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漫画の神様

不定期連載です。

年代やイベントで無理なく区切れるので、文章が短ければ一日、四千字を越えたら二日。


ただし予定は見切り発車であって確定ではないため、もし連載表示でなくなりましたらお察しください。

 時は昭和二十二年。場所は東京稲荷大社に広がる聖域の森の奥深く。

 そこに建てられた絢爛豪華な神社には、狼たちを引き連れる、この国の最高統治者である稲荷神様が住んでいる。

 そんな彼女は、日の本のために今日も心を砕いて公務に励んでいるのだ。


 …とまあ、一般人の認識としてはこうなっているが、実際には小さく質素な家に引き篭もって、神皇の出番がないことを期待しつつ、ワンコたちと適当に戯れながら、毎日食っちゃ寝していた。




 ちなみに今日は何をしているのかと言うと、マンションの3LDKサイズの割りと小ぢんまりした家の掃除が終わったところだ。

 なので、お茶とお菓子を用意して縁側に腰を下ろして、まったり小休止中である。


 そんな私は、遥か彼方に流れる雲を眺めながら、これまで色々あったなー…と、何となく過去を振り返っていた。







 まず一番最初に頭の中に思い浮かんだのが、五年前に第二次世界大戦が終結したことだ。


 国境を越えた争いが片付いたことで、これでようやく世界に平和が訪れる。…わけもなく、あいも変わらずあちこちで内乱や紛争、その他諸々の問題は山積みであった。


 まあ西暦二千年を過ぎた未来の世界も混沌としていたのだから、それより前の昭和で全て解決するはずがなかった。


 それでも日本が各国に援助を行い、統治機構に関しても口出ししているため、争いの芽は小さなうちに刈り取っている。

 そのおかげか、今の所の面倒事は最小限に収まっていた。




 そして二番目に思い出すのが、日本の技術力の高さを全世界に堂々と知らしめたことだ。


 第二次世界大戦に盟主として参加したことをもちろん、終結に導いたライトニングフォックス作戦がダメ押しになった。

 犠牲を出さずに速攻で片付けるため、日本とオーストラリアの全戦力を持って、ソビエト連邦を叩き潰したのだ。


 これで話題にならないほうがおかしいため、終戦後に政治家や軍の関係者が各国の対応にてんやわんやすることになった。


 だがまあその際に軍事機密という言葉はとても便利であり、いくら物凄い兵器でも、構造原理の一切合切を秘密にできるのだ。

 おかげで、日本の優位性を保つことができたので、うちの政府関係者はなかなかに強かである。




 なお、世界屈指の技術力を持つ日本だが、今現在政府主導で行っている事業がある。

 それは、全国にリニアモーターカーを走らせることだ。


 他にも、月面に人が住めるように密封ドームを作ったり、宇宙ステーションではなくコロニーを建設したり、あとは火星と地球を往復可能な有人探査ロケットの研究開発等である。


 うちとオーストラリアの技術力は、平成の時代に到達しているのでもはや夢物語ではなく、実現は十分に可能だ。四百年以上もずっと内政に打ちこんできた成果が出たと言える。


 だからなのか、他国と争うなんて馬鹿らしくやってられない。それより今目を向けるべきは、地球ではなく宇宙でしょ。…という感じに、たとえ内乱に味方するように頼まれても、良い意味で我関せずとなっている。


「まあ、向こうから関わってこなければ、平和で良いことなんだけどね」


 縁側に腰かけたまま、熱い緑茶で喉を潤し、秋空の下を流れる雲をのんびりと目で追う。


 付き合いが面倒な隣国さえなければ、延々と内政に打ち込める。そのぐらい国家間のドンパチには、日本という国は興味を持っていなかった。


 それにソビエト連邦に攻め込んだが、終結後に戦勝国の権利を放棄したおかげで、他国に縛られずに身軽になれた。

 付き合いが悪いとも言うが、深く関わっても面倒ばかり増えるので、私は仲良しグループでキャッキャウフフできてれば良いのだと、ウンウンと頷く。




 それ以外の事件と言えば、去年は昭和南海地震が起きて現地に慰問に行った。

 現地住民を見る限り、日本はこの程度ではへこたれずに、復興に向けて頑張っていた。

 そしてこの所、大鍋をかき混ぜる機会がなかったので、私も久しぶりに新鮮な気分を味わったものだ。


「でも、日本が相変わらず平和で良かったよ」


 正史では日本はアメリカに無条件降伏した。その結果、憲法や統治機構の改革を余儀なくされた。

 詳細までは覚えてないが、大きな転換期であったのは確かだ。


 だが、今の日本は沖縄が占領されたり本土が焼け野原になることはなかった。


 第二次世界大戦の敵国である、ソビエト連邦の航空機や軍船も一切の侵入を許さず、あからさまな挑発行為だと現場が判断した場合に限り、遠距離射撃で一方的に撃墜か轟沈した。


 なので、日本の被害や戦死者は他国と比べて驚くほど少なかったのだ。




 ここで戦争関係は一旦頭の片隅に置き、昭和二十一年にあったことを思い出す。


 その頃の私は、新聞の四コマ漫画を読むのがマイブームであった。

 なので、少国民新聞でそれを目にしたのは本当に偶然だったが、描かれている漫画を見てピンときたのだ。


 もしかしてこれは、未来で有名な漫画の神様ではないかと。


 それからはもう、思い立ったが吉日とばかりに、すぐに政府関係者に外出することを伝えて、その日の内に自宅にまで押しかけての熱烈アプローチである。


「直接会って話せた時は凄く嬉しかったけど。

 手塚さんが漫画家ではなく、医者を目指してたとは思わなかったよ」


 当時は深く考えずに読んでいたが現実と照らし合わせて考えれば、黒男の漫画もある意味納得できた。


 だが私は、医者を目指していようが関係ないとばかりに、形振り構わずに漫画の道に進んで欲しいと頼み込んだ。

 それこそ土下座をしかねない勢いだったが、近衛やお世話係が必死に止めるので、そっちは断念して真正面から説得しただけである。




 なお結果はと言うと、手塚さんは快く承諾して漫画家になるほうを選んでくれた。


 だが、必死に頼み込んでおいて何だが、自分のわがままで医者の道を無理やり諦めさせたのが、凄く申し訳なかった。


 そこで私は、稲荷神の権限を使って日本政府に働きかけ、手塚プロ…ではなく、稲荷プロダクションを設立することを決断した。


 こうなったら、せめて彼が寿命で亡くなるまでは、責任を持って面倒を見るべきだ。それが、手塚さんの人生を強引に捻じ曲げてしまった、せめてもの罪滅ぼしだと考えたのだ。




 日本政府に話を通すときは、いつものように稲荷大社の謁見の間に呼び出して、今の日本はアニメや漫画大国ですが、まだまだ伸びしろがあります、ですので、新たな起業への初期投資をよろしくお願いします。具体的には…と、真面目な表情でお願いした。


 とまあこのような経緯があり、日本政府が全額出資した稲荷プロダクションがドドンと設立されたのだった。



 なお、昭和時代に元々存在していた少年シャンプとは別の会社であり、連載しているのは最初は手塚さんだけだった。


 そこで私は、またもやあれこれ口出しした。

 手塚さんは原作に専念し、残りは全て作画やアシスタントに任せるべきだ。そして社員寮としてトキワ荘を建てて、通勤時間も短縮すべきである等、それはもう色々だ。


 こうして全ての連載作品が手塚さん原作の週刊漫画雑誌イナリは、無事に世に出ることになったのだった。


 ちなみに少年や少女をつけなかったのは、手塚さんの作風では年齢層を絞り込めないからだ。少年から大人までごった煮というやつだ。




 その後は、神皇の威厳を保つために、今回の件はあくまでも日本のためであり、自分は娯楽作品に興味は殆どありませんと口にしながら、それでも彼にはプロジェクトに協力してくれたお礼を言いたいと、人気のない個室に呼び出した。


 私自身が嘘をつけないので、結構ギリギリのラインであった。

 殆ど興味がないということは、少しはあるのだ。そして人によって少しの基準がブレブレなのも良くあるので、別に間違いでないと強引に自己肯定する。




 念のために個室に盗聴や聞き耳の心配がないことを何度も確認した私は、さっきの殆どというのは言い間違いで、実は貴方の大ファンなのだと告白し、週刊イナリが完成したら毎週届けてもらう約束をした。


 笑顔で握手をして、漫画に対する情熱を存分に語り合ってから、あまり長時間留まると怪しまれるので、名残惜しいが続きはまたの機会と、その場はお別れしたのだった。







 なお、漫画の神様と直接話したことで、私のオタク魂に久しぶりに火がついた。

 もしかしたら放射火炎を吹く怪獣や、巨大化するヒーロー、仮面のバイク乗り等の原作者も、昭和の時代に生まれているかも知れない。


 実際にいつデビューしたのは知らないし、まだ存在すらしていない可能性もある。


 彼らは私が歴史を変えた影響で、下手をしたら一生埋もれたままとも限らない。

 他人の功績を私が奪うことも珍しくなかっただろうが、時代を先取りしても気に病むのは自分一人だけだろうし、それには目をつぶる。


 ともかく、自分が胸を張って自慢できるのはサブカルチャーの知識ぐらいであり、他は良くて一般の高校一年生レベルで、既に世に出し尽くしてしまった出涸らし状態である。


 ならばせめて、自分の得意分野だけでも過去の偉人を強引に引っ張り上げて、日の当たる場所に出して直接応援してあげたい。

 だが、手塚さんは本名だったから良かったものの、残念ながら私はペンネームしか知らない広く浅くのライトオタクだ。


 そのため、近衛やお世話係、さらに政府関係者にボカして伝え、私事で申し訳ないですが…と、何度も頭を下げて捜索を依頼すると、彼らは皆は快く協力してくれた。




 その結果、該当人物があまりにも大勢出てきてしまったので、私は決闘者のように完全に直感任せで人物ファイルをドローする。

 後は現地に行って直接会話をすればはっきりするだろうと、フットワークを軽く日本中を飛び回ることになったのである。







 後日談となるが、オタク文化に重大な影響を与える人物を早急に確保しては、最高のスタッフと多額の予算を与えて、親方日の丸の稲荷プロダクションに放り込む。

 そして、ご自由にどうぞ。…と、雑なヘッドハンティングを頻繁に行っていた。


 中には正史では鳴かず飛ばずだった人物も数多く拾って、意外な才能が開花するまで育てたが、こんな人居たかなと疑問には思うものの、元々適当な性格である。

 すぐに、何だか知らんがとにかくヨシ! …で気にせずにお仕事を頑張ってもらった。


 そして、優秀な人材が集まるということは、業績が好調なことでもある。

 日本政府が出した初期投資分は早期に回収し終わり、本来は必要ないのだがきっちりと返済を終える。

 それに伴い運営資金や事業規模も、加速度的に拡大していったのだった。




 最初期こそ週刊イナリのみだったが、すぐに他の週刊や月刊、少年や少女や青年、文学小説やライトノベル等など、それこそ数多の書籍が生み出されることになった。


 だが、決して一強は作らずに、自社内でライバルを作って切磋琢磨させた。

 私はまるで蠱毒のようだと感じたが、別部署の社員も外では気楽に飲みに行くほどに仲良しこよしであり、何とも不思議な関係であった。


 まあともかく、おかげで稲荷プロダクションは漫画や小説だけでなく、アニメや映画や特撮まで手掛ける、日本を代表する超巨大サブカルチャーコンテンツとなったのだった。




 ちなみにテレビゲームや各種グッズ、全く分野が異なる畑違いに関してだが、稲荷プロダクションは一切手がけていない。

 完全な別会社なので、そのつど外注する形を取っている。




 その件について、何故わざわざ分けたのかと理由を尋ねるお便りが届いたので、いつの間にか稲荷プロダクションの名誉会長的な立場を任されていた私は、稲荷大社の特設スタジオでこう返答した。


「餅屋は餅だけを作っていればいいのです」


 自社の宣伝目的に大本営発表を使えるのは便利だが、表向きは私は詩や純文学を嗜む神皇だ。イメージダウンを避けるためにも、漫画雑誌に対して露骨に口を出すのはNGである。


 なので、あくまでも畏まった態度を維持し、オタク特有の早口にならないように気をつけて、淡々と話していく。


「映画、特撮、漫画、小説等は業種が近いので、同じ会社で部門を分ければそれなりに上手く噛み合うでしょう」


 相変わらずの本音トークであり、表情こそ真面目だが、内心ではさっさと家に帰って今週号のイナリを読みたいという気持ちが溢れて、少し尻尾がソワソワしていた。


「しかしテレビゲームの会社がフルCG映画を作ったり、椎茸販売に手を出したら、それこそ業績が悪化しかねません。

 そのような愚行は、決して許されないのです」


 この嘘か真かわからない謎話だが、いつものように全く気にも留めず公言した。そして後世の歴史にしっかり記録として残ってしまった。

 だが相変わらずのキレの良い本音トークを、稲荷大社の特設スタジオでぶっちゃけまくり、家に帰って手塚さんの漫画読みたいとしか考えていない狐っ娘は、そんなことは知る由もなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] この世界線(医学やらない)でブラックジャックは生まれるのか? あるいはリアル路線でなく空想路線が強まるのか? (幽霊モノや宇宙人モノとか)
[良い点] ゲーム会社・・・椎茸販売・・・うっ、頭が・・・!
[一言] <「しかしテレビゲームの会社がフルCG映画を作ったり、椎茸販売に手を出したら、それこそ業績が悪化しかねません。  そのような愚行は、決して許されないのです」 これも難しいところで、ゲームク…
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