったらしい。

 なにが入っているのやら、レオは荷物のつまった大きなカバンを抱きしめたまま、小動物のように震えて座り込んでしまった。


「観念してくれて嬉しいです!」


 ちょっとテッサリンド語の単語の細かな意味合いを教えたほうがいいかもしれない、とコハクは眉間を抑えた。


***


 レオは無免許ではあったものの、詐欺等は働いておらず、患者たちに処方していたのも人体に悪影響の出ないものばかり、自分の手に負えない患者はすぐさま他の正規の医者に行くよう促していたりと至って良識的な無免許医師だった。良識的な無免許医とは……、という話ではあるが。

 自分で煎じた薬を処方したりと薬事法にも抵触していたが、それらもひっくるめて条件付きの無期限労働が罰として課され、投獄ということにはならなかった。

 無期限労働の明ける条件は五年以上住み込みで国立救護院の職員として働き、医師免許他、国家免許を取ったのちは就職先を救護院とすることで決着した。


「今はあちこちの雑用をしてもらいながら国家医師免許取得のために毎日一所懸命に勉強していますよ」

「少しでも人手が増えたようでよかったよ」


 いつもの薬草と薬を届けに来たついでに院長室で茶を飲むコハクは荷がおりた、と肩をすくめた。


「最初は薬を作りたいからと薬剤師を目指していましたが、それだと診断ができないと知ってからは医師免許も並行して目指していまして。努力家で将来が楽しみな方です」

「患者からのウケもいいんだろう? 偏屈な爺さん婆さんもレオの言うことも素直に聞くとか」

「ええ、親身になっても入れ込みすぎず、誰に対しても平等に接していますし、はっきりした物言いで厳しいことを言っても素直に受け取れる、と評判が良いです。いつもコハクさんに頼んでいた患者たちがほんとんどレオさんに任せられるようになりまして。ありがたいことですよ、本当に」


 こうしてお茶を飲んでのんびりと話せるようになったくらいだ、適材適所とはよく言ったもので、レオは持ち前の人柄で患者たちに親しまれているようだ。


「レオの身の上を聞いて、私もいっそう頑張らねば、と身の締まる思いです」

「今までも充分頑張ってきたんだから、今まで以上に頑張ると倒れるぞ、院長先生。私みたいにな」

「ふふ、そうですね」


 医者の家系に生まれたカリーナとは違い、レオはごくごく普通の、それも貧民の生まれだった。医師を目指した理由もありふれたもので、母を病で亡くしたからだったという。

 とはいえ、医師になるためには医者になるための学校に行かねばならず、そのためには高額な学費がかかる。しかし、幼いころに両親と死別した、孤児院暮らしであった、その日暮らしのレオにはとても無理な話だった。

 普通ならそこで諦めるのだが、レオはそうであれば仕方ない、と独自に医師になることにした。人はそれを無免許医、闇医者、などという。 

 ただ、昔から伝わる民間療法や、医者から聞きかじった知識を自分で試しては患者に施していた点は評価できるだろう、下手なやぶ医者よりもよほど真摯に医療に取り組んでいる。

 うんうん、人体実験は身近な人間(じぶん)からだよな、とコハクは共感を覚えたのだが、ニッカは自分の体を大切にしなさい! と烈火の如く怒り、説教をレオにしたので、これからは自身で人体実験をするのは控えよう、と決めた。

 だけど死んでないから……と下手くそな言い訳を試みたレオの腕にはなるほど、火傷や切り傷、その他外傷の痕が多数残っていたので、ニッカの怒りも仕方のないことだろう。

 痕の残らない人体実験の方法でも伝授してやろうかな、と考えていたコハクが、レオ共々正座でニッカとコクヨウに説教されるのは後日のことである。


「それにしてもレオの髭にあの口調……。あのままなんだな」

「ええ。なんでも医者には威厳が必要なんだと仰って」

「まあ、あの運動神経の悪さなら中年で通るか……」

「まだお若いのに、本当に患者のことを考えていらっしゃいますよね」


 レオはなんとニッカとそう変わらない年の若者だった。

 髭面と口調で、患者たちもコハクもニッカもまんまと騙されていたわけだ。ほとほと悪意のあるヤブ医者でなくて良かったと思う。

 自分と変わらぬ年のニッカがソケイ国では薬師をしていたのだから、とレオは奮起し、同じくニッカも同じ年頃のレオには負けてはおれぬ、とこの国の薬剤師免許を取ることを決め、日夜勉強をしている。

 良い影響を受けて切磋琢磨しあうならなによりだ、とコハクは若人(わこうど)二人の青春を眩しく見守る気でいる。

 熱意のある若者向けの学費免除だとか、救護院で住み込みながら医師免許や各国家医療資格を取れるようにしたらどうか、だとか、兄に奏上することがらを頭の中でアレコレ考えつつも、コハクは薬剤師免許で頭をいっぱいにしたニッカが、朝の散歩等をこのまま忘れてくれないかなあ、と祈るのだった。

 残念ながら、コクヨウの日課にも組み込まれてしまったので、これからも着実に健康になる道を歩かされるコハクであった。

評価、ブクマ、感想に誤字報告ありがとうございます。

とても嬉しいです。励みになります。

今後ともよろしくお願いいたします!

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