五十五話 終戦(2) 亜音速ジェット機
<上坊少尉>
自衛隊の最新兵器を借りパクする計画を練ってから少し時は流れ、とうとうその機会が巡ってきた。
ソビエト連邦がポーランドを取り戻そうと、未だかつてない大攻勢に出たのだ。
おかげで最前線に位置する連合国軍基地は、蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。
まずは俺が堂々と武器庫に入り、ヘイへ兵長のために最新のスナイパーライフルを拝借する。
こちらは事前に何度も顔を出して、見張りの自衛隊員と親睦を深めておいた。
一分一秒を争う戦時中は余裕もなかったらしく、仲間に頼まれたと言えばチェックもおざなりに、すぐに許可を出してくれた。
子供のように目を輝かせているヘイへ兵長に無事届けたことで、取りあえず第一段階は成功だろう。
そして次にルーデル少尉だが、小型で丸みを帯びた姿から、別名ドルフィンで、正式には川崎T-4。
世界各国の戦闘機より大きく抜きん出ている、亜高速ジェット機を使わせてもらうことにした。
なお、こっちは流石に借りパクは難しいので、俺の愛機に乗せる。
本来の相棒だが、彼は何故か腹の調子が悪くなってトイレから出られなくなった。
その代わりに、臨時パイロットとして搭乗するのだ。
上に確認をとればすぐにバレる嘘だが、ソビエト連邦の大攻勢によって、指示系統にかなりの混乱が見られる。
悠長に確認をとっている暇はなく、今は緊急事態でエースパイロットの俺が、自信満々に言い切ったのだ。
何とか確認は後回しにしてもらい、発着許可が無事に下りたのだった。
軽攻撃機に改修した川崎T/A-4に乗って欧州の空を飛ぶ俺とルーデル少尉は、念の為に外部無線をオフにして、酸素マスクをつけたまま、大きな溜息を吐いた。
「はぁー、これで俺も軍規違反者かぁ」
「問題あるまい。違反が霞むだけの、戦果を上げれば良いだけだ。
攻撃機でないのが些か残念ではあるが──」
彼は戦闘機よりも攻撃機のほうが好みらしいが、それ以外は全く気落ちしていないのか、堂々と言い切った。
「ルーデル少尉のその自信は、何処から来るんですかね」
肩をすくめる俺だが、確かに彼ならやりかねないと感じた。
今の自衛隊から見れば骨董品に近い戦闘機に搭乗し、ソビエト連邦の空軍を次々と撃墜していったのがルーデル少尉だ。
その場にいた誰もが敵味方問わず、こいつヤベーと肌で感じたのは当然であった。
「しかし、危ない橋を渡るのはこれっきりですよ」
「わかっているさ。それよりレーダー……だったか? そちらの確認を頼む」
自分は愛機の後部座席に座り、操縦はノリノリな彼に任せている。
そこまでして秘蔵の稲荷神様グッズが欲しかったのだ。
「今の速度なら、あと二分で接敵しますね」
これで戦果が上がらなかったら本土送りの末、軍事裁判は避けられない。
なのでせめて気を紛らすために、稲荷神様が作詞作曲して、戦闘機乗りの間で流行している危険区域の曲を流す。
「ほう、知らないがご機嫌な曲だね」
「戦闘機の映画のメインテーマ曲で、作詞作曲はうちの最高統治者です」
ルーデル少尉は操縦桿から手を離さず、流石は多芸多才な最高統治者だねと、陽気に答えを返す。
実際に稲荷神様は、俺たちから見ればあらゆる分野に通じている雲の上の存在だ。
だがしかし、決して驕り高ぶったりはせず、いつも庶民の目線で日本国民と接してくださる。
「稲荷神様がたまに見せるうっかりや、美味しい物に目がない子供っぽいところも全部。
日本国民は誇りに思っていて、大好きなんですよね」
「それは何とも羨ましいことだ。我が祖国ドイツの党首と交換……っと!」
ルーデル少尉が返答した瞬間、レーダーではなく肉眼で敵の戦闘機を捉えた。
今は彼の表情は見えないが、どうせ不敵に笑っているのだろう。
それなりに長い付き合いの俺には、容易に予想がついたのだった。
連合軍はソビエト連邦の大攻勢を退けて、何とか前線基地を守り抜いた。
そして俺とルーデル少尉だが、全身が泥やら埃やらで酷く汚れているため、とてもではないが戦闘機のエースパイロットには見えなかった。
ついでに最新兵器を借りパクしたことが、上にバレた。
原因不明の下痢から復帰した本来の相棒が、洗いざらいぶちまけたらしい。
幸いなのは自衛隊のトップは稲荷神様で、現在欧州方面に居ることだ。
おかげで過去に例がない最新兵器借りパク事件の判決は彼女が行うことになり、沙汰が下るまでは監視付きの独房に入れられることになったのだった。
そんな狭い独房の中で俺は大いに嘆き、隣に居るルーデル少尉に思いをぶつける。
「俺はもう金輪際、ルーデル少尉とは組みませんからね」
「いいや、上坊少尉。私の操縦技術に付いてこれるのは、キミだけだよ。
どうだい? 良い相棒と言えるだろう?」
彼なりに、最大限の称賛をしてくれているのはわかる。
だからと言って俺は、じゃじゃ馬の相手はごめんだ。
なので大きな溜息を吐きながら、ルーデル少尉の誘いを素気なく断る。
「確かにルーデル少尉と組んで、ソビエト連邦を相手に過去最大級の戦果を上げた。そこまで良かったです」
問題はその次で、彼は武器弾薬が尽きても本拠地に帰還しなかった。
敵を撹乱して衝突事故や同士討ちを誘い、さらに撃墜数を稼いだのだ。
何度か危ういところがあったものの、俺が必死にカバーし続け、辛うじて被弾は避けていた。
それでも、流石に燃料が尽きたらどうしようもない。
ガス欠で失速したところを、ソビエト連邦の対空砲が掠めたのだ。
だがしかし、ルーデル少尉の操縦技術はやはり並外れていた。
辛うじて姿勢制御を行いながらエンジンを再起動し、もはや目盛りがミリ単位も残っていない燃料を使って、戦闘空域から脱出を試みた。
「イギリスの超弩級巡洋戦艦金剛からの援護射撃がなければ、絶対撃墜されて二階級特進してましたよ」
「ああ、それは間違いないな。友軍に感謝だ」
海岸沿いに展開する連合海軍の援護を受けながら、辛うじてソビエト連邦の領空から脱出する。
しかしとうとう燃料が尽きたのか、エンジンが完全に停止した。
姿勢制御さえおぼつかなくなり、最後は緊急脱出装置を作動させた直後に、何処からか飛んできた流れ弾が機体に当たり、俺の愛機であるドルフィンは空中で爆発した。
その衝撃を受けて二人揃って吹き飛ばされ、何とかパラシュートを開いたものの着地に失敗して、仲良く地面とキスすることになったのだった。
だが下手をすれば、ソビエト連邦の領内で撃墜されて、揃って死亡。
もしくは、生き残っても捕虜にされ、回収したドルフィンの解析を行うために、無理やり情報を吐かされていた。
明らかに人間離れした速さで敵兵を血祭りにあげていた舩坂分隊長が拾ってくれなければ、二人揃って捕虜になっていたかも知れない。
しかしその後に武器を渡されて、良い笑顔でソ連軍の師団に対して突撃を持ちかけられるとは思わなかった。
ルーデル少尉は面白そうだと付き合ったが、俺としては生きた心地がしない。
だが何処から漏れたのか、軍規違反を持ち出されては嫌とは言えなかった。
結果的にはボロボロになりながらも敵師団を壊滅させて生還できたが、正直どうしてそんな滅茶苦茶な状況で何故無事に帰還できたのか。
それに舩坂分隊長は左大腿部に裂傷を負ったが、普通に歩いて前線基地まで帰還した。
何でも、生まれつき傷が治りやすい体質であったことに助けられたようだと、意味不明な発言を笑いながら口に出し、そのまま軍医の診察を受けに行った。
とにかく我々は不運ではあったが驚くべき悪運の強さを発揮して、しぶとく生き長らえたのであった。
「上坊少尉、落ち着いてくれたまえ。
この戦果なら、二階級特進は確実だ。リトルプリンセスからも、お褒めの言葉をいただけるだろう」
「そりゃあ、まあ……そうですけどね」
俺たちだけでなく、すぐ近くの独房に入れられているヘイへ兵長も、最新のスナイパーライフルで敵兵を狙撃していた。
さらには戦車の隙間を狙って内部から破壊したりと、ちょっとよくわからない変態技術で戦果を上げていた。
まあつまり、軍規違反こそしたものの、ソビエト連邦の大攻勢を退けた。その際に多大な貢献をした、英雄的な存在に俺たちはなったのだ。
それでもルーデル少尉と組んでいては、命がいくつあっても足りない。
俺は独房の中で自分が行った行動を反省して、もう二度と彼らに協力しないと心に決めたのだった。




