第32話 大会本番と憂さ晴らし
第32話 大会本番と憂さ晴らし
・智慧・控室
他国の代表選手とのイザコザから三日がたち、大会本番の日がきた。
今回は予選と違い、一人一部屋控室が用意されている。
椅子とテーブルと、テーブルの上にある観戦用の水晶があるだけの質素な個室だ。
そこで静かに自分の試合を待つ。
今日の試合は、コンラット対ビッチ女、その次に私対脳筋の順で行われる。
陛下には感謝しなければいけない。
ただでさえストレスが溜まっているだろうに、無理を聞いていただいたのだから。
ストレスについては、帝国側全員溜まっているだろうけど。
なんせ他国の兵士達が商店街でもめ事を起こしたり、男性兵士の何人かが他国の側室方に拉致られそうになったり、それを止める為に入った女性兵士に嫌味を吐いたり、使用人さん達はどうでもいい理由で振り回されたり、殿下と姫は他国の王子や姫達の相手をしたり、后様は正妃二人、側室多数の相手をしたり、陛下と宰相閣下は私達隊長、副隊長と客人達が起こした問題事の処理などをしたりと、はっきり言って三日で三か月分働いた気分だ。
だが、それも今日まで。
今までさんざん迷惑をかけられたんだ、憂さ晴らしに代表二名をボコっても許されるだろう。
今回珍しく、宰相閣下から
————「頼む、奴らを叩きのめせ」
とゲッソリした表情で頼まれた。
あの人が私に頼み事とするなんて初めてだ。
それだけ参っているって事だな。
気持ちは分かりますよ、閣下。
ともあれ、これで心置きなく迷惑共を叩きのめせるのだ。
さて、いくら客人といえ、礼節を弁えない馬鹿共に、お仕置きしますか。
**********
・グラウンド
歓声あふれる会場。
俺はかつてないほどウンザリした気分で対戦相手と対峙して、審判が来るのを待つ。
四年前、俺の浅はかな行為のせいで、三日前に隊長の逆鱗に触れた一人の女、セリーヌ・マンスフィールド。
その女が純白のローブを纏い、光属性である太陽の形をした魔硝石がついた杖を持っている姿を見つめながら。
早く試合を開始してほしい。
三日前の夜以来、俺に近づく事すらなく、こうして顔を合わせたのはあの日以来だ。
もっとも、
————「念のため、客人達が帰国するまで私と行動するように。隊長と副隊長の関係なんだから周りも不審がらないし、あのビッチ女も私に怖がって行動に出ないだろうからな」
と言われ、今日まで隊長と行動していたことが大きいのだろう。
おかげで、この女関連で苦労はしなかった。
隊長にはますます頭が上がらなくなってしまった。
これからもあの人の隣に立っても、恥ずかしくないように精進しなくては。
「コンラット・エイデン」
俺が決意を新たしていると、マンスフィールドが声をかけてきた。
正直こうして対峙しているだけでも嫌悪を感じるが、致し方がない。
隊長にも言われているからな。
「なんだ? 俺はとっとと試合を終わらせて、お前とは今後一切かかわりたくないんだが」
「な! 私に向かってその様な言いぐさが許されるとおもって!?」
しょうがなく答えると、ヒステリーを起こすマンスフィールド。
まぁ、そうなるように答えたのだが。
「事実だ、お前にはウンザリしているんだよ。それにお前は俺の好みではない」
そこまで言ってため息を吐く。
「フン! 前にも言いましたが貴方がそう思おうが関係ありませんわ! 私は欲しいと思った物は絶対に手に入れます。貴方も例外ではありません、コンラット」
鼻で笑いながら言い切ったマンスフィールドに呆れた。
此奴、隊長に言われた事忘れているのか?
「お前なぁ、現実的に無理だと隊長に言われただろう? 忘れたのか?」
呆れ顔で言うと、一瞬顔をゆがませた後、何故か勝ち誇った表情をした。
その顔を見て怪訝な表情をする俺を見て、マンスフィールドが言う。
「ああ、そんな事ですの? それならば問題ありませんわ。すでに手を打っておりますから」
「何?」
どういう事だ?
「実は私、聖王陛下にこう持ち掛けましたの。『私がコンラット・エイデンに勝利した暁には、彼を私の夫とする許可を。なにとぞ皇帝陛下に交渉していただきたいのです』と」
「はぁ!?」
それを聞いて俺は思わず声を上げた。
この女なんつう事を、自国の王に要求してんだ!?
マンスフィールドの執着心からくる行動力に顔が引きつる。
そんな俺を見て、笑みを深め、愉快だと笑いながら続けるマンスフィールド。
「さぁ! これで問題ありませんわ。貴方が私の物となり、そうなる事であの身の程知らずに私の力を思い知らせることができる。アハハハッ! あ~、何て素晴らしいのでしょう!」
ああ?
「おい、お前あの方に対してなんつった?」
言った後、奥歯を強くかみしめる。
今俺の表情は歪んでいると思う。
だが、マンスフィールドは俺の表情を見ても、恍惚とした顔で答えた。
「身の程知らずと言ったのです。この私に無様な姿をさせた、あの愚か者。ドラゴンを倒したと伺いましたが、そんな事嘘に決まっていますわ。大馬鹿ですわねこの国の者達は。そんな嘘に騙されて! 黒い一角獣に選ばれた騎士と言うのも疑わしい。どうせ、何らかの術で普通の馬をそう見えるように偽っているに決まっています。ああ~、本当に愚かな者達ばかり!!」
「………そうか」
聞くに堪えない戯言を聞いた後に出た声は、思ったより静かな響きだった。
それに何を勘違いしたのか、嬉しそうな表情を浮かべる。
「そうです! さぁ、アンナ偽り者のなどより私と「お前が救いようのない愚かな女だとよく分かった」…なんですって?」
興奮したマンスフィールドの言葉に割り込み、俺が言った言葉に女の笑顔が消え、理解できないと言う表情を俺に向けてきた。
ああ、こんな感覚は初めてだ。
この女にはもう怒りを感じない。
あるのは嫌悪感と拒絶感。
怒りを通り越した先にはこのような感覚になるのか。
誰もが美しいと答えるである顔も、男なら誰もが手を伸ばしたくなるその体も、今の俺にはこの世で最も醜いものに見え、この女の頭の中身に激怒するのも馬鹿らしいと思えて仕方がない。
それに何より
「これで最後だ、俺はお前の物にはならん。お前が俺に勝利するのも不可能だ」
「な、なにをいっ!」
俺の言葉に言い返そうとした女だったが、言葉が詰まったようだ。
そしてさっきまでの恍惚とした笑顔が消えうせ、恐怖に引きつった表情へと。
ああ、今の俺は昔の俺の表情だろうな。
昔気に食わない相手に向けていた、相手をさげすむ時にする表情。
「たく、何でこんな糞女とヤッちまったんだ俺は? 頭逝っちまってんにも程があんだろ」
「ヒッ!」
俺が言葉を発しただけで怯える女。
なんだよ、この位でビビるとか、此奴本当に聖国の兵士で代表なのか?
こんなのが代表だったら、聖国もたかが知れているな。
ああ、だからあんな要求を聖王が飲んだのか。
それじゃあしょうがない、とっとと片づけて現実を見せつけてやる事にしよう。
審判もようやく入場してきた事だし、こんな茶番を終わらせてこの女が二度と俺に近づく事が出来ないように、格の違いを教えてやる。
審判が定位置に着くのを確認し、俺は木剣を構える。
目の前の女も、怯えた表情を浮かべながらも杖を構える。
俺たちの様子を確認した審判が手を上げ
「それでは試合、開始!!」
と手を振り下ろした瞬間に、俺は踏み込み女に接近、木剣を上から下へ振り下ろし
「ヒッ!?」
女の額数ミメイトのところで寸止め、その時の衝撃で女の髪が舞い上がった後小さく悲鳴を上げ、『ドサッ』と尻餅を付き、怯えた表情で俺を見上げ震えだした。
戦意喪失とは、今のこの女の状態を言うのだろうな。
「審判」
俺はいつまでたっても判定を下さない審判に声をかける。
どうやら何があったのか理解できなかったようで、呆気に取られていた。
俺に声をかけられ、ようやく事態を理解した審判が
「しょ、勝者! 帝国代表コンラット・エイデン!!」
その判定を聞いた観客達、主に帝国側の観客達からの盛大な歓声が上がった。
俺は立ち上がれずにいる女に背を向け退場しようとしたが、ふと思い立ち女に向かって言う。
「言っておくが今の一撃、帝国の軍で副隊長クラスから反応できるレベルだ」
「え?」
俺の言葉に呆けた顔で俺を見上げた。
それを無様だと鼻で笑いながら続ける。
「所詮お前はその程度だったと言う訳だ。俺に勝とう何で初めから無理な話だったんだよ。それにな」
そこまで言って俺は穏やかな笑みを浮かべた。
なぜだろう、あの人の事を思うと心が落ち着く。
「お前が馬鹿にしていた隊長は、俺より強いぞ」
そう言って俺は改めて女に背を向け、今度こそこの場から退場するために歩き始める。
ふと皇族専用観客席へ視線を向けた。
今回は陛下と宰相閣下の他に国王と聖王、その宰相達がそこにいた。
后様達は他国の正妃、側室、王子や姫達と共に、城のホールで巨大水晶を通して試合を見ている。
視線に入った陛下と閣下は満足そうな笑みを浮かべ、国王とその宰相は呆然とし、聖王は顔を歪め、その宰相の顔色は青い。
その光景を見て陛下と閣下は俺と同じ思いだと理解した。
俺はスッキリした気分になり、気づけば呟いていた。
「ざまあみろ」
**********
・智慧、控室
うん、予想通りだったね。
さっきの試合を水晶で見ていた感想はそれだ。
結果も、ビッチ女の末路も、王国側からの審判の様子も。
大会の審判は公平を期す為に、対戦者二人と違う国の人間が行う。
もし片方と同じ国の人間が審判を行うと、不正を疑われる恐れがあるからだ。
それにしても、水晶で見ていて思ったけど、あの女コンラットに何言ったんだ?
水晶は見る事はできるが、音声を拾うことはできない。
だから内容は全く分からないけど、コンラットが怒っているのは分かる。
でもコンラット、あの顔はないよ……。
コンラットにビッチ女から話しかけられたら、適当に返せとは言ったけど、これ無視させた方がよかったかも。
でも、無視させても同じ結果だったかも。
どうせピッチ女が一人で騒いで、彼の癇に障る事を言って、あの顔になったと思う。
地球風に言うと、テレビに出たらモザイクがかかるほど恐ろしい顔だ。
現に水晶越しからチラリと見えた観客達が怯え、子供連れの親は子供の目を塞いでいた。
ちょっと後で注意しとこ。
そんな事を考えていると、ドアがノックされる。
返事をすると、
「失礼します」
一人の男性兵士が入ってくる。
「騎士隊長、そろそろ移動を」
「分かった」
そう言って、新しく作った木刀を持ち控室を後にした。
・グラウンド
控室からグラウンドに向かい、到着すると同時に観客席から歓声が上がる。
予選の時と比べて、観客数が増えているせいか、ものすごい声援だ。
私が指定位置に立ってすぐ入場口から、初めて出会った時と同じ格好で、持っていた大剣と同じ大きさの木剣を持って現れる脳筋。
私の姿を見ると不機嫌顔なる。
やれやれ嫌われたものだ、好かれたいとも思わないけど。
こんな試合とっとと終わらせよう、そう思っていると
————「黒騎士! 黒騎士! 黒騎士!」
と突然一般観客席から『黒騎士コール』が始まった。
驚いて目を向けると、バイロンさんをはじめ、商店街の人達、平民街の人達が声を揃えて叫んでいた。
その光景に呆然としていると、これに便乗するように軍人関係者専用観客席の帝国兵士達も声を上げる。
他国からの観客達や、帝国側の貴族達も驚いている。
まぁ、一番驚いているのは私だけど。
けど、なんで?
「お兄ちゃーん!」
そんな私に向かって、一般観客席から一人の声が響いた。
この声援の中から聞こえると言う事は、声を大きくする補助魔法『ボイス』が使用されている事がわかる。
声のする一般観客席をもう一度見ると、筋肉兄さん並みの筋肉体質で大柄な老人の肩に乗った男の子。
三日前、商店街で助けた子が両手を大きく振り、笑顔を向けていた。
私が体ごとその子のいる方向に向くと、手を振るのをやめ両手を口の横に添え叫ぶ。
「ありがとーぉ!!」
その声は会場中に響いた。
男の子の周りにいる人達は、その声の大きさに耳を抑えているが、迷惑には思っておらず、優しい笑顔を男の子に向けている。
おそらくこの子の為に皆が、計画した行為なのだ。
見える範囲だが一般観客席の人達も、軍人関係者専用観客席の帝国兵士達の顔は『上手くいった』と言う満足げな表情を浮かべている。
まったくいつの間に。
ずるいな、こんなの私にとってもサプライズじゃないか。
私はその男の子に答えるように、相変わらず不格好な木刀を持った右手を上げた。
私の行動にまたも会場が沸き上がる歓声に包まれる。
ああ、私この帝国に仕えていて良かった。
「フンッ! 寄ってたかってこの騒音か、まるでゴブリンの集団の奇声だな」
すぐそばから発せられた言葉に、私の体がビクッとなったあと固まる。
その言葉は私の温まった心を、一瞬で凍りつかせるには十分な一言だ。
さらに、この男の爆弾発言は続く。
「この帝国の平民共の低能さが伺えると言うものだ。大勢で群がって鬱陶しい。
あんな愚民どもなど平民ではなく奴隷で十分ではないか。帝国も落ちたものだな、そのことには同情してやらんでもない」
そう嘲笑いながら、この男は言った。
言ってしまった。
私は何も言わず、ゆっくりと脳筋の方へ体を向ける。
言い返さない私に対して、不快な笑みを浮かべる脳筋。
「なんだ? 何も言い返せぬか? ああ、言い返したくても、事実を言われ言い返すことが出来ぬのだな!! フハハハッ! あの時の威勢はどうした、愚民。公爵だと聞いていたが、所詮は平民出身の成り上がり! 本物の貴族を前にしては無力な虫よ。ん? と言う事は、この帝国の人間は皆虫なのか? お前のような者が公爵になれるのだ、そうに違いない! なんて事だ、落ちるどころか奈落の底ではないか!!」
一人狂ったように笑い、言葉を紡ぐこの男。
笑っているから気づかない。
私の抑えようのない殺気に、私が怒りに震えている事に。
この脳筋は気づけない。
其処にようやく入場してきた、聖国側からの審判。
流石に彼は殺気立つ私に気づいたようで、オロオロし始める。
私の殺気に加え、脳筋の狂った高笑いといった異様な光景。
彼には悪いとは思うが、どうしても抑えられないから仕方がない。
まだまだ、未熟と言う事か。
そんな中でも、試合を開始させるには審判の号令が必要。
彼は意を決した表情をし、私達に問いかける。
「双方とも、試合を開始してもよろしいでしょうか?」
「ん? ああ、そうだな、さっさと始めるとしよう。この愚民の無様な姿を、この帝国の愚か者共に見せつけるとしよう!」
言って木剣を構える脳筋。
だが私は構えない。
私が構えを取らないことに、不審にがる脳筋と審判。
「あの、黒騎士殿?」
審判が声をかけてきた。
私は大きく息を吸って吐く。
そして、私は言葉を発する。
審判にではなく、脳筋に向かって。
「相変わらず聞くに堪えない言葉しか発せられないのか、お前の口は?」
「なに?」
本当に、何でこんな奴が代表になったんだ?
ああ、そう言えば他国での本当の戦力は、幾つかある戦闘ギルド所属の人間達だったか。
成程、通りでこんな連中が代表になれたわけだ。
「審判」
「は、はいっ!」
私は審判に近づき、持っていた木刀を差し出す。
その行動に混乱している審判に言う。
「すまないが、木刀を預かってくれ」
「え? で、でも」
受け取るのを躊躇う彼に無理矢理押し付ける。
ああ、そうだ。
「審判、『バインド』は使えるか?」
「は? えっと、使えますが?」
彼の言葉にアーメットの下で笑みを浮かべる。
「そうか。なら私は後ろで腕を組むから、それが解けないように『バインド』で縛ってくれ」
「ええ!?」
私の要求に驚きの声を上げる審判。
そのやり取りに、声を荒げたのは脳筋だった。
「貴様どう言うつもりだ!?」
視線を向けると、今までの不快な笑みは消え、怒りに歪んだ表情でこちらを睨んでいる。
私は呆れながら、答える。
「見ての通りだ。お前如きに木製とはいえ剣を使う必要がない。それでもまだ差があるから、両腕を封じて足のみ使用して相手してやる」
ま、足だけでも余裕だけど。
「俺を愚弄してただで済むと思うなよ、愚民!」
脳筋の言葉に苛立ちながら、言い返す。
この男、いい加減にしろ。
「それはこちらのセリフだ。私の帝国を愚弄してただで済むと思うな」
私は男の声をさらに低くして、殺気を込めた言葉。
一瞬脳筋が怯むが、舌打ちをして剣を構えなおす。
これで良し、後は審判だ。
「さぁ、早くしてくれ。時間が惜しい」
「でも、私は」
ためらう審判。
しかし今の私は、そうして貰わなければならない。
そうしなければこの脳筋を殺してしまう。
私の逆鱗に触れてしまったのだ、この男は。
だから申し訳ないが
「早くしろ、これ以上私を苛立たせるな」
審判を脅させていただく。
「ヒッ! わ、分かりました!!」
悲鳴を上げてようやく『バインド』をかけた審判。
いや、本当にすいません。
審判が私に『バインド』をかけた事で、今までのやり取りの中でも上がっていた歓声が止み、騒めきがおこる。
気にせずに、指定位置に戻る。
私が戻るのを確かめ、ホッとした審判は顔を引き締め、右手を上げる。
「それでは試合、始め!!」
開始の合図が会場に響く。
最初に動いたのは脳筋だった。
速さは正直見切りやすい。
同じ巨体の筋肉兄さんに比べたら、あまりに遅すぎる。
突進しながら、通常よりも巨大な木剣を振り上げる。
アホ剣士と比べ、大振り過ぎる。
私は少し右に体を動かし、攻撃を避ける。
避けられた事が気に食わなかったようで、唸りながら歯を食いしばる脳筋。
「こんのー!」
叫びながら次の攻撃を放ってくるが、私はジャンプで避け、さらにバク宙をして着地。
「チョコマカ動きよって!」
苛立ちを隠しもせず、木剣を振り回す。
それにしても、軽そうな攻撃だ。
セレスの一撃はもっと鋭く、重い。
比べる相手を間違っていると分かっているが、仮にも代表なのだからと警戒していたのに、拍子抜けにも程がある。
せいぜい班長クラスと言った所か。
横に上にと避け続け、気づけば数分は経っただろう。
観客達の声援は無く、ただ唖然と見つめられている。
そろそろいいか。
木剣を全力で振るい続け、息が上がっている脳筋に向かって、距離を詰める。
今まで回避に専念していた私の、突然の行動に驚き動きが止まった。
おいおい、実戦なら自殺行為だぞ。
そう思いながら、木剣を持つ両手を右足で蹴り上げる。
持っていた木剣が空高く舞い上がり、両腕が上に上がったことで胴が、がら空きになる。
右足を今度は軸足にし、後ろ回し蹴りでがら空きの胴に叩き込む。
「ガッ!」
と呻いた後両膝を付き、腹を抑えてうずくまる脳筋。
遠くで木剣の落ちる音が聞こえる。
手加減はしたが、しばらくは動く事が出来ないはずだ。
「え、あ、勝者、く、黒騎士!!」
戸惑いながら判定を下す審判。
その判定を聞いた観客達は、しばし驚き静かだったが、頭が状況を理解したのだろう、会場を包むほど盛大な歓声が上がる。
私は脳筋に近づく。
「手加減したがしばらくは動けないはずだ。部下に医務室まで連れていくよう手配しておくから、それまでここで待っていろ」
「糞…お前などに」
呻きながらも悪態を吐く元気はあるらしい。
でも此奴に『お前なんか』と言われたくなく、私は冷めた声で言ってやった。
「言っておくが、帝国ではお前位の兵士はかなりいる。王国では通用しただろうが、お前の実力は所詮その程度と言う事だ。今後己の行動には気を付けろ。特にこの帝国ではな」
そう言って背を向け、いまだに唖然としている審判のもとへ向かう。
木刀の事もあるが、彼にも言う事が一つある。
「預かり物を受け取りに来ました」
「あ、はい! そ、その前に『バインド』を!」
そう言って『バインド』を解こうとする審判。
「ああ、その事で一つ忠告を」
「え?」
首をかしげる審判の前で両腕に力を入れる。
するとガラスが割れるような音と共に、『バインド』が解ける。
「あ、あ…」
「このように、人によっては簡単に破る事が出来る。魔力は申し分ないようだが、集中力を鍛える事だ」
『バインド』が破られると思っていなかった審判は、目を見開き驚きのあまり声を出すことができないようで、そんな彼に助言をしながら木刀を返してもらった。
皇族専用観客席に目を向けると、陛下と目が合う。
満足そうな笑顔だ。
そばにいる宰相閣下も珍しく笑顔で、拍手を送ってくれていた。
少しは認めてもらえたかな?
そんな二人に軽く会釈をして、私は退場するため出口へ向かう。
歩きながら、二人を見たとき目に入った他国の王達の歪んだ表情を思い出し、頬が緩む。
そして思った。
ああ! スッキリした!!
To be continued
あとがき
第32話をお送りしました。
他国との力の差を見せつけるお話でした。
本編でもちょこっと出しましたが、他国での真の戦力はギルド所属の人達です。
いずれ彼らと関わっていきます。
次回もなるべく早く更新したいと思いますので、お付き合いお願いいたします。
今回も読んでいただきありがとうございました。




