元号法
昭和五十二年になり、またもや国内に不穏な空気が漂ってきた。
その原因は最近半島の工作員が、定期的に逮捕されているからだった。
日本とは国交断絶しているため、関係悪化を気にして国籍を伏せることもなく、悪いことをすればちゃんと報道される。
もっとも、一部の者は情報を吐き出させるために、秘密裏に処理されるので表には一切出てこない。
それはそれとして、工作員を侵入させて日本人を拉致するのは、本当に止めて欲しい。
ちなみに、イギリスとうちの諜報機関が裏で色々と動くことで、国外に拉致されても早期に救出したり、もしくは事前に処理ができている。
なので精神的な外傷は負うものの。祖国に帰れず家族との再会が叶わないということはなく、実質的な被害は殆どない。
そして私は変な所で勘が鋭いので、世の中は綺麗事だけでは回らないことも、うちの諜報機関が裏では汚いことをしているのも、四百年前から薄々気づいていた。
神皇の心労を気遣ってのことだとも理解しているので、あるがままを受け入れて口には一切出さない。
このような事情があり、今はとにかく発覚した拉致問題を速やかに解決するべく、イギリス王室へ苦情のお手紙をせっせと認めるのだった。
その後は日本赤軍が存在しないので、バングラデシュで航空機がハイジャックされることもなく、とても平和であった。
私的にはこれまでと変わりのない平穏な日常を過ごせたことに深く感謝して、居間のちゃぶ台をコタツに変えて、そこに足を突っ込んで温まりながら薄型テレビで紅白歌合戦を視聴する。
ついでに昭和五十二年の除夜の鐘を聞いたり、年越し蕎麦をすすったりと、今年も色々あったなーと感慨深く息を吐くのだった。
昭和五十三年になり、日中平和友好条約を調印した。
私はと言うと、居間のちゃぶ台の前に座って、大画面の薄型テレビのIHKニュースを見ていたのだが、思いっきりツッコミを入れてしまう。
「昭和四十七年に共同声明が発表されたはずだけど、条約に調印するまで六年もかかったの?」
政府関係者の説明では、日中共同声明は平和友好条約の締結を目的としていた。
その交渉を行うことに合意するという項目があったのだが、何だかんだで話し合いはかなり難航したらしい。
「交渉開始から条約の調印まで六年かかるのも、隣の大国なら仕方ないと思えてしまえるのは何故だろう?」
半島や隣の大国は、未来の日本も対応にとても苦慮していた。
なので私は六年なら普通かなと、特に疑問に思うことなくあっさり受け入れるのだった。
ちなみに日中平和友好条約を簡単に説明すると、このような内容となる。
第一条では、主権や領土の相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉が記述された。
第二条では、反覇権を謳った。
第三条では、両国の経済的、文化的関係の一層の発展を述べた。
第四条では、この条約の第三国との関係について記された。
日中共同声明と大体同じで、お互いに喧嘩せずに尊重し合って仲良く発展していこうと、極当たり前の条約が締結されたのである。
私としては、そんな当たり前のことを決めないと、まともなお付き合いができないお隣の大国に、そこはかとない不安を感じる。
だがまあ、一時は戦争状態だったことを思えば、書面で仲直りするのも必要だと思えてくる。
それに日本の一般常識は他国だと違うらしく、譲り合い助け合いや和の心も、うち固有のものだ。
そう考えると、日本は東アジアの中では相当特殊な立ち位置なんだと、否が応でも気づかされるのだった。
同年のことにもう少し触れると、新東京国際空港のキャンペーンガールをしたり、隅田川の花火大会を屋形船に乗って見物したりと、今年も割と平穏だった。
時が流れて昭和五十四年になると、イランで革命が起きた。
それについて簡単に説明すると、イスラム教を支柱とする国民の革命勢力が皇帝を支柱とする現政権に反対して、革命を起こしたのである。
なお、アジア各国は日本とあまり親密ではないので、狐色に染まりきってはいない。
そのため、無闇やたらとワッショイワッショイしないから、私にとっては得難い存在である。
それでも中東の情勢が急激に不安定になったため、第二次オイルショックが起きてしまった。
おかげで石油燃料の供給が難しくなった。
ただし、相変わらず日本とオーストラリアは何処吹く風であったのだった。
同年の昭和五十四年、未来からやって来た青タヌキのアニメの二期が放送された。
実は昭和四十八年に一期が放送されていたのだ。
そっちの経緯としては、硬派任侠物のアニメ化企画が頓挫したので、つなぎ番組として一期が放送されたのだが、半年で終了した。
不人気で打ち切りという噂が流れたが、実際には二クール契約を結んでいたらしく、局側も5%も行けば良い方と比較的寛容であった。
けどまあ、一期の青タヌキの声が大山さんでなかったことには驚いた。
しかし一番ありえないと思ったのが、もはや天丼どころか定番のオチが積み上がっているが、未来から来た狐型ロボットに変わっていたことだ。
性別も体型も完全に萌系美少女化してたし、とにかく色々と酷いことになっていた。
あとは耳は齧られていないが、好物の油揚げを目の前でネズミに食べられたために、苦手意識を持ったという謎設定が出来ていた。
色々とわけがわからないよだが、内容そのものは面白いし、今年からスタートした二期の視聴率は好調なようだ。
なので、このまま国民的アニメとして長く続いて欲しいと素直にそう思ったのだった。
さらに同年の六月に、第五回先進国首脳会議、または東京サミットが開かれた。
議題はイラン、イスラム革命を受けての石油問題で、会場は東京都港区赤坂の迎賓館だ。
最初は東京の稲荷大社でという要望が圧倒的多数だったが、そこに決まったらなし崩し的に政治力皆無の私も出席しなければいけなくなる。
真面目に働くのも、素人意見で大恥をかくのもまっぴごめんなので、関係各所に丁寧にお断りした。
それでも妥協案として、会議の内容とは一切関係ない雑談なら、謁見の間で行っても構いません。
全ての業務内容を消化した後に、短時間だけならいいよと、一応の許可は出すのだった。
同じく昭和五十四年のことだが、日本のゲーム会社が開発したインベーダーゲームが大流行した。
しかし場末の温泉旅館や古いゲームセンターに置いてあるピコピコタイプではなく、リアルな3D空間でのオンライン多人数プレイに大幅な進化を遂げていた。
ダメ押しとばかりに、地球に迫る敵をバリア基地に立て籠もって防衛したあとは、エイリアンたちの本星に向けて進軍する内容になっている。
なお死中に活を求めて見事逆転勝利した地球防衛軍の最高指揮官は、顔は出てこずに音声だけだが、フォックスと名乗っていた。
自分の声色にそっくりな声優さんを採用したことと言い、正体はバレバレだが、もはや何も言うまいと思った。
だがまあ面白ければ問題ないので、一般家庭版を日本でもっとも早く入手した私は、近衛とお世話係を誘って、オフラインの多人数協力プレイを存分に楽しむのだった。
さらに同年、日本坂トンネルで火災事故が発生した。
簡単に説明すると、まず最初に東名高速道路の出口の近くで接触事故が起こり、それに伴う渋滞が発生する。
そして車の長い列は、日本坂トンネル内まで続くことになる。
そこにさらに、渋滞に気づいて停車するために急ブレーキをかけた後続トラックが、先に停まっていた車と勢い良く追突してしまう。
そうなると当然、連鎖的な玉突き事故が発生する。
ダメ押しとばかりに漏れ出たガソリンが発火して、トンネル内は阿鼻叫喚となったのであった。
しかし、この事故で唯一幸いと言えるのは、ガソリン車やハイブリッド車の中に、電気自動車が多数混じっていたことだ。
おかげで火災が燃え広がるまでに、ある程度の時間を稼げた。
電気自動車も燃えないわけではないが、火がつくまではガソリン車よりも時間がかかるのだ。
だから車に乗っていた人たちはトンネル外まで避難することができて、駆けつけた消防や救急隊員が救助活動をスムーズに行えた。
それでも重軽傷者が合わせて九人も出たし、完全に鎮火するまで一日ほどかかってしまった。
そのせいで連日のニュースでも頻繁に取り上げられるほどの、大きな事故になったのだった。
さらに昭和五十四年のことだが、元号法が成立した。
これを成立させた経緯はなかなかにややこしいが、簡単に説明すると。
今よりかなり昔に、元号に関する法律を変更した。
それによって皇室の条文が消失し、法的根拠がなくなってしまった。
今までは何ら問題視することなく、代々続く慣例に従って元号による年号表記が変わらず用いられてきた。
だが現在の朝廷の高齢化に伴い、退位か、または崩御した後にも元号を使い続けるかどうかが、注目されるようになったのだ。
ちなみに内閣法制局の角田第一部長は、このようなことを国会で発言していた。
「元号は慣習で法的根拠はなく、陛下に万一のことがあれば空白の時代が始まる。
しかし稲荷神様ならば崩御や退位とは無縁であり、今後元号を改める必要も一切ない」
あろうことか、彼に賛同する国会議員が大多数を占めていた。
そして、もし私を基準にした新たな元号法が成立した場合、別の意味で気が休まらなくなるのは確実だ。
なので、寝転がりながらぼんやりとIHKニュースを見ていた私は。事態の深刻さに気づくや否やガバっと跳ね起きて、政府関係者に連絡を入れた。
もはや一刻の猶予もないとばかりに、当日中に稲荷大社の謁見の間に招集し、一段高い畳の上に腰を下ろして待つ。
今回は珍しく私が先に来ていたので、慌てた表情で遅れてやって来た政府関係者が各々の席に付く前に、段取りを無視していきなり本題に入る。
「大平さん、元号法を改めるのは構いません。
ですが、私を主軸にして年号を作るのは止めてください」
大平総理大臣に向かって、私は真面目な表情で強く言葉をぶつける。
「もし稲荷神の年号になろうものなら、私の退位がますます遠のいてしまいます」
すると彼は困惑した表情を浮かべて着席したあと、こちらに対しておずおずと返答する。
「あのー、稲荷神様は退位されるおつもりなのですか?」
「日本国民の信頼が得られなければ即刻退位する。神皇を退く条件として、きちんと明記されています」
正確には違うかも知れないが、いつだったかそのような発言をした記憶がある。
とにかく稲荷神の年号を認めるわけにはいかない。
続けて大平総理は、何だか申し訳なさそうな表情で、さらに言葉を続けてくる。
「では、稲荷神様は具体的に、いつ退位されるのでしょうか?」
「私が日本国民の期待と信頼を裏切り、神皇の人気に陰りが見えたら即刻です。
具体的に何年何月何日かは決まっていませんが、いつか必ず訪れるでしょう」
何故今そのようなことを聞くのかと尋ねることはせずに、彼にどうしてという視線だけを向ける。
だが大平総理は、何だか可哀想な子を見るような表情を浮かべる。
それが気になったので、今度はこちらから尋ねる。
「何か言いたいことでも?」
「あ……いえ、何も。ですがわかりました。稲荷神様の言う通りに元号法を改正致します」
「わかれば良いのです」
元号法の改正についてはあっさり承諾してくれたし、退位についての追求をして、辞めないでくれとも言われなかった。
なので、一時はどうなることかと思ったものの、無事に乗り切れて良かったと、心の中でホッと胸を撫で下ろすのだった。




