四十四話 中華思想(4) 稲荷侍
<オーストラリアの議員>
オーストラリアの大いなる野望を成し遂げるため、私は仕事に励んでいた。
だがしかし、毎週日曜は休日が基本である。
なので日頃の忙しさを忘れ、妻と息子と娘の家族四人で居間でのんびりとくつろぐ。
そして今は畳張りの床に腰を下ろして、最近ようやく量産体制が整ったカラーテレビを、業者に頼んで我が家に設置してもらっていた。
「パパ! これは何!」
「カラーテレビだよ。今までは白黒だったが、これは本当に凄いんだぞ!」
今年十歳になる息子と、八歳の娘は大はしゃぎだ。
同じ居間でミシンを使って裁縫している妻が、それを微笑ましく見つめていた。
「凄い? パパ凄ーいっ!」
「はははっ! それ程でもあるかな!」
息子や娘の喜ぶ顔を見られて、私は鼻高々であった。
そして内心では、自分もとても楽しみにしていた。
試作品を見る機会は何度かあったが、実際に手に入れて使うのは今回が初めてだからだ。
何だかんだで、新しい物や珍しい物は大好きなのである。
私が久しぶりに童心に帰ったようにワクワクしていると、夜の八時少し前にようやく設置が終わった。
まだ普及し始めたばかりなので業者も慣れていないらしく、念の為に配線や電源の最終確認を行い、局番設定などの説明を始める。
自分も実際に何度か直接ボタンを操作して、感覚を掴んでいった。
そして機材を片付けた後に明細書を受け取り、諸経費を支払ったあとに玄関まで見送り、業者たちには礼を言って別れたのだった。
居間に戻った私はカラーテレビを様々な角度から観察したあと、迷うことなくIHKにチャンネルを合わせる。
オーストラリアでは一週間遅れの放送だが、現在唯一カラーに対応しているので、映像の綺麗さが白黒とは段違いだと実感させられる。
するとそれを見た息子が、興奮した様子で大きな声をあげる。
「パパ! 稲荷侍を見ようよ!」
「アタシも楽しみー!」
「ああ、そう言えばもうそんな時間か」
稲荷侍について簡単に説明すると、日本のIHKが製作している時代劇だ。
白黒のテレビ放送が始まった最初期から、役者が代替わりしながら現在まで続いているので、かなりの長寿番組と言える。
また、プロジェクトFと同じで、カラー放送に対応していることでも有名である。
さらには日本が制作元だが、オーストラリアも全面協力している。
なので、お供の一人にうちの国民が居たりして、フィクションではあるが、一部史実を元にして作られているため、考古学者たちの議題にあがることも度々あった。
なおオーストラリアではとても人気があり、我が家は全員が大ファンだ。
毎週日曜のゴールデンタイムは、テレビの前から動かないほどであった。
「カラーテレビでゴタゴタしてたから、忘れるところだった。
チャンネルはIHKだから、そのままで良いな」
局番を先程IHKにしたので、変える必要はない。
しばらく経って夜の八時になると、おなじみのOP曲が流れてカラーでタイトルロゴが映った。
そこで私は、何の気なしに疑問を口に出した。
「そう言えば、今週はどんな話だったかな?」
「えーと、南蛮に売られそうになっている奴隷を助ける?」
息子が腕を組んでウンウンと考えながら、答えた。
私は偉いぞと褒めてから、先週の予告を思い出そうと顎に手を当てて考える。
確かに息子の言った通り、奴隷たちを救出する話だった気がする。
予告映像として、水面を疾走したり船上で銃撃戦を繰り広げたりと、色々やっていた。
はっきり言って、他局が放送している時代劇ならば、まずありえないことばかりだが、物語の主人公は稲荷神様である。
こんな出来事が本当にあったかはともかくとして、彼女は国民を守るためなら身一つで死地へ飛び込むし、たとえどれ程の巨悪が立ち塞がろうと、正義は必ず勝つのだと証明してくれるのだ。
それに彼女は、今まで積み重ねてきた実績に満足し、慢心したり、驕り高ぶり国民を蔑ろには決してしない。
自分に厳しく、他人に優しいのは、物語の主人公としてこれ以上ない逸材であった。
そして過去の放送では、『これが稲荷魂です!』『無茶ではありません! 何故なら私は日本国神皇! 稲荷神だからです!』といった名言が飛び交っていたし、『徳川将軍の反乱により江戸を追われた稲荷神様が、単身祖国解放のために戦いを挑む!』という設定だけでなく何から何までがとにかくぶっ飛んでいたシリーズまであった。
おまけに、元征夷大将軍の徳川慶喜さんに許可を取るだけではなく、悪の親玉として出演してもらったせいで、一話完結の時代劇では珍しく長編となった。
それだけでなく、恋しさ、せつなさ、心強さを視聴者に深く刻みつける結果となり、このシリーズの人気はとても高い。
とにかく、稲荷侍は現実の稲荷神様の再現に、並々ならぬこだわりがある。
彼女ならやって当然と思えるシチュエーションが満載であり、こんな最高統治者がうちにも欲しいと、オーストラリアの視聴者一同は、日本を羨ましく思うのだった。
ちなみに、稲荷侍をカラーテレビで視聴した感想だが、相変わらず素晴らしい出来だった。
白黒よりも遥かに迫力が増したと実感する。
だが同時に、少し気になったことがあったので、何となく口に出した。
「子役は、そろそろ代わりそうだな」
隣の座布団に腰を下ろしている妻も、首を縦に振って同意する。
「確かにそうね。カラーになったから、子役の成長もはっきりわかるようになったわ」
子役が現役でいられる時間は短い。
特に物語の主人公、稲荷神様を忠実に再現するために、背格好の近い十歳前後の少女を雇用しているのだ。
やはり人間は、時の流れの変化には抗えない。
本物の彼女が出演してくれれば、役者を代えなくて済むのだが、それは言わないお約束だ。
何しろ稲荷神様は、三百年以上も最高統治者として君臨し、公務を行っているのだ。
役者の仕事を掛け持ちしては、より多忙になるのは間違いない。
怪我も病気もせずに、呼ばれれば何処にでも一番乗りでやって来る稲荷神様だ。
弱きを助け強きをくじく、何とも頼りになる御方ではないか。
なので私は自らの願望を、恥ずかしげもなく口に出した。
「やはり、オーストラリアも統治して欲しいものだ」
「ええ、頑張って! 貴方!」
妻の声援を受けた私は、稲荷侍のエンディング曲が終わると同時に立ち上がり、大声をあげる。
「よし! 今度こそ日本への帰化を成し遂げるぞ!」
そして妻に夜食を頼んだ後に、三十四回目になる日本への帰化を今度こそ成功させるべく、我が家の書斎にもう一仕事と、早足で向かうのだった。




