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天使と悪魔の諸事情  作者: 芳乃 類
第3章

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30-2:交渉

 俺たちはサタンの居城に幽閉されたルシフェルを解放すべく、サキュバスの力を借りて地獄(ゲヘナ)へとやってきた。

 当初の予定では、魔王ルシファーと名を変えたルシフェルの側近アガリアレプトに、協力を求めるはずだった。


 上級悪魔アガリアレプト――世界中の宮廷や政府が秘している機密を明らかにし、どんなに崇高な謎でも解明してしまう力を持つとされる。

 彼女はルシファーの軍を指揮する将軍であり、家老も務めているという。そして、弟サタナキアとともに、このクリンタ宮殿の内廷部に住んでいた。


 サキュバスの情報によると、アガリアレプトとサタナキアの姉弟は、ルシファーによって現在の地位に引き上げられたそうだ。そのため、忠義の薄い悪魔としては珍しく、彼女たちはルシファーに並々ならぬ忠誠心を持っているらしい。



 こうして俺たちは、クリンタ宮殿の内廷部へ侵入してすぐに、アガリアレプトを探すこととなる。


 地獄(ゲヘナ)の支配者であるルシファーの住処で、誰にも見つからずに目的の悪魔を探し出すのは、かなり骨が折れると覚悟をしていた。だがサキュバスの力により、アガリアレプトの居場所は難なく見つかる。


 俺たちはアガリアレプトのもとへと急ぎ向かったが、あと一歩というところでベルゼブブと合流されてしまい、接触の機会を失った。

 次のチャンスがいつ訪れるか分からない。俺たちは仕方なく、二人の後を追って外廷部の大広間へとついて行く。そこで、マモンと七十二柱とのやり取りの一部始終を目にすることとなった。


 マモンの大演説が終わる前に、俺たちはこの執務室へと退避をし、大広間にいる悪魔たちの移動に備えた。だがまさかここに、アガリアレプトとベルゼブブ、さらにはアスタロトまで入ってくるとは……。



 黒と紫のまだらに光る魔力の塊をサキュバスへ向けたまま、俺に「何用か?」と尋ねたベルゼブブがさらに続ける。


「休戦協定を結んでいる今、秘密裏に地獄(ゲヘナ)へ侵入する。それは、この先何が起ころうとも、その責めをお受けになる覚悟がおありだということですね?」


 口調は穏やかだが、ベルゼブブは射抜くような視線を俺にぶつけてきた。

 カマエルが俺の身を守ろうと前へ出ようとしたが、俺はそれを右手で制する。そして、わざとらしく大きなため息をついた。


「その手を下ろせ、ベルゼブブ。俺たちは地獄(ゲヘナ)を探りにきたわけじゃない」


「……」


 ベルゼブブは眉をひそめる。

 俺と彼の間で剣を構えるアガリアレプトが叫んだ。


「天使の戯言など、お聞きになってはなりません!!」


 俺はアガリアレプトを見る。目が合うと、彼女の視線がわずかに揺れた。


 ルシフェルと双子であることに、俺は今まで特段の利点を感じることはなかった。だがなるほど、こういうときには便利だな……などと思う。

 アガリアレプトを見ていると、どこか躊躇(ためら)いがあるように感じた。おそらく、主であるルシファーと俺が似ているからだろう。


 俺は同情するように左右に首を振る。


「おまえも困っているんだろ? ルシファーがサタンの居城に幽閉されて」


「な……」


 アガリアレプトは、そう言ったきり押し黙った。


 俺は、この執務室でのアガリアレプトとアスタロトのやり取りを思い出す。


 魔力の使えないサタンの居城へルシファーが幽閉されてから、アガリアレプトは常にベルゼブブのそばにいたらしい。そのことを、アスタロトから「(くら)替えした」と(なじ)られていた。

 だが、俺がサキュバスから聞いた話によると、彼女はベルゼブブに、主ルシファーの解放をかけ合っていた、とのことだった。

 つまり、アガリアレプトの()()はルシファーなのだ。


 俺は、彼女の不安をかき立てるように続ける。


「このままでは、ルシファーはその地位どころか、自身の身が危うくなるのは避けられないだろうな」


 苦々しい表情のアガリアレプトは、俺を(にら)みつけた。


「黙れ! 天使のおまえに何が分かるというの?」


「少なくとも、ルシファーが今無事なのは、そこにいるベルゼブブのおかげだということだけは分かる」


「……」


 間髪を容れずに答える俺の言葉で、アガリアレプトの目から力強さが弱まる。彼女の構えていた剣先が、わずかに下がった。案の定、図星のようだ。



 マモンに連行されるように、人間界から地獄(ゲヘナ)へ帰還したルシファー。

 その後、天界(ヘブン)地獄(ゲヘナ)の勢力を大きく左右する『無垢の子』ハルを隠し育てていた事実を、マモンから糾弾されたはずだ。


 人間界で見たマモンの様子から、あいつが支配者の座を狙っているのは明白だった。当然、無垢の子のことは、ルシファーを失脚させるには十分な理由になっただろう。なぜなら、無垢の子を『悪魔の子』に転生させれば、その力で人間界から天使を排除できたのだから。


 おそらくマモンは言ったはずだ。「裏切り者であるルシファーの首を切り落とせ」と。

 しかしマモンが、もしくは七十二柱がどんなに騒ぎ立てようとも、もう一人の地獄(ゲヘナ)の支配者ベルゼブブが首を縦に振らない限り、物事は前には進まない。それほどまでに、この悪魔は地獄(ゲヘナ)を裏で掌握している。


 それが、外廷部の大広間で見た悪魔たちの雰囲気から感じ取った、俺が考える地獄(ゲヘナ)の勢力図だった。



「くっくっく……」


 沈黙するの室内に、突如、くぐもった笑い声が聞こえてくる。

 そちらへ視線を移すと、サキュバスへ向けていた手を下ろしたベルゼブブが、冷ややかな目つきで俺を見ていた。


「サタンの居城に幽閉されているわが君を、お救いくださると言うのか? 天使であるあなたが?」


 口角だけを上げ、ベルゼブブは皮肉めいた口調で言う。

 それに応えるように、俺もニヤリと笑った。


(のぞ)かせてもらったよ」


 その言葉に、ベルゼブブの眉がピクリと動く。

 俺は続けた。


「マモン……だったな。おまえも、あいつの扱いに苦慮しているんじゃないのか?」


「……」


 ベルゼブブの冷ややかな笑みが微かに曇る。


「ベルゼブブ、おまえも分かっているんだろ? あいつは王の器じゃない。あれでは、地獄(ゲヘナ)の統率は無理だ」


「……」


「あいつは(しゃべ)りすぎる。王は、大勢の臣下を前にして多弁であってはならない。ましてや、自分がひそかに動いていたことを、あんな風に公の場で語るようじゃな」


「……」


 ベルゼブブの表情に、不快感が広がっていく。痛いところを突かれた……といった感じだろう。アガリアレプトも、顔をしかめてこちらを見ていた。

 俺はさらに続ける。


「七十二柱……か。今頃あいつらは、マモンを王座から引きずり降ろす算段でも考えていることだろう。いや、傀儡(かいらい)として、マモンを利用したほうが矢面に立たずに済むか。あぁ、そうそう。ヒトをけしかけて、人間界で世界大戦を起こそうとしている計画な、あれはとっくにガブリエルに知られているぞ」


「ミカエル様!?」


 俺の横に立つカマエルが、驚きの声を上げた。

 ニヤリと笑ったままの俺は、カマエルをチラリと見る。そして再び、ベルゼブブへと視線を戻した。



 カマエル、いい反応。



 心の中で俺はつぶやく。


 カマエルの動揺は、俺の言葉に真実味を与える。まぁ、本当のことを話してはいるのだが……。

 そして俺の思惑通り、無言でこちらを見つめるベルゼブブの目つきが、俺の意図を探るようなものへと変わり始めていた。


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