五十四話 連合国の盟主(2) 一抹の不安
時は流れて昭和十五年になった。
今の私は日本から離れて欧州に移動して、そこで連合国の盟主をやっていた。
適当な演説で前線の兵士たちを激励した後は、役目を終えて舞台から降りる。
そして自衛隊の精鋭に守られながら、基地内を見て回っていた。
(連合軍の盟主と言われてもなぁ。そんな経験はないし、一体何をやればいいのやらだよ)
最高統治者として指示を出すのは慣れさせられたが、軍略に関してはド素人だ。せいぜいシミュレーションゲームを遊んだぐらいである。
なので具体的な作戦に関しては、そういったことが得意な人たちに意見を出してもらい、その中から私が選択するという方式を取っている。
これならもし失敗しても連帯責任だ。少なくとも、自分一人だけが罰せられるこということはないはずだ。
(まだ欧州に来てから殆ど経ってないから、大きな失敗はしてないけど。この先どうなるやらだよ)
相手もプロの軍人なので、作戦案は良く練られていた。
しかし戦場は刻一刻と変化する。稀に予想不可能な事態も起こりうるため、部隊が損害を受けたり、下手をしたら全滅も十分にあり得るのだ。
そこで私は、連合国の盟主として波風立てずにやり過ごすためにはどうしたら良いのか、一生懸命考えた。
全ては作戦失敗からの更迭、さらには有無を言わず軍事裁判にかけられて銃殺刑やら独房行きという、戦争映画的な悲劇を回避するためだ。
軽い失敗ならば連合国の盟主から降ろされて、日本への帰国が叶うかも知れない。
だがさじ加減が難しく、そんなに上手く行くなら苦労はしない。
なので私は最前線の近くの大きな町に車で移動して、一番大きな病院をアポ無しで訪れた。
大勢の負傷兵を収容して治療をしているので、気まぐれで視察に来たと言うのが表向きの理由であった。
病院の入り口から中を覗くと、忙しく働く軍医や看護師、簡易ベッドに横になりながら痛みで呻く患者たちが見られた。
他にも怪我人が大勢居て、血の匂いと消毒液の香りが混ざりあった何とも言えない匂いがする。
「懐かしいですね」
「何が、懐かしいのでございますか?」
「三百年以上昔に、京都で医者をしていた時のことを、少しだけ思い出しました」
何となく漏らした発言に対して、尋ねてきた自衛隊に答えを返した後、私は入口付近にまで怪我人や患者が溢れてごった返す大病院に、堂々と足を踏み入れた。
事前告知なしなので、私が訪れるとは思っていなかったようだが、奥からすぐに病院の院長らしい白衣を着たおじさんが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「よっ、ようこそおいでくださいました!
しかし当病院は、見ての通りの有様でして──」
外から様子を伺うだけで大病院の人手や医療品に余裕がなく、大変そうなのは容易に理解できた。
だがそれは既に予想済みなことであり、私は最前線の病院を訪れた本来の目的を口に出した。
「本日訪れた目的は、視察ではありません。医療従事者として、手伝いに来たのです」
「ええっ! そっ、それは本当ですか!?」
確かに連合国の盟主が病院に行き、怪我人の手当をすることは普通ないだろう。
しかし私は違い、グロ耐性持ちで、その気になれば不眠不休で働ける。
「三百年前の医療技術ですが、それでも少しはお役に立てる。……はずです」
家庭の医学程度の知識しか持たなくても、戦国時代に多くの患者を治療した。ある程度の経験は積んでいる。
ただし、医療関連の娯楽作品の見様見真似が殆どだったので、任せてくれとは言い難い。
「どうか少しの間で良いので、手伝わせていただけないでしょうか?」
評価は微妙だが、ここで引き下がることはできなかった。
「たっ、確かに、最前線から日夜患者が送られて来るため猫、いや……狐の手も借りたいほど忙しい有様です。しかし──」
それから院長さんは何やら苦虫を噛み潰した顔で考え込み、やがて結論が出たのか、私を真っ直ぐに見つめてはっきりと口に出した。
「わかりました。しかし医者は患者の命を預かっています。
責任は重大であり、三百年も前の医療技術は現代では通じないでしょう」
まさに医療従事者の鑑のような院長先生だ。
かなり切羽詰まっている状況でも、必死に大病院を運営しているのだから、きっとその熱意は本物なのだろう。
「連合国の盟主であろうと、患者と接する際には院長である私の指示に従ってもらいます。
それでもよろしいですか?」
彼の提案に、私は目をそらすことなく深く頷いた。
ちなみに最前線付近の病院で怪我人を治療する裏の理由だが、欧州で少しでも味方を増やすためだ。
たとえ連合国の盟主といえども、作戦が失敗してしまったら、責任は取らされるだろう。
更迭からの処刑コースか、シベリア送りという流刑になるかも知れない。
もちろんこの偏った知識も、映画やネタ動画という様々な娯楽作品から得たものだが、負傷兵を味方につければ失敗しても異議ありと声をあげてくれる。
軍事は駄目でもそれ以外の経験があることでポイントを稼いでおけば、断罪コースだけは回避できるかも知れない。
私はそんな穴だらけの作戦を実行すべく、心の中で頑張ろうとこっそり気合を入れるのだった。




