四十五話 外国への見せ札(1) 陸軍大学校
四十五話 外国への見せ札の最中となります。ご了承ください。
明治十六年になり、陸軍大学校が建てられた。
それに関して簡単に説明すると、まず自衛隊は私の直轄組織である。
そして武士階級の者たちは、義務教育さえ終えれば各地の駐屯地の試験を受けられ、合格すれば晴れて入隊となる。
高等教育は必要はないが有利にはなる。しかし江戸時代のうちは、脳筋のままでも特に問題はなかった。
だがしかし、開国したことで状況は大きく変わる。
明治の日本は、国際社会という枠組みに入ったのだ。
それに伴い、今後の自衛隊の任務は過酷になるだろうし、より柔軟性の高い臨機応変な対処が求められたりもする。
もちろんそうならないのが一番だが、混迷する世界情勢を見る限り、望みは薄いと言わざるを得ない。
さらには身分の括りがなくなり、武士でなくとも入隊できるようになった。
今後は、様々な人が自衛隊に配属されるため、 脳筋一辺倒では指揮系統が上手く機能しないのであった。
そういった様々な事情を考えた結果、外国への見せ札も兼ねた陸軍大学校を建てることが、正式に決定したのだ。
ここに通うのは、将来有望な幹部候補生たちだ。
お金持ちや地位の高いご子息、見目麗しいご令嬢、または主に知識面においての成績優秀者だ。
花盛りで選り取り見取りだが、ようは外国に見せる目的のファッション軍隊である。
過去に私が間違って教育した、サー! イエッサー! といったハートマン軍曹のブートキャンプでは断じてない。
体を使う訓練もあるが、駐屯地と比べればかなり優しい。
あくまでも、自衛隊の頭脳となる幹部たちを育てるための施設だ。
さらに他国の目を欺くために、筋肉ムキムキのマッチョマンではなく、とにかく凛々しく華やかで、注目を集めることが一番なのであった。
そして迎えた明治十六年の春、いつもの流れで私も開校式に出席することになった。
記念すべき一期生である少年少女が、新品の軍服を着て体育館に規則正しく並べられたパイプ椅子に座り、皆一言も喋らずに大人しくしている。
そんな中で私は舞台にあがって、高さを合わせたマイクを使い、彼らに呼びかけた。
「皆さん、入学おめでとうございます。
貴方たちは、これから陸軍大学校で様々な知識や技術を学んでいくことでしょう」
今日の私はいつもの巫女服ではない。陸軍用の制服に袖を通していた。
そのまま当たり障りのない挨拶で、新入生を祝福していった。
なお、本来ならば日本の最高統治者がわざわざやって来る案件ではない。
しかし、私はとにかくフットワークが軽い。
稲荷神様! お願いします! と言われれば、余程のことでもなくても近場で、さらに他国にアピールする目的も兼ねているとくれば、仕方ないですねと了承してしまう。
中身が小市民なので基本的には頼まれれば断れないし、何より稲荷神(偽)は民意に逆らえないのであった。
それはともかくとして、前もって丸暗記してきた無難な挨拶は、噛まずに無事に終わった。
だがそこで気が緩んだので、最後に一礼したときにマイクに頭をぶつけたものの、恥ずかしさに赤面しても堂々とした歩みで舞台を降りて、自分の席へと戻った。
日本に危機が迫り、舵取りを失敗することに比べれば、こんなの大したことはない。
綱渡り人生の連続で慣れた影響か、割とすぐに立ち直った。
ちなみに日本だけでなく外国からの来賓の方々だけでなく、取材陣も大勢訪れており、実際にテレビカメラで撮影されている。
入学式は大人しくするもので、露骨にワッショイワッショイされないため、相変わらず自分が滅茶苦茶注目されていても、まだマシであった。
その後は特に何事もなく式は進んでいき、取材陣は生徒や来賓や教師ではなく、私ばかりを熱心に撮影していた。
大学内でも狐っ娘はオンリーワンだ。目立つのも当然と言える。
ちなみに私は、挨拶を終えたら基本的には座っているだけなので、暇を持て余していた。
そしてテレビカメラの包囲網から抜け出したいが、自分は排泄の必要がないため、ちょっとお花を摘みにといった逃走経路も通用しない。
そういった事情もあって、あまり下手な動きはできない。
なので、何となく周囲の人たちを観察したり、狐耳を澄まして色んな話を聞いていた。
すると何やら興味深いことをコソコソ話している生徒を見つけたので、注意深く聞き耳を立てる。
「……俺さ。本当は海軍に入りたかったんだよ」
「気持ちはわかる。やっぱり戦艦は、男の浪漫だよなー」
舞台や来賓席からは見えず、かなり離れた位置で話しているようだが、狐耳の聴覚は伊達ではなく、関係なく聞き取れている。
そして彼らの会話に、私は一理あるなと小さく頷いた。
理由を説明すると、今の自衛隊は陸海空と所属がわかれている。
その中でも海軍は、外国の不審船を追い払ったり、海難救助などで活躍の機会は多い。
さらには対馬占領事件で、海上自衛隊の活躍が大々的にテレビ報道された。
機密情報での制限はあったし、昔と比べれば人気は下がっているが、それでも海に憧れて入隊してくる若者は多いのだ。
ちなみに陸軍はどうかと言うと、災害支援で活躍するが、基本的には地味である。ついでに言えば、日本は陸よりも海のほうが、面積が圧倒的に広い。
まあ、本土決戦や他国に派兵すれば、出番はあるだろう。
しかし実際にもしそんなことになれば、日本が危機的状況に陥っているのは間違いない。
そういった意味では、陸軍の格好良い見せ場など、ないほうが平和で良いと言える。
最後の空軍だが、これに関しては丸ごと全部が軍事機密だ。
なので、一般には明かされていない。
表向き存在するのは陸海の二軍だけであるものの、入隊してから適性を見ることで配属が空になったりもする。
だがしかし、やはり存在を知っているのは極一部の者だけであった。
なお私が思案している間にも、男子生徒たちの会話は途切れることなく続いていた。
「もし海軍大学校があれば、そっちに行きたかったぜ」
「何年先になるかはわからんが、海も建てる計画はあるらしいぞ」
「マジか!? あーあ! だったら俺、もっと遅く生まれたかったわ!」
最終的には陸海空と建てるが、一度にあれもこれもというわけにはいかない。
なので、次なる大学校として検討段階に入ってはいる。
政府の役人が言うには、開校は明治二十一年を予定しているらしい。
そして五年もあれば、きっと一期生は皆卒業している。
それとも何らかの理由で大学に留まっていたら、彼らは海軍に転校するのだろうか。
何より周りの生徒からも、ちらほらと同意の声が聞こえてきたことで、陸軍が不人気なのは、何とも根が深い問題だと理解させられる。
(戦車を一般公開すれば流れが変わるだろうけど。世界の軍事バランス的にちょっとなぁ)
陸軍大学校にしても、現在の世界情勢を考慮し、ギリギリのラインを探った末の産物だ。
そして戦車に関しては、たとえ旧式でもまだ早いと決定した。
諸外国は日本の軍事力の高さに恐怖し、脅威と感じて国際社会の緊張が高まり、下手をすれば戦争の火種になる。
それを懸念したのか、海軍と空軍が揃って、陸軍の提案には反対である! と聞く耳を持たなかったのであった。
戦艦大和に関しては目撃者が大勢居るが、公表はせずに国民にはぼかして伝えている。
確信を持っているのは砲撃に晒されたロシア帝国のみで、国際社会としてはそこまで大きな問題にはならなかった。
何やらイギリスさんが一生懸命頑張ってくれたおかげらしいが、詳しいことはわからない。
とにかく、暗黙の了解と、国民や世界に向けて公表するのは全然違う。
ただでさえ世界情勢が混迷しているので、今は危機感を煽る行為は控えるべきだ。
なので当分の間は、戦車は一部の駐屯地でのみ運用を許可することとなったのだった。
そして私は、そう言えば今の陸軍の最新装備について考えた。
(旧式の自動車に乗って、自動機銃を撃つぐらいだったかな。
馬よりはマシだけど、それじゃ大艦巨砲主義の人気には勝てないかも)
海上自衛隊の所有する。何だか知らんがとにかく凄い軍艦が大和と武蔵である。
少なくとも一般市民はそう認識しているし、遠距離からロシア帝国の軍船を沈めたり、対馬から追い払った実績を知らされているだけでも、宣伝効果は十分過ぎた。
それと比べれば、陸上自衛隊は自動車に乗って自動機銃を撃ち、さらに穴を掘って泥臭く戦うのだ。
私はライトオタクなので戦争映画の歩兵の戦い方は好きだが、一般の人気に関しては、海軍に大きく負けていた。
そして自分としては、陸海空は均衡が取れているのが望ましいと考えている。
何故なら映画やアニメでは、良く軍事クーデターが起きるのだ。
この場合は、同等の戦力がお互いに監視していれば、そう簡単に暴走したりしないし、万が一が起きたら戦力が拮抗していないと、他の二軍が束になっても容易には止められなくなる。
私が出張ればいいのだが、日本人同士で争いたくないので、やはりそんな事件は避けるに越したことはない。
そういった諸々の事情を思案した私は、開会式が終わってすぐに席を立つ。
思い立ったが吉日とばかりに、陸軍大学校の校長や他の関係者を呼び出して、いつも通りの行き当たりばったりの思いつきで、陸軍人気を高めるための相談を行うのだった。




