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稲荷様は平穏に暮らしたい  作者: 茶トラの猫
明治、大正、昭和初期
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外国への見せ札

 朝鮮とは国交を断絶して、日本は今日も平和を謳歌していた。

 それでも時は止まることなく流れていき、明治十六年になって陸軍大学校が開設した。


 なお、これまでは駐屯地が自衛隊の訓練所としての役割を果たしていた。

 しかし徳川幕府と共に鎖国も終わり、半ば無理やり国際社会に組み込まれたのが今の日本だ。


 なのでこれからの時代は、実用一辺倒だけでなく、見栄えも気にする必要がでてきたのだ。そう私は考えていた。




 そのためなのか、陸軍大学校はお金持ちのご子息や見目麗しい令嬢、または一部の成績優秀者が通うような、外国に見せるためのファッション軍隊であった。


 そこに実際に通う生徒たちは、皆が未来の幹部候補であり、通常の訓練をきちんと受けている。

 なのであくまでも、サーイエッサーの筋肉ムキムキのマッチョマンにはならないだけで、将来は後方支援で大活躍する、それなりに戦闘がこなせるが頭脳労働メインの隊員になるはずなのだ。




 ちなみに、今回も何故かサイズぴったりな大学校の軍服を着せられた。そのまま生徒の一人として授業を受けさせられ、現場をフルカラー放送で生中継するのは、もはや恒例行事である。

 なお大学校よりも稲荷神のほうが目立っているのは、気のせいではないだろう。




 だがまあ、二丁拳銃でガン=カタごっこをするのは楽しかった。


 これぞ西洋と日本武術の合体だ! …という感じで、自衛隊員の有志を募って、ぶっつけ本番で実践してみた。

 結果、やはり狐っ娘の身体能力は凄まじいと実感した。


 何しろ映画の見様見真似の型でも、手加減しつつも屈強な現役自衛官をバッタバッタとなぎ倒していったのだ。


 そして数分もかからずに、男衆がゴム弾を撃ち尽くす前にやられて、立っているのが私だけになると、割れんばかりの大歓声に包まれた。


 全てが終わってみれば、特注の軍服を着させられて撮影会をされたストレスを解消するという目的は果たせたので、個人的には満足だった。


 なお後日、自衛隊員の間で稲荷神発祥のガンカタが大流行することになる。


 だがアレはあくまで映画の話である。現実に使いこなせたのは狐っ娘の身体能力があればこそだ。生身の人間が習得するのは困難であると伝えておいた。


 しかし、稲荷様直伝の神技をモノにしようと、余計に熱が入る結果に繋がったので、逆効果だったかも…と、私がガックリ頭を垂れるのだった。







 同年、明治に入って身分が完全に平等になった。なので江戸時代以上に、女性も積極的に社会進出するのだ。

 だがまあそもそもの話、日本の最高統治者は狐っ娘で、性別は女、またはメスである。


 その影響は顕著に出ており、江戸時代こそ男性中心に社会が回っていたが、そもそも亭主関白ではなく、女の身でありながら偉業を成した人はかなり多い。


 なので、新たに女性の働き口を増やしたり、待遇の改善を進める政策を発表しても、男性からの目立った反発はなく、日本国民は割りとすんなり受け入れるのだった。







 陸軍大学校が建てられてしばらく経った後、今度は鹿鳴館が開館した。

 この流れを受けて、私は東京がどんどん国際化しているように思えた。


 ちなみにどのような施設かと言うと、外観は鉄筋コンクリートのビルではなく西洋館に似せた構造だ。


 内部は、大スクリーンでド迫力の映画館ではなくバーやビリアードを設置、さらに食堂、談話室、書籍室、舞踏室といった、あくまでも今の時代の外国風であり、ちょっと小洒落な洋館をイメージしている。




 なお鹿鳴館が建てられた経緯について触れると、日本国内は他国と比べて、色々とぶっ飛んでいる。

 なので外交官がここに滞在している間だけでも、祖国を懐かしんでゆったりと過ごして欲しいという、そんな願いがあった。


 二千人も来るかどうかは不明だが、一応はそれだけ収容できるので、備えあれば憂いなしだと、私は綺麗に整えられた洋風庭園から建物を眺めて、満足そうにウンウンと頷くのだった。




 …その後、鹿鳴館が開館して、日本が外交官の受け入れ準備が整ったと知った世界各国は、身分の高い人たちをやたらと大勢寄越してきた。

 そのため、実際に来たのは二千人どころではなくなり、急きょ近くの宿泊施設を多数貸し切りにして、対処せざるを得なくなったのだった。







 明治十七年になった。

 隣の大陸や朝鮮は今日も鉄火場でドンパチやっているようで、日本に独立党を援助してくれと泣きついてきたが、既に国交を断絶しているので聞く耳を持たない。


 それに自国のクーデターを鎮圧するために他国を頼ると、後々禍根を残すに決まっている。

 まあだからこそ国際的に中立国である日本に頼んだのだろうが。


 そんなこんなで、泣きつかれて困っている政府関係者から相談を受けたので、だが断るとはっきりと告げて、私はマイホームの居間に設置されている黒電話、その受話器をガチャリと置く。


 本当に大陸の動乱は底なし沼で、隙あらばこっちを引きずり込もうとするので困る。

 最高統治者だからこそ見えるものがあり、それに加えて現代を生きていたので、つくづく朝鮮は面倒な国だと実感させられ、内心で大きな溜息を吐く。




 そして時は少し過ぎて明治十八年になり、いよいよ内閣制度が発足した。


 これで私の知っている正史の未来に、また一歩近づいたが、それは政治機構に限る。理由は今さら説明する必要はないほど明らかであり、まあとにかくめでたいと、愛知の日本酒の狐ころしを熱燗にして、縁側で満月を眺めながら、軽く一杯いただくのだった。







 明治十九年になり、悲惨な事件が起こった。

 イギリス船籍の貨物船、マダムソン・ベル汽船会社所有のノルマントン号が、紀州沖で座礁沈没したのだ。


 まあこれだけなら、ただの沈没事件なので、新聞の一面に載っても数日で忘れ去られるだろう。


 しかし、ノルマントン号の船長はあろうことか日本人乗客を見殺しにした。もしくは、その疑いがかけられたのだ。




 事件を大まかに説明すると、まず神戸港を目指す航行途中、暴風雨によって難破し、紀州沖で座礁沈没した。


 その際にジョン・ウイリアム・ドレーク船長以下、イギリス人やドイツ人からなる乗組員二十六名全員が、救命ボートで速やかに脱出した。

 そして漂流していたところを、沿岸漁村の人々に救助されて一命を取り留めたのだ。


 だがその際に、乗客だった日本人二十五名は一人も避難できた者がおらず、船中に取り残されてしまう。

 結果的に、皆ことごとく溺死したのである。




 なお向こうの言い分としては、船員は日本人に早くボートに乗り移るようすすめたが、日本人は英語がわからず、船内に籠もって出ようとしなかった。

 なので、しかたなく日本人を置いてボートに移った。…らしい。




 ここでもし不平等条約でも結んでいようものなら、イギリス人に裁判を任せて、この証言で船員全てが無罪となる。

 そして日本国民は皆、憤慨していたのは間違いない。


「ふむふむ、船長及び船員には、懲役と賠償金を…と」


 役人が毎朝ポストに投函してくれる新聞を、居間のちゃぶ台の上に広げて、頬杖をついて一面に目を通す。


「そりゃまあ、日本は江戸時代から横文字も普通に使ってるし、英語を喋れる人も珍しくないからね」


 稲荷神が広めた現代知識は、英語を知らないと説明が困難なものも多数あった。それ以外の国の言葉も入り混じっているため、日本に自然に根づいていた形だ。


 つまりたとえ流暢に英会話ができなくても、イギリス人が身振り手振りも交えれば、大まかな意味は通じる。

 なので、避難誘導ぐらいすぐに行えるはずである。


「これで一件落着ってことかな。…残された遺族は気の毒だけど」


 沈没まで時間が限られている中での緊急避難的な措置もあっただろう。そもそも自分は現場に居なかったので、実際にそこで何があったのかはわからない。

 死人に口なしで、真相は今も海の底かな…と、そこで新聞を読むのを止める。


 だがとにかく、イギリスもおみ足ペロペロ派というヤンデレの一枚岩ではないことわかった。

 さらにこの事件を聞いた王室や民衆の多くが激怒し、ノルマントン号の関係者を本国に呼び戻して再び裁判にかけることが決定したらしい。


 何だかこれ以上考えると頭が痛くなりそうなので、温かいお茶を入れて気分を変えようと、私は座布団からゆっくり立ち上がるのだった。







 明治二十一年になり、陸軍の次は海軍大学校が開設された。


 セーラー服は年代や地方で区別がされていて、そのどれもがロリペタ狐っ娘には、よく似合っていた。

 そしてこちらも外国に対しての見せ札、ファッション軍隊であり、実際の訓練風景は機密である。


 一応、兵器や軍艦、戦車や航空機等は日本とオーストラリアの製造工場で製造されている。まあいつかはバレるだろうが、それまでは隠しておくに越したことはない。




 海軍大学校の話に戻るが、よく晴れた晴天の日に、外国に対してのお披露目会が開かれていた。


 その際には見せ札として、日本で初期に建造された艦船のブリッジに、テレビカメラを入れる。

 外国からのお客さんは、湾岸沿いに椅子とテント、自衛隊主催の出店や様々なイベントを用意したので、そっちで楽しんでもらっている。


 それはともかく、今の私は一日艦長であり、足が届かない高い椅子に座ったままで、堂々と指示を出すのがお仕事である。


「総員! 第一種戦闘配置!」


 なお実際にこのように発言するのかは不明だが、一度は言ってみたい台詞だったので口にしてみた感じである。


 ちなみに今はこの船の本来の指揮官ではなく海軍幕僚長が自分の隣に直立不動で控えており、適当な命令を一語一句誤ることなく復唱して、艦内に伝達している。


「全砲門砲塔と砲塔を! 敵不明艦に! 照準合わせ!」


 甲板には鉄の大筒がずらりと並べられているが、コンピューター制御などされていない旧型艦だ。

 なので照準が正確に合わせられるかは現場の軍人さんの腕次第となる。


「撃ち方…始め!」


 私の言葉を復唱した後、すぐに大きな音がたて続けに響いてきた。


 標的の敵不明艦は、正体は難破した大型の木造商船で、発射された砲弾は綺麗に弧を描いて飛来しては、着弾して爆発か、ギリギリで外して大きな水しぶきがあがる。


 なおその際に、隣の海軍幕僚長が、外した隊員はあとで呼び出しだな…と、ポツリと呟いたのは聞かなかったことにして、今は段取り通りに進めることにする、


「撃ち方やめ!」


 海上の大型商船が沈んでいないのが不思議なぐらい、ボロボロに壊れたところで、私は大声で叫んで攻撃を止めさせた。


「目標健在! 敵砲塔! 照準を我が艦に向けて旋回…!」


 右斜め前方に座る、海上自衛隊のオペレーターの声が悲痛な声が聞こえた次の瞬間、近くに着弾したかのような大きな音が何度も響いた。

 遅れてあちこちで水しぶきが上がって、正面ガラスが水滴に濡れる。


「ダメージコントロール! 状況確認を急ぎなさい!」

「右舷に被弾! 艦内に火災が発生! このままでは航行不能になります!」


 ブリッジが混乱する中、私は一人冷静に、深く考え込むような素振りを見せて、ゆっくり顔を上げる。


「総員、艦を降りなさい!」

「いっ…稲荷様…それはどういう…!」

「この船はもう保ちません! 沈む前に総員速やかに退避しなさい! これは…命令です!」


 ちなみに、艦内から煙が出ているが、別に火災は発生していない。スモークでそれらしく見せているだけである。


 それはとにかく、私が命令したので、海軍幕僚長が背筋を伸ばして復唱し、皆慌ただしく艦を降りるために、小型艇へと避難していく。


「総員! 小型艇に乗り込みました! 最後は稲荷様と副長の私だけです! どうぞお早く!」


 私と彼以外にも、ブリッジには稲荷放送協会のカメラマンと撮影スタッフが残っているが、それは黒子と同じで何も見えないし居ないものとして扱う。


「副長、貴方も退避しなさい。私は、…この艦と運命を共にします」

「稲荷様! それはなりません!」


 海軍幕僚長の迫真の演技だが、私はそれを首を振って否定する。


「エイリアンがもし日本に上陸すれば本土は焼け野原になります。ならばたとえ刺し違えても、…今ここで沈めなければ!」


 敵は人間とは似ても似つかない宇宙からの侵略者である。それが何故海の上で船に乗っているのかは全くの不明であり、きっと一生かかっても納得のいく説明は得られないだろう。


「しっ…しかし! 我が艦は、…もう!」

「まだ打つ手はあります。たった一つだけ、…残された手が!」


 私の覚悟完了した表情を見て察したのか、海軍幕僚長が取り乱しながらも自分も一緒に残ると声をあげるが、慈愛の笑みを浮かべてやんわりと断る。


 その後、彼を艦から降ろし、稲荷神亡き日本をよろしく頼みますね…と告げて、未来の映画等で使い古された最終手段の神風特攻を行うのだった。







 海軍大学校の開設の日にこんな感じのVTRを企画制作し、日本を守るために君も海上自衛隊に入隊しよう!

 そんな軍服を着た私や隊員たちが、テレビカメラに向かってビシッと敬礼する一コマを最後に入れておいた。


 色々と時代を先取りし過ぎたりオマージュが酷いが、この時代の人には何のこっちゃかわからないので、何も問題はなかった。




 なお後日、この番組を元にした映画や、ドラマシリーズ化し、タイトルを皇国の稲荷と改めて、日本とオーストラリアだけでなく、テレビのない国々でもラジオドラマとして大ヒットすることになる。


 さらに余談だが、この件を重く見た陸上自衛隊から抗議が殺到した。何でも戦車大隊を率いて最前線で泥臭く戦う稲荷様をぜひ…と、熱烈に要望があげられたらしい。


 その際に私は、陸軍の戦車はうちの軍事機密なので撮っても広報にはできません。海外に輸出している旧式の自動車とは違うのです。…と返答すると、皆しょんぼりと項垂れてしまった。




 だが流石に可哀想に思い、妥協案として戦車を使わず、敵地に侵入してガン=カタで大暴れする狐っ娘の率いる特殊部隊による、痛快アクション映画の制作に協力した。

 なお状況説明が色々アレでも陸上自衛隊の広報VTRだと押し切られた。


 それは一旦置いておくとして、SFXもスタントマンも必要ない私は何かと便利なようで、神皇を退位したあとは、役者で食べていけそうだなぁ…と、IHKの撮影スタッフと打ち合わせを続けながらそう思ったのだった。




 ちなみに、陸軍の広報VTRは最初からシリーズ化が決定していたようで、海上自衛隊バージョンも同様に自分が参加するのは一回きりなので、次回からは別の俳優さんが担当することになる。


 シリーズ化は好調ではあったが、やはり広報VTRほどのインパクトがなく良作止まりであった。


 だからなのか、たまに死んだはずの私が生きていた展開をやったり敵国に捕まっていたりと、たまにはいいかなとゲスト出演すると視聴率がうなぎ登りになる。


 なので稲荷神様が主役の長編映画をという流れが起きているが、自分としてはそこまで役者に思い入れがないので、考えてはおきます…と、玉虫色の返事で誤魔化すのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「愛知の日本酒の狐ころし」こんな名をつけて大丈夫かと思ったけど、あの大政奉還の前夜の酒盛りで稲荷神様を酔い潰した酒ならおかしくないか。 「撃ち方…始め!」、気分出すなら海軍幕僚長の復唱は「…
[良い点] 稲荷様のおつむでガン=カタは無理だろ、と思ったけど身体能力で無理やり再現してるあたり、やっぱりアホの子。あと、付き合ってくれた自衛官達は稲荷様以上に手加減してたと思う。 一日艦長稲荷様、…
[良い点] 45/46 ・映画俳優とは。平和ですねぇ。でもカッコいい [気になる点] ノルマントン号事件は知ってます。有名ですからね。 あらまあちょっとアホっぽくなって
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