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稲荷様は平穏に暮らしたい  作者: 茶トラの猫
明治、大正、昭和時代 番外編
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五十二話 日独防共協定(2) 日米野球

 昭和九年になって、アメリカの大リーグチームが来日するという情報が入ってきた。


 なお、日米野球は過去にも行われているが、昭和九年の十一月二日に再度の来日となる。


 何故大きな話題になっているかと言うと、あのベーブ・ルースさんがやって来るからだ。

 ちなみスケジュールは、四日に東京の神宮球場、他にも全国十二都市を巡り、全部で十六試合が行われるらしい。




 そして現時点の日米関係は可もなく不可もなしだが、野球の試合をすることで親睦を深められるかも知れない。


 何にせよこういったお祭りイベントは楽しみなので、フットワークの軽い最高統治者は、当然のように応援に駆けつけるのだった。







 そして迎える十一月四日、私は試合開始前に入場ゲートを潜り、神皇用の特等席に腰を下ろした。

 既に客席は満員で、日本人だけでなく外国からやって来たファンの姿もちらほらと見かけた。


 ついでに当然のように取材陣も駆けつけたのだが、選手ではなく何故か私にカメラとマイクが向けられている。


「稲荷神様は、日米親善試合をどのように思われているのでしょうか?」


 なかなか答えに困る質問だが、私はぶっちゃけ呼ばれたから来たのとお祭り騒ぎに便乗しただけだ。

 野球自体は好きでも嫌いでもなかった。


 なので、無難な回答を口にする。


「勝ち負けにはこだわっていません。野球を通じて両国の親睦を深める一助になれば幸いですね。

 なので、日本とアメリカの両チームを応援するつもりです」


 野球のルールは知ってはいても、あまり関心はなかった。

 しかし国同士の勝負となると、会場の雰囲気で何となくだがドキドキワクワクしてくるものだ。


 スポーツには興味はないけど、ワールドカップやオリンピックの放送はつい見てしまうとか、きっと多分そんな感じだろう。


 そして記者が次のインタビューに移る前に、野球場に大音量でアナウンスが入り、広々としたグラウンドに、日本とアメリカの選手が整列する。


 そのまま試合前の一連の流れを行い、やがて大声でプレイボールを告げられたのだった。




 そこから先は、やはり大リーグは強いとしか言いようがなかった。

 日本も必死に食らいついたものの、あと一歩及ばずに敗北したのだった。






 

 日米野球を一試合だけ観戦して、顔見せという公務も果たせて十分に満足した。

 なので私は次の日からは、我が家に引き篭もってまったり過ごしていた。


 あとはせいぜいテレビのニュースで、日米野球の見所を横目で眺めるぐらいだった。


 なお結果を言うと、敗北したのは私が観戦した一試合目だけではなかった。

 その後も鳴かず飛ばずで、結局一勝もできていないのだ。


 それでも接戦には違いないし、私でも知っている有名人のベーブ・ルースからいくつも三振を奪うという快挙を成し遂げている。


 だが結果を言えば、負けは負けなのであった




 そのまま時は流れて、日本チームは十五戦十五敗という背水の陣になり、いよいよ最後の試合が行われる当日になった。


 私は早朝ジョギングを済ませて我が家に帰る途中で、日本野球連盟の偉い人が焦った様子で稲荷大社を訪れ、うちの関係者が止めるのも聞かずに必死に頭を下げて、助力を願い出たのだ。


 基本的に来訪者と会うのは稲荷大社の謁見の間で、我が家に上げるのは特別な客だけだ。


 なので取りあえず外で話すのも何だしと、彼を稲荷大社でしばし待つようにと告げる。


 その間に私は、シャワーを借りてかいてもいない汗を習慣で洗い流してさっぱりした後、お世話係に用意してもらった朝食を急いで食べる。


 準備が整ったら、日本野球連盟の偉い人よりも遅れて謁見の間に入る。

 そして一段高い畳に敷かれた座布団に、堂々と腰を下ろした。


 向こうも急いでいるだろうし勿体つける趣味はない。

 目的も稲荷大社の関係者から、食事を摂りをながら聞かせてもらった。


 なので挨拶もそこそこにして、開口一番にいきなりぶっちゃけた。


「私はどの球団にも所属していないし、熱心なファンでもありません。なので、本当にそれでいいんですか?」

「構いません! とにかく一矢報いたいのです!」


 日本野球連盟代表の、切実な訴えである。


「このまま全敗すれば! 日本野球は下火になりかねません!」


 私は口元に手を当てて思案する。

 今の日本には、様々なスポーツ団体がある。サッカーやバスケットボール、バレーや水泳、その他諸々だ。


 ここでもしアメリカとの試合に全敗すれば、野球ファンが減るだろうし、その分他のスポーツに流れる可能性が高い。


 だがまあ正直、私にとっては彼の訴えは、正直どうでも良かった。


 そもそも野球は、二千年代になってもテレビ中継される程に人気であるが、そのせいで延長戦で予定されていたアニメ放送が中止になった。


 過去に苦汁を何度も舐めさせられた経験があった。


 それに全敗して人気が下火になったところで、きっと一時的なものだ。

 野球連盟が頑張れば、ファンもいつかは戻ってくるだろう。


 なので私は、そのものズバリで口を開いた。


「野球が下火になれば、その分他のスポーツが活性化するでしょうし、私が手を貸す理由にはなりません」

「そっ! そんな! 稲荷神様! 何卒お慈悲を!」


 そう言って彼は、畳に頭を擦りつけるほど深く土下座をしてくる。

 野球連盟の代表のはずなのに、プライドはないのだろうか。


 しかし、無条件に手助けをする気は起きないので、少しだけ考えて代案を出すことにする。

 

「仕方ありませんね。訴えを聞き入れましょう」

「ほっ、本当でございますか!?」


 先程の土下座は何処へやらで、彼は頭をガバっとあげると、満面の笑みで私を見つめてくる。


 かなりのお年のご老人の笑顔とか、誰得なんだろうか。そう思いながら小さく咳払いした後、念の為に釘を差しておく。


「しかし、数あるスポーツの中で野球だけを贔屓するわけにはいきません」


 ここで彼の手助けをしたら、他のスポーツ団体も連鎖的に訴えを起こすのは目に見えている。

 平穏な暮らしを守りたい私は、それは避けたかった。


「試合が後半になっても日本が負けていた場合のみ、手を貸しましょう」

「それで構いません! ありがとうございました! ありがとうございました!」


 野球連盟の代表は土下座を止めてくれたが、その後も何度も私への感謝を伝え続けたのだった。




 ちなみに参加するのは良いが、一つ大きな問題がある。

 野球のルールは知っていても、現実にプロ野球選手と試合するのは今回が初めだ。


 狐っ娘パワーで何とかなれば良いが、結局チームプレイなのでどのぐらい役に立てる不安である。


 そもそも野球連盟の代表が、私をどのように起用するのかさっぱりわからない。

 代打か控えの選手か、それとも他に何かあるのか。


 あとは、できれば日本代表選手が頑張って勝利し、活躍の機会が来ないのが一番良い。

 そんなことを考えながら、私は内心で大きな溜息を吐くのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] それって禁じ手中の禁じ手じゃ? この後、稲荷神様の利用禁止が憲法に盛り込まれそう
[一言] そりゃあ・・・ 稲荷神様の存在が、チームに入ることが反則ですから・・・
[一言] プロ野球がスポーツ界で幅を効かせたのは、民衆に娯楽を与えるためと政府が優遇したから。野球が面白いからとか、優れているからではないんですよねぇ。 そんな野球に手を貸す必要なんてないのに、お稲…
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