大阪万博
昭和四十四年になり、国民的な作品である磯野家のアニメが始まった。
だがしかし、それは私がかつては画面の向こうに見た、何処か懐かしく感じる昭和の風景ではない。
周りにはビルが立ち並び、屋内もオール電化や薄型テレビ等の二千二十年基準の家具が並んでいたのだ。
しかし一番おかしいのは、白猫のタマの存在だ。
何となくこうなるような気はしていたが、名前が同じな小狐に変わっていたのである。
現実では野生の狐を飼うには、色々と面倒な手続きと行政からの許可証が必要になる。
なのでせめて、アニメの中だけでも一般家庭で存分に愛でたいという願望が、作品に出たのかも知れない。
何だかんだで狐になってもタマは可愛いままで、視聴率も好調だったのは良かった。そして私も毎週楽しみにしている。
たとえ週休七日の引き篭もり生活でも、これを見なければ日曜が終わらず、気持ち的にスッキリしないのだった。
同じく昭和四十四年なのだが、高速道路網を全国に広げる動きは相変わらずであった。
しかし既に日本中に敷き終わっていると言っても過言ではなく、これ以上増やす意味は実はあまりない。
なので政府関係者を稲荷大社の謁見の前に呼び出して、いつも通り単刀直入にぶっちゃけた。
「高速道路を作るなとは言いませんが、そろそろ全国一斉点検を実施してください」
一段高い畳の上から総理大臣である佐藤さんに語ると、彼は確かに一理あると首を縦に振る。
日本国民は私の退位以外は概ね正しいと思っているらしく、素直に同意してくれるのは助かる。
そして政治や経済に無知な狐っ娘は道路公団何するものぞであり、相変わらずキレッキレの本音をぶちまける。
「来年の万博に備えるのなら、まずは不測の事態が起きないように取り計らってください」
狐の一声によって、高速道路網を広げるよりも来年の大阪万博に備えて、インフラ整備の一斉点検を最優先とする方針に一も二もなく強制変更させる。
「表面的には何の異常がなくても、内部は劣化が進んでいるのは良くあるのです。……例えば私のように」
「はははっ! 何を申されますか! 稲荷様はまだまだお若いではございませんか!」
もう四百歳以上のお年寄りなので、いい加減隠居したいとさり気なくアピールした。
だが今代の総理大臣である佐藤さんに、間髪入れずにツッコミを入れられる。彼が多少強引でも流れを戻したことから、絶対に退位させないという並々ならぬ気迫を感じた。
(ダメ元だったし、別にいいけどね。うん、……いいんだけどね)
諦めきれずに二回呟き、心の中で大きな溜息を吐く。
そして未来のニュースを考えると、高速道路やトンネルの劣化、車のリコールが問題になっていた。
今の時代も定期的に点検をしているが、一部のみを調査して全体を判断するやり方で、未来と比べると現場猫のように適当にヨシ! をしているようにしか見えない。
幸いこれまで問題なく運用できているので、誰も指摘する者がいなかったのはわかるが、投げっぱなしの道路公団に、私の我慢も限界に達した。
なので丁度いい機会だと考えて、稲荷大社の謁見の間で待ったをかけたのだった。
かくして、私の要望通りに全国一斉検査が開始された。議論の余地なしの超法規的措置というやつだ。
ついでに自動車の方も、各企業それぞれが今一度精密検査をするようにと命じておいた。
神皇権限を使えばこういった特例をポンポン実行に移せるが、政治や経済は素人なので余程目に余る時以外は基本的に放置であり、絶対に関わりたくない。
私は森の奥の家に引き篭もる、腰の重い狐っ娘なのだ。
なので日本国民から見た私は、日本の最高統治者としての権威を振りかざすのは非常に稀で、腰の低い神様であり、国会や行政機関が混乱を最小限に済ませている。
しかし祖国や民衆を守るために重い腰を上げると、やること成すことが大成功か、たとえ一度や二度失敗しても技術発展や後々のことを考えると、ここで躓いていておいて良かったとなる。
さらに事件や事故の被害を最小限に留めて、人間には不可能な神の奇跡を当たり前のように行使できる存在。
あとは四百年以上も生きていて、今なお伝説を築き上げる超絶可愛い狐っ娘幼女。……という、何だこの狐状態になるのだった。
なお後日談となるが、最初期に作った高速道路を一斉点検すると、内部はかなりの劣化が進んでいた。
地震が来たら崩落を引き起こす可能性も非常に高いため、早急に修理するべき箇所が多数見つかったのだ。
そのせいで儲けを減らされた道路公団は私に感謝することになったのだが、当の本人としてはお、おう……としか言えず、未来の日本では当たり前のことを言っただけなのになと困惑してしまう。
ついでに言えば、色々とデリケートになっている期間中なのか、神戸の辺りは地震が来ないからと橋脚一本で済ませているという情報が私の耳に入る。
「地震が来ないとたかをくくって手を抜いたと? いざという時の備えを怠るなど、常識的に考えてありえません!」
若干イラつきながらの大本営発表により、すぐに再工事が命じられることになったが、これが吉と出るか凶とでるかは、今の時点ではわからなかったのだった。
それ以外にも、自動車のほうもタイヤやブレーキに不備が見つかり、放置すれば大事故に繋がりかねないことが発覚したため、急ぎ回収して修理を行うと各企業が公式発表を行った。
こっちとしては別に褒められたくて口出ししたわけではなく、ただ気になったことをぶっちゃけただけに過ぎない。
しかし人命が失われる前に気づけて良かったですという報告を聞いて、役に立って私も嬉しいですと素直に喜ぶのだった。
昭和四十五年になって日本万国博覧会が開催された。
通称は大阪万博で、三月十五日に初日となり、期間は百八十三日で場所は大阪府吹田市の千里丘陵だ。
近未来の生活を表現するための当時最先端の技術やサービスと、建造物からコンパニオンの制服に至るまで現在でいう、レトロフューチャーのデザインを採用した。
レトロフューチャーとは何ぞやと言うと、各々が想像する未来の光景だ。
今回はそれを会場全体を使って再現したわけである。
そんな日本万国博覧会だが、人類の進歩と調和をテーマに掲げて、七十七ヶ国が参加した。
戦前戦後と高度経済成長の勢いが一向に衰えず、アメリカを越える経済大国を全世界に知らしめるべく、日本の象徴的な意義を持つイベントであった。
だがしかし経済大国でありながら、万博のコンセプトは規格大量生産型の近代社会ではなく、地球大交流だ。
内容を説明すると、大量生産大量消費の社会から脱却して、各国の叡智を結集して地球の難問を解決していこうと言うことだ。
本来の大阪万博がどうだったかは知らないが、私が四百年以上かけて日本国民に環境保護の大切さを訴えてきた結果と言える。
なお、うちとオーストラリアは昔から資源と環境を大切にしてきたが、世界各国はようやく大量生産と消費社会の危うさに気づき始めた頃である。
それが正史より早いか遅いかは知らないが、とにかく今回の万博を通して見に来た人たちに、地球環境の保護の重要性を知ってもらいたいものだ。
ちなみに大阪万博でまず注目を集めたのは、長さ四十メートルほどある太陽神の稲荷神である。
塔の頂部には金色に輝き未来を象徴する黄金の稲荷、現在を象徴する正面の太陽の稲荷、過去を象徴する背面の黒い狐という、三つの顔を持っていた。
私としてはどうしてこうなった案件だが、アニメ調に可愛らしくデフォルメされて芸術性も併せ持つ私の巨像は、大阪万博を見に来た人たちが関心を寄せているのは間違いない。
その際にテレビカメラを向けられてコメントを求められたとしても、あまり気の利いた答えは返せなかった。
「とても見事な巨像ですね。
でも私は、地上で太陽のように眩しく輝いて崇められるのではなく、地底の狐のようにひっそりと佇んでいるほうが好きです」
とまあ、あまりワッショイワッショイ持ち上げないでくださいと、遠回しに告げておいたのだった。
ちなみに太陽の稲荷の内部は鉄筋が使われており、途中で砂が足りなくなったので海砂を使おうという意見が出た。
しかし、高速道路の一斉検査によって海砂を使用すると劣化が早まるという新事実が直前になって明らかになったことで、何とか急ぎ国内の砂をかき集めて、開催直前のギリギリになって完成したという経緯がある。
なお私としては、こんな自分を題材にした四十メートルの巨塔など、羞恥心がマッハなので劣化して瓦礫になっても一向に構わない。内心ではそう思っていても決して口には出さない、賢い狐なのであった。
万博会場に視点を移すが、そこは世界各国の新技術や文化を結集して、一時の未来世界を作り上げた。
全体的な展示物を見た感想としては、正史の二十一世紀とSF映画が混ざりあっているような気がする。
ちなみに日本とオーストラリアがSF映画で、他国が二十一世紀である。
基本的に各国はうちの後追いだが、それでも個性を出そうと様々な方面から試行錯誤して、元々の文化と合わせて予想もしない方向に発展している。
これは見物していてなかなか面白い。
あと気になることは前回の東京万博でも思ったことだが、テレビカメラは私ではなく会場内をもっと映すべきだ。
興味津々という表情で各国の展示物を眺めて、耳や尻尾を嬉しそうにピコピコ揺らす狐っ娘など、全方位から撮影するほど面白いものではない。
なので、恥ずかしいのであまり撮らないでくださいと、内心で呟くのであった。
近衛とお世話係に周囲をガチガチに固められた私は、会場内を特に目的もなくぶらついていた。
その途中で比較的空いているアメリカ館の前を通りかかったので、試しに入ってみることにした。
取りあえず色々な展示物がある中で、アポロ十二号が持ち帰った月の石の前で足を止め、ショーケースの内側をマジマジと観察する。
「これが月の石。……ですか」
何処から見ても、普通の石ころであった。
そもそも日本は世界に先駆けて月面着陸を成し遂げているので、各種資源のサンプルもかなりの数を保有して研究されている。
宇宙ロケットが帰還するたびに、一部がお供え物として送られてくるので、私にとってはそこまで珍しいものではなかった。
(本来ならアメリカやロシアの館に、長蛇の列ができてたんだろうなぁ)
歴史改変での魔改造をもろに受けた日本とオーストラリアがなければ、アメリカとロシアが人気パビリオンとなって、数時間待ちの行列ができたりと大混雑したはずだ。
だが今は閑古鳥こそ鳴いていないが人影はまばらで、一般客の入場は制限されていない。
それでも他の国の館と比べれば人は多いほうだが、何とも申し訳なく思ってしまったのであった。
その後の私は、うちと仲の良いイギリスとドイツ館を順番に見物に行った。
だが入館した私は、飾られている展示物を見てびっくり仰天してしまう。
明らかに日本企業が作成したと思われる物が、半分以上を占めていたのだ。
一瞬、入る館を間違えたかもと錯覚するぐらいに、あっちもこっちもメイドインジャパンだらけであった。
(長蛇の列ができていた割には、……普通?)
他国の文化や展示物に見る価値がないとは言わない。
それでも向こうの国の日本企業、いわゆる支部の製品が展示の殆どを占めているという、違った意味で驚愕したり、うちの国が既に通った道を後追いしている感が否めない。
適当にぶらついたあとはオーストラリア館に入ったが、そこも日本贔屓であるがやはり他国とは技術力が頭一つ違うので、私は大いに感心する。
(宇宙コロニーや月面ドームの模型や3D映像が見られたのは、良かったかな)
昔からオーストラリアとは仲良くしているので、宇宙開発も共同で進めている。
最先端の宇宙船や艦内システムを一部体験できるコーナーも良かったし、私は公式訪問のため、何処もフリーパスだが、大勢の人が並んでいたのも納得できたのであった。
なお、最後に回した日本館なのだが、本来ならば一番最初に向かうのが普通だ。
しかし私は、どうにも足が重かった。
それでも行かないわけにはいかず、大阪万博で一番賑わっている人気パビリオンを前にして、自分の予想はやはり正しかったことを知る。
「……稲荷神館。やはりありましたね」
日本館のすぐ隣に設営されたそれは、私に関する歴史的な資料が多数展示された館で、前回の万博にもあったものだ。
(ゴキブリホイホイならぬ、ペロリストホイホイになってるよ)
私が普段使いしていた日用品等がショーケースの向こうに飾られており、過去に着用したコスプレ衣装や、ゴム弾を叩き切った日本刀も飾られてあり、何と言うか懐かしいより恥ずかしいほうが強い。
なので私は、稲荷神館を一通り目を通しただけでさっさと抜けて、隣の日本館に入場する。
日本館には3Dテレビや全自動セルフレジ、人工知能を組み込んだ電気自動車等、何と言うか近未来を感じさせる展示物で溢れていた。
まだ試作段階なので会場でしか体験できないが、これが実用化されたら日本で一番最初に私の家に設置されるのはほぼ間違いない。
ただ、全自動レジとAI制御の電気自動車は、お供えされても持て余すので、一番実用性が高くて欲しいと思うのは3Dテレビだった。
何にせよ時代は確実に進んでいることを実感して、隣の稲荷神館は見なかったことにし、大阪万博会場を悠々と後にするのであった。




