第40話 出発と初めての野営
第40話 出発と初めての野営
・城壁門前
ついに殿下の『巡礼の旅』、出発の日。
私は、何時もの赤いマントではなく、フード付きの全身が隠れる、深緑色のマントを身に着けている。
周囲には私達を見送りに、陛下、后様、姫、宰相閣下、コンラットを含めた複数の兵士、貴族複数人、そして見物人の商店街の人々が集まってた。
そんな中私はと言うと、
「いですか団長、何度も言いますが城の事は俺達にお任せください。団長は殿下の護衛もありますが、ある意味休暇でもあるのです。しっかり休養してください。その為にアリスとクロードもいるのですから」
「休暇って…。そんな堂々と言う事か? 殿下の護衛任務だぞ?」
コンラットに何も心配するな、しっかり休暇を満喫しろ、と言われていた。
しかし、護衛任務だっていうのに、休暇扱いは流石にどうかと思う。
「いいえこれだけは譲れません。日頃から貴方は働きすぎなんですよ。俺が何度も団長に休暇を取らせようとして、失敗していたのはもう知っているでしょう。それに陛下もこれは休暇だと言っていました」
「陛下…」
陛下までそんな事を。
もうこれは私が何を言っても無駄だ。
コンラットって、一回決めたら何が何でも行動に移すタイプだから、初めから私が何を言っても無駄なんだよね。
それもコンラットも魅力の一つだから、嫌じゃないけど。
「分かった分かった、しっかり休暇も満喫するから。でも、殿下の護衛が優先事項だからな! それは分かるよな?」
「当然です、そこは俺も弁えていますから。適度に羽を伸ばすだけでも構いません」
仕事の事も、私の事をちゃんと理解しているコンラット。
ちゃんと考えての発言だから私も、彼の言葉を素直に受け取る事ができる。
こういうところが年上って思うよ。
何で私みたいな小娘の部下に成り下がっているのか、二年の付き合いになるけど未だに分からない。
コンラットなら十分団長を務められると思うのだけど、本人が向いていないって言っているから、この件に関して私は口にしない事にしている。
「それじゃお言葉に甘えさせてもらうよ」
私が言った言葉に、『はい』と優しい声で返事が返ってきた。
今回任務だけど、旅の間は城での業務を忘れる事にしますか。
**********
「アイツ、コンラットさんの言う事は素直に聞くよな」
馬に荷物を背負わせながら、チエとコンラットさんの会話に耳を傾ける。
「兄上は昔から、一度決めたことを曲げませんからね。黒騎士様もそれを分かっているから、兄上の言葉に頷くのでしょう」
隣で一緒に作業をしているアリスが答えた。
成程、そういう事か。
チエに何とか休みを取らせようと決めて、色々していたのに、ことごとく失敗して、ようやく任務と言えど、激務から解放させられたんだ。
一度決めたら絶対貫き通すコンラットさんにとって、何が何でも譲れないという事か。
「それにしても、何時にもまして嬉しそうだなアリス」
ニコニコとご機嫌なアリス。
「ええ、ようやく兄上が決意してくれたのです。兄上の妹としても、敬愛する主に使える者としてもこれ程喜ばしい事はありません」
アリスの言葉に成程と納得した。
昨夜チエに告白すると決意したコンラットさん。
俺達が旅に出ている間に、告白の言葉と場所を考えると宣言した。
「後はクロが、コンラットさんをどう思っているかだな」
「そこは、兄上に頑張っていただかなくては。例え玉砕しても、めげずに口説き落とすぐらいの根性を示していただかなくてはなりません。 そうでなくては男がすたります」
兄であろうが容赦のない事を言う。
そんな気の強い所も、俺が惚れているところの一つだ。
しかし口説くなぁ…。
「俺、アイツがコンラットさんを、口説いているようなところは見た事あるけど」
チエの一言でコンラットさんが、赤面するところをよく目にする。
「いえ、『ような』ではなく『実際』に口説いています。黒騎士様は無自覚ですが」
アリスが困ったように笑って言った言葉に、『やっぱりか』と呆れた。
チエって、コンラットさん相手にはサラリと凄い事言うからな。
「この間も、『カッコイイ』とか『周りは見る目がないな』とか『コンラット程素敵な男性、私見た事ない』と、兄上に向かって言っておりました」
「うわ、本人の前で恥ずかしげもなく良く言えるな」
赤面するコンラットさんの姿が目に浮かぶ。
チエ本人は本当の事を言っただけと思っているだけで、口説いているつもりはないそうだ。
「今思えば出会って二日目に、『自分』と言うより『俺』て言う方がカッコイイ、と兄上に言っていましたから、その時から口説かれ続けて落ちたのでしょうね」
出会って二日目の相手に言うセリフじゃねぇ!
改めて親友の言動に驚愕した。
普通、長年付き合いがある相手でも、恥ずかしくて言えねぇよ。
しかも基本口説くのは男で、女は口説かれる方じゃないのか?
「…あの二人見てると、普通逆だろって思うの俺だけか?」
「いえ、クロードさんの思っている通り、間違いなく逆です」
頭を抱えていった俺に、同じく頭を抱えて答えたアリス。
コンラットさん、ちゃんと告白できるのか?
俺は先の事ながら心配になってきた。
**********
「それでは行ってまいります」
殿下が馬の横に立ちながら陛下達に言う。
現在殿下は豪華な銀のプレート・メイルにバスタードソードを腰に掛け、私同様フード付きの全身が隠れる深緑のマントを纏っている。
マントに関しては、今回の同行者全員、同じ物を纏っている。
クロードは何時もの戦闘服、アリスは何時もの侍女服にガントレットに金属製のブーツを履いている。
「うむ、気を付けてな」
「黒騎士達の言う事をちゃんと聞くのですよ」
殿下の言葉に、陛下と后様が答えた。
お二人の顔を見ると、やはり心配でたまらないようだ。
それもそうだ、普段であればもっと大人数の護衛に守られているが、今回の護衛はたったの三人。
戦力的に問題はないけど、親として心配するのは当たり前だった。
「お兄様! 帰ってきたら、沢山お話を聞かせてくださいね!」
そんな中、姫が明るい声で殿下に言った。
それに殿下は
「ああ、一日や二日で語れない程、沢山話を用意しておくぞ!」
満面の笑みで答えた。
「それは楽しみ! お父様、お母様、その時は家族で聞きましょう!」
姫は嬉しそうに陛下達に言う。
姫の行動に力が抜けたのか、ホッとした表情をする。
ほぉ、なるほどね。
「黒騎士!」
「姫様はしたないですよ!」
私を呼びながら駆け寄ってくる姫に、侍女長さんが叫ぶ。
十五歳で今年成人したのに、お転婆なのは相変わらずな姫だ。
「姫、走ると危ないですよ」
一応ヒールの靴を履いているんだ、下手をすれば足を挫く。
「平気よ、ダンスを踊るより走る方が楽だわ!」
そういう問題じゃない。
何処かズレた姫の言葉に苦笑する。
「それより、お兄様の事お願い。お父様達は私が見ておくから」
「ああ、やはりさっきのは」
姫の言葉に、納得しながら言うと、ウィンクが返ってきた。
さっきの姫の行動は、何気ない家族の会話だが、彼女なりの気づかいだ。
「流石です、姫」
「それ程でもないわ。だってあのままだと、お父様達が心配のしすぎで疲れてしまうもの」
なんて事の無いように言うが、案外場を明るくするのは難しいものだ。
それを姫は容易くやってしまう。
お転婆ではあるけど、立派な姫に成長していて、使える者としても誇らしい。
欲を言えば最近始めた弓の稽古だけでなく、ダンスや勉強も頑張ってもらいたいな。
「黒騎士! そろそろ出発しよう」
出発前の挨拶が終わったらしく、殿下が私に呼び掛けた。
「分かりました!」
私は殿下に向かって返事をし、姫に向き直る。
「それでは行ってまいります」
「ええ、道中気を付けて」
私が右手を胸に当て軽く一礼しながら言うと、姫がスカートを軽く持ち一礼しながら答える。
だいぶ優雅に振舞えるようになってきた姫に感心し、近くにいるコンラットに向かって言う。
「コンラット、私がいない間任せたからな」
「ハッ! お任せください。団長もお気をつけて」
コンラットに頷いて返事を返し、陛下と后様の元へ近づく。
「行ってまいります。道中の殿下の護衛、お任せください」
「任せたぞ、黒騎士」
「あなたも、無理はなさらないで」
「お心遣い感謝いたします」
挨拶を済ませて一礼し、私はハヤテに跨る。
三人も馬に跨ったの確認し、
「さぁ行こう!」
殿下の合図で、私達はハヤテや馬達を進ませる。
背後から色々な人達から『気を付けて』と声を掛けられ、手を振りながら私達は進む。
殿下の『巡礼の旅』が、今この瞬間に始まった。
・とある道
私達が都を発ったのは昼頃。
あれから数時間がたった。
「そろそろ野営場所を確保した方がいいですね」
「え? もうか?」
まだ明るいぞと不思議がる殿下。
はい、言われると思いました。
「明るい内だからこそです。今のうちに場所を確保し、薪を集めて火を起こさなくてはなりません。暗くなっては危険が増します。そうなる前に準備をしなくてはなりません」
私が説明すると納得する殿下。
「成程、では日が沈まない内に場所を探そう」
殿下はそう言うと、張り切って場所探しを始める。
「殿下、張り切ってるな」
私の隣まで来て、クロードが話しかけてきた。
「実は殿下、野営をするのを楽しみにしていたみたいでな、数日前からそわそわしていたんだよ」
こっそりと殿下の事を教える。
殿下にとってこの旅は初めて尽くしの、未知な旅だ。
しかし、見かけ優雅な皇太子だが、結構好奇心旺盛で、色々な事に興味を持つ。
普段は押さえているが、今回に限って、その好奇心を抑えるつもりは無いらしい。
こう言うところは姫のお兄さんだ。
兄妹そろってよく似ている。
しばらく私達三人は、楽しそうに場所探しをしている殿下を、微笑ましく見ていた。
・とある野営場
「それでは殿下、私はクロードと薪を集めてまいります。殿下はしばらく休憩を。アリス、殿下の護衛を頼む」
「畏まりました」
「良いのか? 私も手伝うが」
殿下は休むことに抵抗があるようで、手伝いを申し出てきた。
でもなぁ…。
「殿下、お気持ちは嬉しいのですが……足ガタガタしてますよ? 疲れてるの隠さなくていいですよ」
殿下自身、浮かれて下馬するまで気が付かなかったみたいだけど、長時間の乗馬で体力を使い疲れているのが見ているだけでわかる。
私達は体力仕事を普段からしていて、まだまだ余裕だけど、基本体力とは無縁の殿下。
剣の稽古で体力づくりをしていても、あくまで体力は常人レベルなんだよね。
剣の腕前と体力は別物。
明日からは、こまめに休憩を入れよう。
「す、すまない…」
流石に直ぐ引き下がる殿下。
その表情はしょんぼりしていた。
すみません、野営で色々やりたい事があったんですね。
明日からは殿下にも参加してもらうので、元気を出してください。
「そ、それじゃ行こうかクロード」
「あ、ああ」
変な罪悪感を抱きながら、私とクロードは薪集めへ向かった。
「クロード、そっちはどうだ?」
「大丈夫だ。野盗のアジトも無いし、魔物も聖水の効果で近くに居ない」
現在私とクロードは薪を集めながら、周囲に危険がないか探索している。
幸い今のところ危険はなさそうだ。
「ならそろそろ戻ろう」
「そうだな、薪もこれぐらいあれば一晩持つだろう」
十分な薪を集め終え、野営地に戻ることにした。
野営地に戻ると、座って雑談している陛下とアリスが目に入った。
「おかえりなさいませ、ではさっそく夕食の用意をさせていただきます」
と言ってアリスは立ち上がり、集めてきた薪数本に火をつける。
私とクロードが薪集めをしている内に、下ごしらえを終えていたみたいだ。
さて、周囲に何も居ない事を確認した事だし、そろそろいいか。
「殿下、大切なお話がございます」
「ん? 何だ、改まって」
私が改まった声で殿下に声をかけると、首をかしげてこちらを見る。
隣に座るクロードは顔を引き締めた。
「殿下にはそろそろお話しなくては、と兼ねてより考えておりまして、今回の旅はちょうどいい機会ですし、帝国の機密についてご説明いたします」
「帝国の秘密?」
殿下の眉間に皺が寄る。
帝国の秘密と言われれば、そんな表情にもなるだろう。
「はい、実は帝国軍にはただ一人『帝国・隠密捜査官』という存在がおります。その存在は、表立って調査ができない現場に潜入し、極秘に情報収集を行う者です。この者を知っているのは私、コンラット、アリス、そして陛下のみです」
「ちょっと待て! その四人のみが知っていると言うと、このクロードという者は!!」
私の説明に察しがついたようだ。
「はいそうです、この男こそ帝国唯一の『帝国・隠密捜査官』であるクロード・オルグレン。正真正銘、帝国軍所属の軍人です。事実上私の直属の部下にあたります」
驚いて口をパクパクしている殿下。
そんな殿下に向かって膝をつくクロード。
「改めまして、『帝国・隠密捜査官』クロード・オルグレンと申します。自分の存在が機密であるが故、正式な挨拶が遅れたこと、誠に申し訳ございません」
「いや! 機密である以上、私はお主を責める事などできない。むしろ陰ながら帝国を支えていたお主に対して、感謝するのは私の方だ!」
アワアワしながら殿下は、クロードの肩に手をのせ
「私が知らない間も、良くぞ帝国の為に働いてくれた。これからもよろしく頼む」
そう言って、にっこりと殿下は笑った。
「ハッ! 身に余る光栄」
殿下の言葉を聞き、改めて帝国の為に働くと誓うクロード。
これで、今後の旅も、殿下が即位した後も、何の秘密もなく行動する事が出来る。
今回の旅の目的、一つ目クリアだ。
「さて、今後の親睦を深める為に、クロードとしばし雑談を。私はアリスの手伝いをしてまいります」
言ってから席を立ち、アリスの元へ向かう。
「クロードさんの紹介、終わったのですね」
「まぁね、後は二人が親睦を深めるしかない」
「だから二人きりに?」
「そう」
アリスと一緒に二人の様子をうかがう。
楽しく雑談しているようで、上手くやっていけそうだ。
食事を終え、周囲の警戒を行いながら、今後の話をし、雑談をする。
そんな穏やかな時間が流れた。
「さて、そろそろ休みましょう。今日はしっかりお休みください」
「え? 交代で周囲の警戒をするのでは?」
「流石に今日は殿下に頼めません。長時間の乗馬に疲れたでしょう。明日はコマメに休憩を取りますので。夜の番は明日からお願いします」
「す、すまない」
素直に聞いてくれた殿下。
しかし、私達は本気で殿下に夜の番をさせるつもりは無い。
殿下にはアリスと一緒に起きていてもらう。
野宿初心者に任せる事が、最も危険だからね。
殿下には悪いですが、番をしているつもりで我慢してください。
鎧を脱ぎ寝袋に入った殿下は、数分で寝息を立てて眠りについた。
「なれない事で、ずいぶん疲れていたのですね」
アリスが殿下の寝顔を見ながら言った。
私はすり寄ってきたハヤテをなで、殿下の寝顔を見る。
アリスの言う通り、大分疲れてしまったようだ。
次の町まで、後一回は野宿をする予定になっている。
それまでに魔物や野盗に、遭遇する事も十分考えられる。
なるべく殿下を疲れさせずに、旅を続けるのが今の課題だ。
「お二人もお先にお休みください。三時間後、クロードさんに交代すれば宜しいのですよね」
「そうだ。クロードは時間になったら、私を起こして交代だ」
事前に決めていた順番を確認する。
私達も今後の為、合計六時間は睡眠を取る事になっている。
殿下の護衛任務、私達が体調を崩しては、元もこも無いからな。
「何かあったらすぐ起こせよ」
クロードがアリスに、心配そうに言った。
アリスはその言葉に頬を緩めて「はい」と答えた。
薪の明かりでは分かりにくいが、絶対頬が赤くなっている。
早く付き合えよ。
いっそこの旅で、二人きりにさせるのもありかも。
そんな事を考えながら、朔夜を抱きかかえて、胡坐をかく。
背後でハヤテが膝をたたみ、私に寄り添って寝る体制になった。
クロードは、私と同じく胡坐をかいて、マントに包まり、近くの木にもたれかかる。
流石に無防備で寝れない。
寝袋に入って眠るのは、殿下とアリスだけで、私とクロードは座って眠る。
場合によっては、町であろうが村であろうが、この態勢で寝る事になる。
仕事上、私達は慣れているから問題は無い。
『巡礼の旅』は始まったばかり。
眠れる時に、しっかり寝よう。
To be continued
第40話をお送りしました。
今回から始まった旅、彼らは無事に帰国する事が出来るのか。
乞うご期待です。
細かい修正は後日させていただきます。
今回もここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。




