五十六話 退位に向けて(3) 国際連合
幣原外務大臣が我が家に訪れ、敗戦国から日本に謝罪と賠償を要求する声が大きくなってきている。何か良い案はありませんか? と、相談を受けた。
なので私は知恵熱が出そうなほど考えた末に、軍事力を持って不平不満を抑え込むしかないと告げた。
それとは関係ないがほうじ茶が空っぽになったことに気づいたので、座布団から立ち上がって台所に向かい、お湯を沸かして淹れ直す。
そして再び居間に戻り、よっこらしょと座布団の上に腰を下ろした。
一息ついてから、幣原さんに続きを話した。
「自衛隊の軍事力は世界でも上位です。しかし、基本は専守防衛なので、領海侵犯には毅然とした態度で沈めていますが、抑止力としては弱いと言わざるを得ません」
未来とは違い、今の日本に敗戦国としての負い目がないどころか、わざわざ利権を放棄した戦勝国である。
国際社会でも高い地位を維持しているため、領土を侵犯されたら物怖じすることなく、毅然とした態度が取れる。
だがそれでも軍事力を振るい、他国を侵略する気は毛頭ないため、そこが舐められる一因になっていると考えた。
私が腕を組んでウンウン唸りながら思案していると、幣原さんが尋ねてくる。
「稲荷神様。では今後我々は、何をすれば良いのでしょうか?」
「……そうですね」
足りない頭を働かせて、お隣の敗戦国から苦情が来なくなる方法を考えるが、自身の平穏な暮らしに直結するので、かなり真剣である。
正直未来でも解決していない外交問題なので、私にどうこうできるとは思えないが、隣国に好き勝手言われるのも腹が立つ。
正当性を主張して言い返しても良いのだが、一時的に矛を収めても忘れた頃にぶり返すのでイタチごっこだ。
何よりいちいちこっちがなだめすかすので、面倒なことこの上ない。
しかしここで私は、相変わらず行き当たりばったりでも、何とか敗戦国を黙らせる案を思いついて口を開く。
「国際連合を設立しましょう」
私は幣原に向けて堂々と告げた。
「えっ? いや、あの、稲荷神様?
国際連合の見当はつきますが、日本は既に連盟に属して──」
未来で国連と言えば、国際連合のほうだ。
それより前に連盟があったのかは、歴史に疎い私は知らなかったし、今の日本はそっちに加盟している。
だがしかし、それでは祖国を守れない。
あくまでも私個人の意見でしかないが、彼の言い分を躊躇いなくバッサリと切り捨てた。
「ならば、国際連盟から脱退しなさい」
「ええっ!?」
我ながら、滅茶苦茶言っている自覚はあるものの、今後の国際社会の中心になるのは、欧州ではなく欧米だ。
少なくとも二千年代ではそんな感じだったので、きっとこれからメキメキと頭角を現してくる。
なお、現在のアメリカはヨーロッパに干渉されたくないようで、孤立主義を貫いていた。
そんな我が道を行く自由の国は、そっち方面に拗らせすぎたのか、国際連盟に加入していなかった。
「連盟から脱退した日本はアメリカ主体で設立させた連合に、二番目に加盟します」
他国の不満を避けるには、あくまでも二番手に甘んじる必要がある。
「日本はアメリカの影に隠れることで、隣国も少しは静かになるでしょう」
最初は困惑していた幣原さんも、顎に手を当てて考え込む。
やがて一分ほど経ち、深く頷いて口を開いた。
「ようは、虎の影を借る狐になるのですな」
「ふむ、上手いこと言いましたね」
アメリカが虎で、日本が狐だ。
なお見た目こそ弱そうな狐だが、実はこっちのほうが強い。
だがしかし、いくら軍事力を持っていても、使わずに済むならそれに越したことはない。
世界の警察官なんて危険極まりないことは、やりたい国に任せておけばよいのだ。
「第二次世界大戦は終結しました。現在は、時代の節目と言えます」
国際連盟は、集団安全保障や国際平和の維持を目指していた。
それでも第二次世界大戦が起きてしまい、多くの人命が失われた。
「国際機関は古い慣習を見直し、未来を見据えた対策を講じるべきです」
組織や方針は、時代に合わせて柔軟に変えていく必要があるが、どうしても古い慣習を維持しようという者が一定数出るため、なかなか大きな変革は行えないのが常だ。
この際なので、脱退して一から設立したほうが手っ取り早い。
幣原さんも、後は私が口にしなくても理解してくれていた。
その後、彼はお礼を言って席を立ち、他の役人と打ち合わせるべく、慌てた様子で我が家を立ち去るのだった。
後日談となるが、国際連合は無事に設立された。
日本がアメリカをヨイショしたので、世界の警察官に守ってもらう計画は成功と言える。
実際に、隣国からの賠償や謝罪の要求も、ピタリと止んだ。
そして日本も常任理事国に入れたので、安全保障理事会の議決において、否決権を得られて何よりだ。
なお、国益を重視して拒否権を行使することがあるので、撤廃すべきだと言う意見もある。
だが国際連合の裏の目的は、日本を守るために設立したようなものだ。
なのでアメリカが後ろ盾になって私が平穏に暮らせれば、仕組みなんてどうでも良かった。
いざという時に自国を守れない国際機関ならば、加盟する意味はない。
もしそうなったら速やかに脱退し、また新しい組織を設立するだけであった。
幸いなことに今の所はそんな傾向はなく、うちに不利益な発言は即否決されている。
オーストラリア、イギリス、ドイツ、アメリカの四ヶ国が、まるで日本という姫を守る騎士のように見えた。いや、私的に言えばオタサーの姫だろうか。
しかし何だかんだで順調に進んでいるように見えるものの、一つだけ納得できないことがあった。
未来ではお馴染みの国際連合のシンボルマーク、左右のオリーブの枝が稲穂に差し替えられたのだ。
WHOは私が多少なりとも関わっているが、連合はノータッチである。
しかし、そもそもオリーブの枝は平和の象徴ではなかったのか。
何故? どうして稲穂? という疑問が消えることはない。
だが、アメリカと日本の結びつきを表現するのに一役買っているし、WHOに関連した国際機関を表現していると考えれば、シンボルマークに一応の納得はできる。
なのでたとえ、チベットスナギツネの表情になっても、自らの運命を受け入れるしかないのであった。
なお国際連合の組織は徐々に大きくなっていき、狐っ娘の旗の元で地球人類が団結するキッカケになるのは、この時の私には知る由もなかったのだった。
稲荷様の活躍はまだまだ続きますが、小説は今回で完結となりました。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。




