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天使と悪魔の諸事情  作者: 芳乃 類
第4章

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47-2:真実

 俺は、サタンに見せられた映像を思い返す。


 メタトロンの執務室で、神がヒトを創ると告げられても、ヒトを守護することが天使の第一任務になると言い渡されても、ルシフェルは素直に従っているように見えた。

 

 だが、人間界の赤い屋根の家でルシフェルと話したときは、ヒトそのものに嫌悪し、神は天使を裏切ったと激高していた。

 あの言動は、(天使)たちが認識していた、ルシフェルが謀反を起こした理由と矛盾しない。


 しかしサタンの映像では、メタトロンを介して、神がルシフェルに地獄(ゲヘナ)の統治者になるよう命じていた。

 つまり、『あの時』の謀反はルシフェルの意思ではなく、神の計画に従った――ということになる。


 サタンは「悪魔は、相手が欲する言葉を与える」と、俺に忠告した。

 それでもあの映像は、俺が知っているルシフェル本来の姿に見え、サタンが作り出した偽りとは思えなかった。


 では、人間界でのルシフェルの激高は何なんだ? 少なくとも俺には、あいつが演技をしていたようには見えなかった。

 最も敬愛していた神に裏切られた憤りが、神の創り出したヒトにまでおよんだ……ということか?

 それならば、なぜ、地獄(ゲヘナ)の統治者という不条理な命令に従った?

 サタンの「そうするしか選択肢はない」「誰かを降ろす必要があった」というあの言葉。ルシフェルの怒りと不可解な言動に、どんなかかわりがあるのだろうか?



 サタンの映像と俺の記憶を照らし合わせれば合わせるほど、次々と疑問が湧き出てくる。

 俺は自分を抱えるように左腕を体に回し、右手で口を覆った。


「神はなぜ、ルシフェルに地獄(ゲヘナ)の統治をさせたかったんだ?」


 そう、一番の引っ掛かりはそこだ。

 地獄(ゲヘナ)には、悪魔の中で最も力のあるサタンがいる。それにもかかわらず、天使の長であったルシフェルを、天界(ヘブン)からわざわざ降ろす必要はないはずだ。


 (うつむ)いていたサタンは大きく息を吐き出すと、顔を上げて苦し気に笑う。


「少し長くなるけど……、聞いてもらえる……かな?」


 珍しく前置きしたサタンに違和感を抱きながらも、俺は口元から手を離してコクリと(うなず)いた。


「事の始まりは……サンダルフォンだった……」


 サンダルフォンはこの世界で初めて創られた天使であり、初めて滅び、復活を果たした天使だ。そして今は、メタトロンと名乗っている。

 サタンが見せた映像の最後で、メタトロンはルシフェルに謝罪していた。「すべては私のせいなのだ」と。


 何かを思い出すように、サタンは白の空間を見つめる。


「あの子はね、彼と自分しかいない世界で、どうしてここに存在しているのか、その意義を見だせなかったんだよ」


「意義……」


「そう……。この世界にいる者はすべて、何らかの意義を持って誕生する。もちろん、サンダルフォンにもね。でも……あの子は気づけなかった。それが、自分の存在意義だということに」


「どんな……」


 俺の問いを遮るように、サタンが続ける。


「サンダルフォンは、彼にとって必要な存在だったんだ。彼は、あの子さえいればそれでよかった。それ以上の望みなんて、持っていなかったんだよ」


 そう言ったサタンは下を向くと、少し黙り込んでから頭を左右に振った。


「いや……違うな。そうじゃない……。怖かったんだ……。世界を広げることが、怖かった。『前任者』と同じ道を辿(たど)るのではないかと、いつも……怖かった……。それはずっと……ずっと繰り返されてきたから。数え切れないほど何度も何度も……。大切に育んできたものを、自らの手ですべて消滅させる……。それが、どれほど恐ろしいことか……。本当の彼はね、とても臆病なんだ」


「……」


 サタンの言葉で、俺は、天界(ヘブン)の地下室で聞いたケルビムの話を思い出す。

 神が最も恐れているのは、手に負えないほど世界の均衡が崩れることだ、と彼は話していた。そして、こうも言った。


「あそこまで己を犠牲にして守る世界って、一体何なのだろう」と。


 俺は、神は世界のあらゆる出来事を享受する存在である、と思っていた。

 だが本当は、自らが介入したせいで、世界を滅ぼすことになりはしないかと恐れていたのだ。だから神は、世界に触れられなかった……のだろう。


 愛する者をこの手で滅ぼすことの恐ろしさ。そして、心が壊れるほどに打ちのめされる絶望感。それは、俺も身をもって経験した。

 だからこそ分かる、神の怖恐(おじおそ)れる気持ちが。



 神は……父上は、永遠に消えることのない恐怖に耐えながら、天界(ヘブン)の玉座に座っていたのか……。



 だが、それに気づいた途端、そもそもの疑問が生まれた。


「世界を滅ぼすことを恐れていたのなら、父上はなぜ、こんなにも不安定な世界に創り変えた?」


 神が生まれる前に存在したという別の世界。

 その創造主である『前任者』は、世界に介入し過ぎたために、自らの手で世界を消滅させたらしい。

 現世界も、規模が拡大すればするほど、世界の均衡は崩れやすくなる。

 均衡が崩れれば、前任者と同じように、神は世界に介入せざるを得なくなるはずだ。

 それを分かっていながら、天使と相反する悪魔を創り、心も体も脆弱(ぜいじゃく)なヒトを創った。神は()()()、均衡が崩れやすい世界に創り変えたのだ。


 サタンは、なぜかぎこちなく笑って俺を見る。


「君も知っての通り、僕たちには『死』というものがない。事実、サンダルフォンが滅びを選んでも、あの子は新たな肉体を得て、彼のもとへ戻ってきた。彼が創った世界は、そういう仕組みだから」


「……」


 俺の脳裏に、灰と化したサキュバスの姿が思い出され、胸の奥がズキリと痛んだ。



 おまえのことは、あとでたくさん思うから……。



 記憶の中のサキュバスに向かって釈明し、俺は自分の気持ちを切り替える。


 サタンは、一段と険しい表情で俺を見ていた。

 この白の世界に来てから一度も見たことのない顔つきに、俺は固唾(かたず)をのむ。

 ややしばらく見つめ合っていると、サタンは力を抜くようにゆっくりと息を吐いた。


「サンダルフォンを失った彼は、こう考えた。今の世界のままでは、あの子が新たな肉体を得て戻ってきたとしても、再び滅びを選ぶだろう。仮に、ほかの天使を創っても、サンダルフォンと同じ選択をするかもしれない。そこで彼は、世界を三つに分けることにした。同じ過ちを、二度と繰り返さないために」


「過ち……」


 サタンは一呼吸置くと、固い表情から一変して優しい笑みを浮かべた。


「ここはね、この世界はね、君たち天使を守るためだけに創られたんだ。言うなれば、君たちのために存在している世界、なんだよ」


「……(天使)たちの……ための世界……?」


 にわかには信じられない内容に、俺の思考が追い付かない。

 そんな俺の前に立つ、背丈ほどある飛膜の翼を持った悪魔は、ただ微笑(ほほえ)みを浮かべるだけだった。

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