第一次世界大戦
明治三十五年になり、清国をボコボコにした連合国が利権を取り合う中、日本は相変わらず我関せずで平和に過ごしていた。
だが戦争中に何もしなかったわけではなく、古すぎて倉庫の肥やしになっていた、または作ったは良いが使い道のなかった兵器を高値で売りつけていた。
そして連合国軍に日本の港を一時的に開放して、賃貸料や補給物資の取引を行い戦争特需を得ていた。
敗戦国を切り取って植民地にするより得られる利益は少ないが、人的資源は代えが効かないし、私は日本国民を死地に送るつもりは毛頭ない。
それに連合国側の兵隊さんたちと仲良くなって日本に対しても好印象を持ってくれたので、結果だけを見れば悪くないと思う。
その際に日本が時代を先取りしたうえ、有り余る素材と時間を使って魔改造した多国籍料理と、保存期間が長く味の良いコンバットレーションもここぞとばかり売りつけてやった。
なお私のグッズも飛ぶように売れたのだが、一体何処に需要があるのかは不明であった。
しかしサブカルチャーとして、小説や漫画といった娯楽も提供したので、稲荷神の人形やぬいぐるみと合わせて、辛い戦争の間の息抜きや癒やしになれば幸いである。
明治三十七年になり、ロシア帝国が朝鮮半島で何やら怪しい動きをしているようだ。
しかし日本は専守防衛がモットーであり、向こうから手を出してこない限りは基本的には見てるだけである。
あまりに目に余るようならオーストラリアと組んで、まずは経済制裁で軽めのジャブを入れるが、わざわざ大陸まで進出して血みどろの利権争いに加わる気はないのだ。
なおその後の経過だが、アジア大陸のほうが物凄いギスギス状態だった。
それでも私の方針を重視した明治政府の外交努力もあってか、日本は平和を維持して明治は四十五年で終りを迎えるのだった。
明治の次は大正元年となった。
そしてお隣の大国が中華民国に名前を改めたので、私の知っている未来にかなり近づいてきたなと実感する。
だが国内の技術レベルは今の時代からかけ離れた平成基準になっており、最近お供え物として送られてきたポケベルは、昔の漫画やアニメで見た覚えがあるので妙に懐かしくなる。
飛行機も一部地域では毎日賑やかにブンブン飛んでいるが、国家機密扱いで軍の広大な敷地のみで一般運用は許可していない。
本当は戦闘機なんて使う機会がないほうが良いに決まっているが、万が一の備えをしておくに越したことはない。
そして私は慰問に行くたびに自衛隊の皆に向け、どうか死なないで欲しいと切に訴えるのだった。
リアルで玉がついていない腰抜け統治者で悪いとは思うが、もしそれが今の日本に相応しくないと国民が判断するならば、潔く身を引く覚悟はできている。
私はそもそも神皇の地位に未練は全くないし、辞める機会さえあれば自分から退位したいぐらいだ。
なのである日の謁見の間で、もみじ饅頭を小さな口に突っ込みながら、何百年日本の最高統治者をやらせるつもりなのか。…と政府関係者に尋ねた。
すると皆は愛想笑いを浮かべたり、露骨に目線をそらすのだ。なのでこれは、私が大失態をやらかすまでは辞めさせてくれなさそうだと、心の中で大きな溜息を吐くのだった。
大正三年になり、鹿児島県の桜島が大噴火して大隅半島と陸続きになった。
発電所も古くなった火力発電は取り壊して、環境に配慮したクリーン路線に転換していっている。
原子力関連も外国から偉い科学者を招いたりして、開発には成功している。だが実用化を進めるつもりは一切ない。
やっぱりメルトダウンと被爆は怖いし、もし私が核ミサイルのボタンを持った場合、うっかりでポチッと押してしまう可能性があるのだ。
正直最高統治者でもいっぱいいっぱいなのに、流石に地球を何度も破壊し尽くせるほどの力までいらないと、本気でそう思うのだった。
そして同じく大正三年のことだ。東京大正博覧会が東京市の上野公園で開かれた。
世界一の技術大国日本(オーストラリア含む)の集大成を一目見ようと、国内はもちろん、海外からも大勢の見物客がやって来た。
政府関係者の話では軍事機密ではないギリギリのラインと、世界のパワーバランスを崩さない技術レベルを見極めるのに凄く苦労したとのことだ。
それに、日本やオーストラリアから未来には絶滅していたはずの動物も多数集められて、白黒のパンダ以上の大人気となっていた。
…とまあ皆の協力おかげで博覧会は大成功で幕を閉じることになった。
おかげで外から人が来るには船便がメインの大正時代にも関わらず、入場者数は一億人を越えるという前代未聞の記録を打ち立てた。
ちなみに親日国のオーストラリア館も会場で敷地を広く取られており、そちらも大変盛況であった。
ただ私的に不満点がないわけではなかった。それは稲荷館は要らないと言うことだ。
博覧会の一番人気だったらしいが、本当に何で設けたのかもそうだし、何処に需要があるのかと理解に苦しむのだ。
でも私が戦国時代を終わらせるために上洛した時に羽織っていた神衣や、その他にも色々懐かしい骨董品も見られたので何だか懐かしく感じて、まあいいかな…とそんなほんわかした気分で幕を閉じるのだった。
博覧会が終わった後、ふと世間に目を向けると音楽のCDがたくさん発売されて、色んな曲が日本の街に溢れていた。
最近は大ヒット曲もバンバン出ているようだし、活気があって良いことだ。
その際に音楽の著作権を保護する協会は、お願いだから止めてくださいと、設立は禁止にしている。
なお日本国民から尋ねられたときの返答だが、極めて個人的な理由ですが、私は自由に好きな歌が口ずさめなくなるのが嫌なのです。…と言っておいた。
未来の日本の混沌としたアレを知っていると、何となくだが止めておいたほうが良い気がしたのだった。
その後は特にこれといったこともなく、一家に一台の自家用車を持つようになり、気分はすっかり現代日本である。
排気ガス規制の法案は火力発電所が稼働した頃から基本を組んでいるため、多少付け加える程度で済んだ。
何にせよ環境汚染で病気になるのは嫌なので、先手を打つに限る。
大正三年七月になり、何となく予想はしていたが、とうとう第一次世界大戦が始まってしまった。
未来の日本でもたびたび話題に上がったので、歴史知識が曖昧な私でも知っている有名な戦争である。
ちなみにだが、今回の戦いに日本が参加する理由は一切なかった。
もしイギリスと軍事的な同盟を結んでいたら理由の一つにはなっただろうが、あいにくそんなことはない。
なお私はこの戦争の経緯や発端に関してはそこまで詳しくは知らないが、政府関係者が掴んだ情報では、欧州のオーストリアの皇太子夫妻が暗殺されたことがキッカケらしい。
そして世界大戦と言うだけはあり、今回参戦した国は滅茶苦茶多いし、さらに何らかの支援をした国も含めれば、きっと数え切れなくなるだろう。
ちなみに日本も支援を行った国の一つである。
だが私の歴史知識は穴だらけであり、どっちの陣営が勝つかわからなかったので、迷った末に謁見の間に政府関係者を呼んで、どちらに味方するかを相談することに決めた。
いつも通りに私は一段高い畳の上に陣取り、各々が好き勝手にくっちゃべっているのを横目に、目の前のお茶菓子に手を伸ばす。
「それで稲荷神は、どちらが勝つとお思いですか?」
現在の内閣総理大臣の桂太郎さんが、黒糖かりんとうをポリポリ食べながら私に尋ねる。
そもそも勝者に関してはこっちが知りたいから呼んだのに、質問を質問で返されるとは思わなかった。
だが戦争とは先が見えないからこそ、互いに百パーセント勝つ気で戦っているのは間違いない。
なのできっと、政府関係者もはっきりとは判断しかねているのだろう。
だがまあその道のプロでもわからなければ、ここで私が発言しても代案の一つとしてサラッと流してくれるかも知れない。
「私はアメリカ合衆国が味方した陣営が勝つ。…と思います」
「確かに、かの大国の軍事力は群を抜いておりますからなぁ」
ゲームや漫画でのアメリカは、ラスボスか一番強い仲間のポジションだ。それに、未来では世界の警察官として率先して行動していた。
所詮この世は弱肉強食であり、力なき正義は無力だ。つまりアメリカは決して負けないからこそ、皆は素直に命令に従うのだ。
「では、アメリカが参戦するまで様子を見ましょうか」
「どの国も勝ち馬に乗りたいでしょうからな」
日本は参戦しないが死の商人になって儲ける。何とも血と欲に塗れた統治者だが、他国を影で操って内乱を激化させたりしないだけ、まだ優しいほうである。
一区切りついたところで、私はお菓子を並べてあるお皿から、切り分けられたアップルパイを手に取る。
そこにさらに上から生クリームを塗りたくるという、カロリー的に許されざる暴挙を行う。
頭を捻って考えすぎて糖分が足りなくなった時に手っ取り早く補充できるので、この手に限る。
「もし我が国がこの戦いに参戦していたら、どうなると思われますか?」
桂太郎さんがペットボトルのお茶を飲みながら何の気なしに尋ねるので、私もアップルパイをモグモグしながら、のほほんとした表情で答える。
「たとえアメリカと敵対しようと、日本が参戦したほうが勝ちます」
「…やはりそうなりますか」
「ただし日本国民に多数の戦死者が出ます」
今の技術力なら、アメリカが相手でも勝利を収めることは可能だ。
だがそれでも無傷ではないし、世界規模の戦争となると戦死者の数も桁違いになってしまう。
「それにこの戦いは、一年や二年では終わりません」
「…なるほど。それにきっと、朝鮮や清国、列強諸国の要求通りに手を貸していた場合は、日本とオーストラリアも巻き込まれていたのは間違いないでしょうな」
私としてはお隣とは関わりたくないので、ひたすら貝のように固く閉じて日本国内に籠もっていた。
だがもしあの時手を貸して朝鮮を助けていたら、漏れなく世界大戦への参戦権までついてくるとは、つくづく面倒事には事欠かない国である。
「ちなみに今も諸外国からの参戦要求がひっきりなしでしてな。
もし連合国の何処かと軍事条約を交わしていれば…」
外交官らしき政府の役人が大きく溜息を吐くが、すぐにブラック無糖の缶コーヒーを飲んで気持ちを切り替える。
確かに今の日本の一挙手一投足が注目を集めるのは間違いなく、軍事力は不明な点が多くてもオーストラリアがバックに付いていて、技術と資源は世界屈指だ。
ある意味ではアメリカよりも世界的な立場は上であり、もし味方に引き込めばその陣営が必ず勝つと言っても過言ではない。
ならば朝鮮や清国に関わったときに、後々味方になるように条約を迫られる可能性は相当高かったはずだ。
「稲荷神様が日本の統治者で、本当に助かりました」
「いえ、私は別に…」
今の日本は直接大陸に殴り込みはしないが、各国への水面下での支援を滞りなく行っているので、印象はそこまで悪くない。
これは国内情勢がとても安定し、国民が皆裕福であり、さらに神皇である私が困っている人を助けたいと強く願っているからこそ、成し得た成果と言える。
「これからも日本と私たち国民を、どうかお導きください」
「……はい」
謁見の間に集まった関係者の全員から深々と頭を下げられた私は、この場の空気を読んで素直に承諾するしかなかった。
だがまあ実際のところ、自分は大まかな方針を決めるだけであとは現場に丸投げだと割り切った。
なので用意された菓子箱の中に小さな手を突っ込んで、今は糖分補給に勤しむことにしたのだった。




