五十五話 終戦(8) 奮戦
何とか全ての戦車をひっくり返し終わり、周囲の敵歩兵も友軍があらかた片付けてくれた。
取りあえずは救援任務が終わったことで、次の戦地に向かおうと狐耳を澄ませる。
すると、遅れて降下した自衛隊の精鋭部隊が私を見つけて、路地の向こうから急ぎ駆け寄ってきていることに気がついた。
「稲荷神様! ご無事でございましたか!」
「私は大丈夫です。見ての通り友軍の皆さんと協力して、敵兵を片付けたところです」
当たっても傷一つつかないので、何があっても大丈夫だ。
しかし日本の最高統治者と連合軍の盟主を兼ねているので、心配する気持ちもわかる。
彼らに、苦労をかけましたねと一言告げたところで、またもや狐耳が戦闘音を捉えた。
「では、私は他の部隊の救出に向かいます」
「お供致します!」
気持ちは嬉しいが、いちいち護衛と一緒に行動していたら、救出に遅れてしまう。
そう考えた私は、少し声を荒らげてはっきりと告げた。
「時間がありません! 付いて来れる方だけ、付いて来てください!」
その言葉が終わると同時に、地面を蹴って近くのビルの屋上に華麗に降り立つ。
背後では、自衛隊や友軍が唖然としているのがわかった。
「あっ、あの御方に付いて行くには、徒歩では駄目だ」
「ああ、車でも追いつけるかどうか。やはり身体を強化するしかないな」
そのような何かを諦めたような、悲壮感が漂う会話が聞こえてきた。
(もしかして軍部が密かに開発してる、外骨格式のパワーアシスト装置のことかな?)
オーストラリアと共同で研究開発はされているのが、身体能力を機械で強化してもらう装置だ。
未来で言うところの、パワードスーツとかそんな印象を受けた。
まだ公式発表できる代物ではないので、あくまで計画はこっそり進めているので、完成は一体いつになるやらだ。
それに製作の理由が、稲荷神(偽)である私を守護りたいからである。
お婆さん視点の自分としては、子供や孫の成長を感じられて嬉しい。
色々と応用が効きそうな技術なので便利だが、一番の理由が本当にそれで良いのかと、どうにも疑問を拭いきれなかったのだった。
その後の私は、モスクワ市内で行われる、あらゆる戦闘に介入した。
時には友軍ではなく、抵抗の意思を失った敵軍に飛んできた流れ弾を、その身で盾になって庇ったりもした。
さらに、不運にも戦闘に巻き込まれた一般人を救出したりと、八面六臂の大活躍なのは良いが、休む暇がなくてとにかく忙しかった。
そして今も、大通りの真ん中に仁王立ちになり、狐火をドーム状に展開していた。
青白い炎に銃弾や砲撃が触れるたびに、塵も残さずに焼き尽くされていく。
「自国民に銃口を向けるとは何事ですか!」
ソビエト連邦の軍人に日本語が通じるはずがなさそうだが、考えなしに口を動かす。
私は瓦礫に挟まって動けない母親を助けようとする少年を守るために、介入したのだ。
連合軍が民間人の犠牲を嫌って発砲できないが、ソビエト軍は容赦なく撃ってくる。
一歩間違えれば親子に当たってしまうので、個人的にそんなことは断じて許せなかった。
「天誅!」
私は落ちている小石を拾って、敵兵に投げつける。
投石は古来より使われている戦術だが、狐っ娘がやるとマジでシャレにならなかった。
今は狐火の障壁の制御で精一杯なので、旧時代的な小石アタックをソビエト軍に浴びせるしかない。
「戦車や建物に隠れても無駄です!」
障害物に身を潜めたら、崩壊するほどの威力で投げる。
また、人体に当てる場合は、殺さない程度に手加減する。
狐っ娘だから可能な絶妙なコントロールと速度で、ものの数分でソビエト軍を完全に無力化することに成功した。
それでも油断はできないので、取りあえず狐火バリアを維持したまま、近くの瓦礫を慎重に退けて、子供の母親を救出する。
あとは安全な場所まで連れていきたいが、私はソビエト連邦の言葉はわからなかった。
なので先程まで戦っていた友軍に助けを求めようと視線を向けると、遠くから聞き慣れた日本語が聞こえてきた。
「稲荷神様! 遅くなってしまい、申し訳ありません!」
先程まで応戦していた友軍の後ろから、自分の護衛が駆けつけてくれたのだ。
しかも前回の反省を生かしてか、装甲車に乗っているとは都合が良かった。
渡りに船だと思った私は、にこやかな笑顔で語りかける。
「ちょうど良いところに来ました。こちらのミハイル君とお母さんを、安全な場所に避難させてください」
「せっかく追いついたのに! そんなぁ! あっ、いえ! 了解致しました!」
たまたまモスクワを訪れていたところ、不幸にも巻き込まれてしまった民間人の親子だ。出来れば助けたかった。
護衛部隊が怪我をしている母親を担架で運んでいる間に、私は再び狐耳を澄ませる。
そして最後に安心させるように、優しく微笑んで少年の頭を撫でた。
するとまたもや戦闘音を捉えたので、跳躍して再びビルの屋上へと移動して、未だに混乱が続くモスクワ市内を縦横無尽に駆け巡り、獅子奮迅の大活躍をするのだった。
後日談となるが、私はスターリンと会ったが、一言も話せなかった。
何故なら彼はライトニングフォックス作戦が実行されたその日に、脳出血でこの世を去ったからだ。
だが実はこれは、専門家によって解釈が全く違ったので、もしかしたら別の原因があったのかも知れない。
しかし棺桶に収められた死者に話しかけても、答えが返ってくるはずもなかった。
ソビエト連邦の敗戦の責任を取らせるためや、様々な陰謀論が見え隠れしている。
何にせよ元々政治に興味がない私は、もうこれ以上関わるつもりはなかった。
作戦は成功して、連合軍が勝利したので、これで良いのだ。
あとは各国政府の仕事だ。
連合の盟主という役目も終えて、ようやく日本に帰国することができる。
今はそのことを、素直に喜んだのだった。




