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日独防共協定

　日本の株の売り買いは外国籍の人には禁止にしているが、法律の抜け道を探して確保に躍起になっていた。

　なので、どうにも円高が止まらないのだ。

　しかし無限に上がり続けるわけがないので、いつかは天井に当たるのは目に見えている。

　うちは国内とオーストラリアのみで殆ど完結しているが、それでも外国との窓口は開いていて貿易産業は円高の影響を受ける、

　なので早いところ安定して欲しいのが本音であった。

　そんな昭和八年にハイパーヨーヨーが大流行した。

　私もチャレンジしてみるとやはり狐っ娘は運動神経抜群のようで、ドラムロールやスパイダーベイビーをテレビカメラの前で華麗に披露して、全国のちびっ子たちを大いに沸かせたのだった。

　それとは関係ないが、この頃の日本でもクーデター騒ぎが頻発した気がする。しかし今の所はその気配は全くない。

　この国の最高統治者の狐っ娘が場当たり的に舵を切っても反乱が起きないのは、運が良いのもあるが、何より民衆と政府関係者に恵まれているからだと思う。

　時は少し流れて昭和三陸地震の慰問のために新幹線に乗っている途中、クッション性の柔らかい座席に深く腰を下ろして、私は最新のヒット曲をウォークマンにセットしてそれを聞いていた。

　いつの間にやらカセットテープからＣＤに進化していたので、そのうちＭＤも出るのかも知れない。

　なお狐耳には人間用のイヤホンはつけられないので、外に垂れ流し状態だ。

　一流企業が特注のヘッドホンを作ると意気込んでいたが、私はつけないほうが好きだ。それに、普段は聖域の森の奥に引き篭もっているため、こっそり音楽を聞く必要がない。

　なので、気持ちだけ受け取っておきますと丁寧にお断りしておいた。

　相変わらず私のワッショイワッショイが止まらないことはさて置き、車窓からのんびり外の景色を見られるのは平和を実感できて大変よろしい。

　しかし、国のトップが相変わらずポンコツなので日本はこの先大丈夫なのだろうかと、どうにも不安な考えが脳裏をよぎる。

　定期的に訪れる発作に近いが、第二次世界大戦が終結したら退位して隠居したいなー…と、心の中で強くそう思ったのだった。

　私は昭和九年に発生した室戸台風で被害を受けた被災地に、慰問に向かった。

　そこでいつものように重機サイズの大鍋を狐力でせっせとかき混ぜて、日本国民に災害なんかに負けるなと励ました。

　それから少し時間が経ち、ベーブ・ルースさんを筆頭にしたアメリカの大リーグチームが来日した。

　その際に、日米親善試合の最終戦の助っ人として私が飛び入りで加わることになった。

　静岡県草薙総合運動場硬式野球場で沢村栄治投手が頑張って押さえていたが、何だかんだでこれまで全試合負けているので、せめて一矢報いたかったのかも知れない。

　打者としてグラウンドに立った私だが、ここ何百年も野球などしていない素人だ。

　だが幸いにして、相手の投手が手加減してくれたのかストライクゾーンが狭くて苦労しているのか知らないが、初球で打ちやすそうなボールが来た。

　なので情け容赦なく場外ホームランを打たせてもらったのだった。

　まあ全打席場外ホームランを連発するのは少々大人げないかもと思ったが、実際やっていて楽しかった。

　それに日本側が十六戦全敗しかけたところを、稲荷神という切り札を使って何とか最後に一勝できたのも良かった。

　なお、彼らが米国に帰る日になり、メジャーリーグに来ないかと熱心に誘われた。

　なので私は、考えておきます…と、行けたら行くわ的な玉虫色の答えを返して、愛想笑いでお茶を濁すのだった。

　そんな昭和九年の年末に差しかかった頃に、とある事件が起こった。

　日本が援助を行っている国々から感謝状が届くのは珍しくない、だが最近はそれが多すぎるのだ。

　それは朝鮮や中国といったアジア大陸がきな臭くなった時から増え始め、第一次世界大戦や世界恐慌で激増することになった。

　なお、これに対応するのは基本的には政府の役人だが、神皇にも仕事が割り振られていた。

「…もう無理です」

「そうは言われましても稲荷神様。公務ですし…」

　今代の内閣総理大臣の岡田啓介さんと謁見の間で向かい合っているが、私は聞く耳を持たずにお徳用バニラアイスをやけ食いしていた、

　そんなストライキ中の狐っ娘に彼は、公務を止めないでくださいと誠心誠意説得してくる。

「明らかに感謝状が多すぎます。もはや私だけで処理しきれないのは、日本政府もわかっているでしょう？」

　私もこれが重要な仕事だとはわかっている。だが、どれだけ重要性が高かろうと無理なものは無理なのだ。

「りっ…理解はしているのですが。大本営発表での稲荷神様のお言葉は、日本国民にとっての生きがいでありまして…」

　そこまで聞いて私は大きく息を吐いて、バニラアイスのやけ食いを一旦保留にする。

　感謝状の読み上げに関してだが元はと言えば、日本がこれだけ良いことをしているのに国民がそれを詳しく知らないのは問題では？　…と、私はそううっかり発言したのが悪い。

　その後に国会で話し合われて、大本営発表として稲荷様が感謝状を読みあげ、堂々と主観を述べられるのはどうか。…と、殆ど満場一致で閣議決定したのだった

　過去を振り返った私は、今さら変えられない自らの失態に心の中でぐぬぬと呻く。

「しかし、月に一枚や二枚でなく毎日届くのですよ？

　さらに言えば私の発言を録音し、送り元の各国で公式放送に流すのは何ですか？」

「そこはまあ、稲荷神様のありがたいお言葉ですので…」

　確かに日本の最高統治者の言葉は、重要度が跳ね上がるのはわかる。

　それでも支援国は減ることなく増える一方で、感謝状を出せば私に読んでもらえると思ったのか、ラジオ番組のお便りもかくやという勢いなのだ。

　例えるならファンレターがギュウギュウに詰め込まれたダンボールが、倉庫に山と積まれている状況に近い。

　なのでもはや私一人ではとても手が回らずに、何とも困ってしまったのだ。

「私はラジオのパーソナリティではありません。

　なのでこれから感謝状の朗読は朝廷に任せます」

　岡田さんや政府関係者が止めるのも聞かずに、私はバニラアイスのやけ食いを再開する。

　感謝状を読みあげるぐらいなら別に構わない。だが、のんびり静かにくつろげる時間がなくなるのは、流石に許容できなかった。

「そんな！　稲荷神様！　日本とオーストラリア、イギリスや世界各国の人々は皆、貴女様のお声を聞けるのを心待ちにしているのですよ！」

　岡田さんはそう言うが、私は元々殆ど公務などしていなかった。いくら最高統治者で日本の舵取りをしていると言っても、実際には殆ど裏方で半隠居している神皇が狐っ娘である。

　そんな引き篭もり生活バンザイな私が、何が悲しくて毎日労働に勤しまなければいけないのか理解に苦しむ。

「とにかく無理なものは無理です。それに大本営発表なら、うってつけの朝廷が居るじゃないですか」

　私の発言を聞き、岡田さんたちは互いに顔を見合わせる。彼らは頭が良い人たちなので、いい加減諦めて朝廷にも仕事を回してくれることだろう。

　一方ようやく肩の荷が下りた私は、お徳用バニラアイスから趣向を変えて、今度はアイスの実に切り替えるのだった。

　後日談だが、稲荷神様への感謝状に制限を設けると全ての支援国に告された。なので、結局大本営発表はこれまで通りに私が続けることになった。

　全世界で圧倒的な人気を誇るロリペタ狐っ娘のワッショイワッショイは、この程度で終わるわけがなかったのであった。

　昭和十一年、ドイツから国際共産主義運動を指導するコミンテルンに対抗するため、共同防衛に参加して欲しいというお誘いが届いた。

　この件に関しては日本は狐色に染まりきっているので、赤色が入る余地は何処にもない。

　だが他国では少しずつ染められており、現政府への反対運動が勃発したりと予断を許さない状況らしい。

　そんなドイツだがパリ講和会議の発言や支援が効いたのか、日本との仲は良好だ。

　それに日本に共産主義が広まって稲荷主義を弱めるならまだしも、アジアや欧州を赤く染めるために内乱を誘発するのはあまり好ましくない。

　なので協定を結ぶことに一理あるとは思うのだが、この決断が日本の未来にどのような影響を及ぼすのか、私にはまるでわからないのだ。

　私は我が家の居間のちゃぶ台に頬杖をついて思案するが、もし日本が共同防衛に参加した場合、本格的にソビエト連邦とは敵対することになる。

　その際に、ソビエトの友好国って何処が居たかな？　…とパッとは思い浮かばないほど孤立無援な気がする。

　だがそれでも、他国の内部に同胞を増やすのが上手なので油断はできない。まるで何処かの狐っ娘のようだが、それは一旦置いておく。

　何故なら本人が何もしなくてもいつの間にか染まっているので、とあるゲームの親善大使のように私は悪くないと強弁したい。

　結局足りない頭を捻ってもこれと言った判断材料が出てこなかったので、迷った末に岡田さんや政府関係者と相談した。

　その結果、日独防共協定を締結することになったのだった。

　協定の後押しになったのが、ドイツが戦争を始めたら日本が止めるとパリ講和会議で啖呵を切ったことだ。

　なのでストーム１の指揮下に入ります！　…と言った感じでうちがすぐ近くで手綱を握っていれば、矛先を下手なところに向けることもない。

　まあ射線上に入ってきたり、勝手に敵を撃ったりするかもだが、その辺りは現場の判断や出たとこ勝負だ。

　…とそれは一旦置いておいて、最近のドイツは日本、というより私を見る目がおかしいのだ。

　まるでオーストラリアやイギリスにように感じるが、これ以上崇拝者はいらないんだけどなぁ…と、彼の国の行く末が本気で心配になるのだった。

　朱に交われば赤くなると言うが、コミンテルンに関しては別であった。

　これは日本がドイツと日独防共協定を締結したことで資本主義、…ではなく稲荷主義が台頭して共産主義勢力を押し返し始めたからだ。

　そのせいで、ソビエト連邦の工作員は思うように活動ができないどころか勢いに押され、リトルプリンセスのおみ足ペロペロ派が凄まじい速度で欧州で勢力を拡大していっている。

　第三者視点で見ている私としては全く嬉しくない。欧州の状況を知るたびにチベットスナギツネの表情になるぐらい、なんだかなーという気分である。

　だが、これ以上世界が赤く染まるのを看過できないのも、また偽りのない本音であった。

　共産主義より稲荷主義のほうがマシ…とは言えないし、正直どちらが勝っても最終的に世界地図がひでえことになるのは確定している。

　きっとどちらでもない資本主義勢力は、勝ったほうが我々の敵になるだけですと言っているかも知れないと、居間で新聞の一面を読みながらぼんやりとそう思ったのだった。

　続く昭和十二年、中華民国が混沌としてきた。

　あそこは建国からずっと由緒正しい君主制だった影響か、自然に広がっていく狐色には染まりにくい。

　しかしそのせいでソビエト連邦の工作員に共産主義を広められてしまい、ついでに朝鮮半島も巻き込んで内乱は激化していった。

　なお日本は完全にノータッチなのだが、正直うちまで飛び火してこないか戦々恐々とするのだった。