五十五話 終戦(4) 降下
ライトニングフォックス作戦開始から数時間が経ち、今の私はモスクワ付近の上空を飛んでいた。
川崎が開発した国産輸送機を借りて、自分も参戦させてもらったのだ。
なお当たり前だが、連合軍の将校たちからは大反対された。
しかし、私は連合国の盟主だ。
権力のゴリ押しと実質最高戦力という事実を強調して、最初で最後の作戦だからと、無理やりにでも要求を通した。
これでホテルに缶詰の生活とはおさらばである。
だがそのせいで、自衛隊だけでなく、連合国からも私の護衛部隊を編成して同行することになった。
しかし、そこはまあ仕方ないと諦める。
そもそも最高司令官自らが出撃するなど、あり得るはずがない。
もし殺害されたり捕らえられたりしたら、戦局が一気にひっくり返ってしまうからだ。
機内の座席に座りながら、私がぼんやり考えていると、自衛隊員の一人が報告をしてくれた。
「稲荷神様、間もなくモスクワ上空です」
彼は軍服を着ているが、私は巫女服を着用しているので、一人だけとても浮いていた。
その理由だが、この先ドッタンバッタン大騒ぎになる可能性が高い。
銃弾や砲弾を避けるのは容易だが、やむを得ない事情で体で受け止めることもあるかも知れない。
被弾すれば肉体的に無傷でも、服は間違いなく損傷する。
ならば三百年以上経っても風化やほつれ、破れとは無縁なスーパーアーマー。ではなく、巫女服を選択したのだった。
「しかし稲荷神様、本当に参戦されるのですか?」
「自分で言うのも何ですが、この大戦の最大戦力です。参加したほうが友軍の被害も少なく、早く片付くでしょう」
今使わずに、いつ使うと言うのだという奴だ。
そして私はどんな攻撃もノーダメージだ。
ソビエト連邦の軍人からすれば、理不尽なバグキャラのようなものである。
だがそれ以外にも理由があり、ホテルの缶詰生活が長すぎてホームシックになってしまい、退屈過ぎて溜まった鬱憤を発散したかった。
なおその辺りは口に出す必要はないので黙っておき、別の発言をする。
「ライトニングフォックス作戦は、失敗するわけにはいかないのです」
「そのための、短期決戦ですか」
自衛隊員の質問に、私は深く頷いた。
作戦の指揮を執るのは、頭があまり良くない私よりも、戦略が得意な人に丸投げするに限る。
すると良いタイミングで、機内のアナウンスが入った。
「モスクワ上空に到着しました! これより、輸送機の後部ハッチを開きます!」
宣言通りにハッチが少しずつ開いていくのを見ながら、私は席を立った。
「では、先に行かせてもらいますね」
「稲荷神様! お一人では、無茶でございます!」
私を護衛するために各国も精鋭を出したので、単独行動は迷惑がかかるのはわかる。
だが、部隊を率いていては移動が遅くなる。
さらに護衛への被害を気にしながらの立ち回りでは、狐っ娘パワーを十全に使うのは難しい。
彼らを説得できるだけの理由があれば良いのだが、あいにくパッとは思い浮かばなかった。
さらに今は、一分一秒が惜しい。
悠長に考えている時間はないため、私は開き直って勢い任せで大声を出した。
「無茶ではありません! 何故なら私は日本国神皇! 稲荷神だからです!」
我ながら強引にも程があるが、ある意味ではこれ以上ないほどの理由になる。
そして、もはや背後で自衛隊員が制止するのも聞かずに、開いたハッチから勢い良く飛び降りた。
ちなみに、パラシュートは外に出る直前に外して、機内に放り投げた。
なのでろくに軌道修正もできずに地面との距離がぐんぐん近くなり、気分は紐なしバンジーであった。
時間を短縮するため、高高度からパラシュートも持たずに飛び降りた。
そんな私は、モスクワ市内に設置されていた巨大な人物像に激突して、それを完膚なきまでに破壊してしまう。
幸いだったのは、頭からではなく足から落ちたことだ。
あとは、落下による犠牲者が出なかった。
しかし一時的とはいえ、体が地面に半分埋まってしまった。
少し驚いたものの、予想通り傷一つない狐っ娘は、周りを強引に掘り進めて、よいしょっと穴から脱出を果たしたのだった。
服も体も汚れてはいないが、いつもの習慣で適当に払ってから周りを見回す。
突然の都市部への空襲で、あちこちで火災や倒壊が発生しているのがわかった。
そしてモスクワ市内を逃げ惑う人々が、驚愕の表情でこちらを見ていることにも気づいた。
きっと、パラシュートなしで空から降ってきて、誰かの像を壊してしまった狐っ娘が珍しいだろう。
「さて、立ち止まっている時間はありません。行きましょうか」
周りの人に日本語が通じるとは思わないが、そう口に出してから、何となく上空を見上げる。
すると、爆撃によって敵戦力をある程度削ったあとに、落下傘により降下してくる大勢の兵士と、戦車部隊の中では明らかに目を引く74式が、次々と参戦して来ているのがわかった。
私の部隊は後続なので、既に政庁に攻め入っているだろう。
断続的な発砲音や砲撃の爆発音、さらには悲鳴や怒号など狐耳が捉える。
激しい戦闘が行われている場所に行けば、きっとそこが重要施設だ。
たとえ違っても、連合軍の援護にはなる。
なので、こちらを呆然とした表情で見ている市民は無視して、私はまた見ぬ戦場に向かって、勢い良く駆け出したのだった。
余談だが、私は連合軍の盟主であり、立場的には総大将だ。
なのでモスクワ市内に、甘寧一番乗り! という無茶は通らない。
これが日本なら神皇権限でゴリ押せるのだが、多数の国が同盟を組んでいるので、なかなか難しいものがある。
なお、盟主が単身で最前線に飛び込むのは滅茶苦茶である。
そこは手榴弾の直撃を受けても傷一つつかないことや、最大戦力を投入すれば軍の士気や成功率が上がるといった、割と適当な理由を口に出した。
あとはあまり使いたくはないが、ここぞとばかりに盟主権力を振るって、強引に認めさせた。
それでも、他の部隊が先に降下してからだ。
自分は後続なので、他の部隊のサポートに徹する条件を飲まされたものの、本質は脳筋だ。
結局のところは行き当たりばったりであり、私がルールだ! を貫き通させてもらうのだった。




