五十四話 連合国の盟主(3) 手術
最前線近くの町で一番の大病院で働きだして、数日が経過した。
最高司令官で作戦実行の許可を出したり、医療従事者として怪我人の包帯を巻いたりと二足のわらじであった。
なおこれに関しては、狐っ娘は二十四時間動けて、疲労も蓄積しないので問題はない。
そしてきっと、院長先生は連合国の盟主には逆らえないものの、すぐに音を上げて退職を願い出ると予想していたはずだ。
仕事は雑用ばかりでも、指示には従うという契約を交わしたし、ワッショイワッショイとは無縁な労働の喜びを久しぶりに噛み締めることができている。
なので、そこまで不満はないのであった。
事態が急変したのは、私が看護師見習いになって一週間が経った頃だ。
日頃の業務に疲れ果てた院長先生が、久しぶりの仮眠を取っていた。
だがタイミングが悪く、昼前になって大病院の入り口がにわかに騒がしくなった。
「急患です! 手術の準備をお願いします!」
周りを囲む医者と看護師が入り口の扉を乱暴に開け放って、病院に搬送してきたのだ。
そしてストレッチャーには、見るからに重症の患者が横たわっていた。
だが残念ながら、院長先生は先程久しぶりの仮眠を取ったばかりだ。
死ぬほど疲れているので起こさないでくれと、病院の関係者に伝言を頼んだので、疲労が限界に来ているのは間違いない。
ついでに言えば他の先生たちも手術中で、人員も部屋も空きがない状態だ。
なおこれは最前線近くの病院では、良くあることらしい。
だがその一方で私はと言えば、倉庫から医療器具や薬品を各部署に届けるお使いをしているので、別に急ぎではないし暇であった。
なので騒ぎが気になり一階の入口付近に移動して、遠巻きに様子を伺っていたのだ。
「悪いがうちの病院は、重症患者を受けいれる余裕はない! 他に行ってくれ!」
通訳に翻訳してもらったところで、搬送される前に対応する看護師さえも不足しているようで、直接乗り込んでの激しい押し問答が繰り広げられているらしい。
そこで私は、手に持っていた薬品を一階の受け付けに届けてすぐに、ストレッチャーに横たわっている患者に近づいて行く。
背伸びをしてじっと観察すると、片足がちぎれていて、腹部にも銃弾を受けたような穴が開いていた。どう見ても重症である。
「この怪我なら治療できますね」
「「「えっ!?」」」
私が考えなしに呟いた言葉を、通訳が律儀に翻訳した。
そして言い争いをしていた医者と看護師、他の患者たちが一斉に驚きの表情に変わる。
「ほっ、本当に助けられるのか!?」
医者の一人が興奮気味に尋ねてくるが、詳細を説明すると長くなる。
今は一分一秒を争うため、簡潔に答えた。
「昔、切られた手足を接合したり、鏃の摘出をした経験があります。
銃弾はやっていませんが、同じようなものでしょう」
昔は京都の治安が最悪に近く、傷害事件が毎日のように起きていた。
現代の医療知識や概念を持っているのが私しか居なかったので、自分が前面に立って手術をせざるを得なかったのだ。
おかげで経験は積めたが、元々の頭が悪いせいか医療知識は全然身につかなかった。
だが、今重要なのはそこではない。
取りあえず思考を現実に戻して、患者を運んできた医者に呼びかけた。
「私に手術を任せるか。他の病院に搬送するか。今すぐに選びなさい」
脳筋ゴリ押しこそ至高の狐っ娘なので、手術の腕は上達しても知識はさっぱりだ。
しかしそんな私でも、この場に居る医療関係者の中では、患者の命を救える可能性が一番高い。
すると迷っている暇はないと判断したのか、搬送してきた医者が深々と頭を下げた。
「キミに手術を頼みたい。だが念の為に、自分が補佐に入らせてもらう」
「確かに私も三百年ぶりですし、補佐は助かります」
「三百年ぶり!? じょっ、冗談じゃ……!?」
周りが明らかにどよめくが、私はわざとらしく肩をすくめるだけで返答はしなかった。
勘はすぐに戻るだろうが知識が穴だらけなので、頭の良い人が付いてくれたほうが、患者の生存率は上がるだろう。
「それより時間がありません。早速手術を始めましょう」
「だっ、だが、手術室の空きはあるのか?」
私は口元に手を当てて考えるが、そう言えば医師が足りないだけでなく、全ての部屋が埋まっていたことを思い出した。
しかしすぐに場当たり的な案を閃いて、実行に移す前に、目の前の彼に声をかける。
「この場で手術を行います。至急、医療器具を準備してください」
「「「えっ!?」」」
意味がわからずに周りの医療関係者が呆然とする中で、唯一私の護衛を行っている自衛隊員の精鋭たちが、今が活躍の機会だとばかりにテキパキと準備を始めるのだった。
その後、十分足らずでメイドインジャパン製の医療機器を、病院の一階入口に設置し終わった。
ついでに手術着に着替えた私は、背後で呆然しながらも、色違いで同じ服装をした若い研修医に顔を向ける。
「では、手術の補佐を任せますよ」
「あっ、ああ……もちろん、そうさせてもらう」
あまりの怒涛の展開についていけないのか、彼は何やら釈然としない表情で口を開いた。
一通りの準備が整ったとはいえ、本来ならば手術室で行うべきだ。
色々と足りない部分は多いので、今回私はそれを狐っ娘パワーで補う。
「狐火!」
患者を中心に、半径三メートルを狐火で強引に殺菌消毒した。
さらには、陽炎のように薄く揺らめかせて半円を描いたまま、その場に留め置いた。
かつて使用した無菌室の小規模バージョンであり、境界線を越えたら除菌される結界だ。
そして、地力が上がったのか範囲を絞ったからかは知らないが、疲労は全く感じなかった。
狐火による簡易的な無菌室を作り出した私は、患者のものと思われる片足を、手術台からヒョイッと掴んだ。
「では、まずはちぎれた足を繋げましょう」
研修医や周りの看護師に声をかけて、患部に麻酔をかけた後に、万が一にも痛みで暴れないように、しっかり押さえつけてもらうのだった。
幸いなのは、三百年前の手術勘はすぐに取り戻せたことだ。
おかげで足も無事に繋げ終わったし、体内の弾丸も残らず摘出した。
念には念を入れて最後にもう一度、全身を狐火消毒した。
手術後は故郷に戻って清潔な環境で療養すれば、感染症にかかることも、多分だがないだろう。
何はともあれ、手術が終わった。
そして何故か用意されていたピンクのナース服に、さっさと着替える。
一通り片付けて更衣室から出てきた私を待っていたのは、仮眠を取っていたはずの院長先生だった。
「先程の手術は見せてもらった」
「そうですか。契約を破ってしまい、申し訳ありません」
病院入り口で狐火ドームを形成して手術してれば、目立つのもしょうがない。
久しぶりの仮眠とはいえ、院長まで話が届くのは当然だった。これはもう、十中八九首だろう。
だがそのまま彼は、真面目な顔で尋ねてきた。
「あの見事な手術は、誰かに師事したのかね?」
「いいえ、私は誰にも教わっていません」
アニメや漫画がお手本と言えなくもないが、結局は不明な部分が多くて見様見真似だ。
「全ては経験の為せる技です」
狐っ娘の身体能力以外には、想像と手術経験で補っているので、師匠は誰も居ない。
「しかし力及ばず、救えなかった命も多かったです」
「……そうか」
てっきり命令無視で病院を追い出されるかと思ったが、院長先生は何やら深く考え込んでいる。
そして再び視線を合わせると、思いも寄らない提案を行う。
「今後はキミを、院長代理とする。私が不在のときには、よろしく頼む」
「あの、意味がわかりません」
つまり何がどうしてこうなったのか。本当にまるで意味がわからない。
院長先生に認められたのはわかるが、いくら何でも出世しすぎだ。
(副院長が在籍してるから、院長代理の役職を新しく作ったとか?)
だがそんな私の疑問に、彼ははっきりとした答えを突きつける。
「キミの手術の腕は、院内の誰よりも上だ。
医療知識に関しては……まあ、補佐を付ければ問題あるまい」
実際不明な部分は直感や経験に頼っているし、若い研修医さんのサポートは本当に助かった。
だが、切ったり繋げたり摘出したりと、そういった手術の腕前は人間離れしている。
手塚さんの漫画の黒男が本当に居たら、良い勝負ができそうだ。
とにかく院長先生は、立場的に扱いにくい私は遊ばせておくよりも、特殊な医者として用いることを決めたらしい。
自分としても、勤め先を首にならずに済んで良かった。
しかし、そのすぐ後にまたもや急患が運び込まれてきて、院長代理よろしく頼むと丸投げされてしまう。
本当に最前線は休む暇がないなと、内心で溜息を吐くのだった。




