一緒に過ごした一年
「――だから、ちゃんと向かってるって! もうすぐ着くから!」
スマホに向かって、もう何度目か分からない台詞を告げた。
『おねぇ、本当に帰って来るんだよね!?』
「何度もそう言ってるじゃん」
『だって毎年帰るって言って、全然帰ってこなかったし!』
「今回はちゃんと帰るって。さっき新幹線降りたところ。もうバスの時間だから切るよ!」
『待って! 本当におねぇのかれ――』
スピーカーの向こうでは妹がまだ何か言っていたけれど、話が長くなりそうなので強制的に通話を切った。
静かになったスマホに向かって深くため息をついてから、すっかり待たせてしまったことを思い出して、慌てて呼んだ。
「ルーク!」
少し離れた場所で、紅葉を眺めていたルークがこちらを振り返った。
「ユリさん。電話は大丈夫ですか?」
「あぁ……うん、大丈夫じゃないけれど大丈夫」
強制的に切ったのでそういうことにしておく。
ふと、ルークが両手に持っていたものが視界に入って、思わず笑いが漏れた。
「それ拾ったの?」
「はい。ユリさんの分も、どうぞ。赤と黄色でとても綺麗ですね」
「そうだね。良い感じに色づいているね」
ルークの手にはもみじとイチョウの葉があって、イチョウの方を私にくれた。
今日は十一月後半の連休。
ちょうど紅葉が見ごろで、周囲の木々は赤や黄色と鮮やかに色づいていた。
桜を見に行った時のように、ルークは目を輝かせて眺めている。
「写真撮る?」
「はい!」
スマホを渡すと、ルークは持っていたもみじを胸ポケットに差し込んで、慣れた手つきで彩る木々を撮り始めた。
途中、私のことも写そうとし出したので逃げたけれど、結局紅葉を背景にして一緒に写真を撮ることになった。
きっと帰ったらプリントして、写真立てに飾るんだろうと予想がつく。
ルークが写真を撮ることにハマっているおかげで、最近の我が家はどんどん写真が増えている。
スマホの画面には、今撮ったばかりの私とルークと紅葉の画像が表示されていて、私はそれを見てから隣の本人へと視線を移した。
「スーツ似合うね」
今日のルークはいつもと違う格好をしている。
魔術師のローブでも、夢の国の耳付きパーカーでももちろんなく、ピシッとしたスーツ姿だ。
「カフェのオーナーが貸してくださいました」
「別にそこまで畏まった格好じゃなくても良かったのに……」
「いいえ。大切な人のご家族に挨拶をするときは、正装でなければいけませんから」
そう言って微笑むルークは、暗色のスーツを着てネクタイまでしている。
髪が少し長いけれどチャラく見えないのは、カフェのおじいちゃんオーナーが貸してくれたというスーツが渋い色合いのおかげだろうか。
スーツ姿なんて初めて見たけれど、意外と似合っていてびっくりした。
何でも着こなすね。
……ルークがなぜスーツなんて着ているかと言うと。
これから向かう先が、私の実家だから。
何をしにと言えば、それはまぁルークを紹介に。
いや、紅葉も綺麗だし、連休だから、ついでってだけで。
全然帰っていなかったから、妹も両親も顔を見せろってうるさかったし。
年末に帰ったらきっと親戚中集まるだろうから、連休くらいにパッと行ってパッと帰ろうかなと思って。
でも、きっとルークを連れて帰ったらあれこれ聞かれるんだろうな。
そう考えると、自分の実家に帰るのになぜか緊張してきた。
「式典用のローブを持ってきていれば正装として着用できたんですが……家にあるのは実務用のローブなのですみません」
そんな私の緊張をよそに、ルークはどこか悔しそうに謝ってきた。
いや、そこはむしろ式典用のローブがなくて正直ホッとした。
こちらの世界に来たときにルークが着ていたローブはまあ普通に黒いのだったけれど、式典用っていうくらいならきっとあれだよね、異世界なら何かキラキラしてそうだよね。
そんなローブを着た魔術師が新幹線に乗ったら、目立つを通り越して下手すれば無断でネットにあげられそう。
そんなことになったら、緊張どころの話じゃない。
まぁ、式典用のローブ姿を見てみたかった気持ちもあるけれど……。
「ユリさんのご家族にお会いするの楽しみです」
けれど当の本人は、緊張とは無縁の様子でにこにこと笑いながらそう言った。
「何で私の方が緊張しているんだろう……。まさか異世界から来た魔術師を家族に紹介する日が来るなんて思ってもいなかった……」
「大丈夫です。こちらの人には、ぼくが異世界から来たと分からないよう魔法をかけますから」
「絶対にお願い。あぁ……魔法があって良かった……」
ルークがこちらの世界に来て、もうすぐ一年。
カレーを食べ終えたらすぐに追い出そうとしていたのに、まさか一年後もこうして一緒にいて、家族に紹介することになるなんて、一年前は想像もしていなかった。
振り返れば、色んなことがあった。
お正月には初めて見るもちに驚いて。
春になれば桜を見に行ったし。
商店街のくじ引きで温泉旅行も当てたり。
ルークが、こちらの世界に残ることを決断したり……。
本当に、色んなことがあった。
「……ルークの家族に挨拶できなくてごめんね」
「大丈夫ですよ。姉たちは、良い人と出会ったら絶対に逃がすなとだけ言っていたので、ちゃんと約束を果たしています」
ルークはそう言って、私の手を握った。
私がルークの家族に会いに行くことはできないけれど、何となくどんな家族か想像できた。
異世界に行ったルームメイトの香織は元気にしているだろうか。
たぶん、これは完全に想像だけど、向こうの世界を楽しんでいそうな気がした。
香織とルーク、何か似ているから。
新しいもの好きで、行動力がある。
もしかしたら、向こうで出会ってカップルになった王子と、異世界中の色んなところを見に行っているかもしれない。
そう思ったら、会ったこともない王子に少し親近感を抱いた。
「あ! ユリさん、バス来ましたよ!」
「うん。あー……やっぱり帰りたい。絶対あれこれ聞かれそう……」
私と違ってテンションが高いルークに手を引かれて、バスの方へと向かう。
一年前、イルミネーションを見に行ったときには私がルークを引っ張ったのに、今では逆の構図になっていた。
視線を上げれば、先を歩くルークの後ろ姿が見える。
あのときのルークから私は、こう見えていたんだろうか。
「ルーク」
呼びかけるとルークがこちらを振り返った。
逆光になってしまって、表情は見えない。
思わず歩く速度を速めて、ルークの隣に並んだ。
「来月、イルミネーション見に行こうね」
一年前、こちらの世界へ来たルークと初めて一緒に行った場所。
あの景色をもう一度見に行こうと伝えると、ルークの表情が輝いた。
「はい。楽しみですね」
顔を見合わせて笑って、一緒に歩き出す。
次の一年も、その先も。
並んでこの世界を生きていく。
ルークはこのあと出身や戸籍などは魔法の力でどうにでもしたけれど、馴れ初めを聞かれて素直に女神のように美しかったですとか言ったものだから、家族が大騒ぎします。
短編から始まった一年間の不規則連載でしたが、読んでくださりありがとうございました!




