四十三話 新政府樹立(3) 東京行幸
明治元年の九月になり、東京行幸という盛大なパレードを行う計画が立てられた。
今までは日本の中心地は江戸、そして朝廷の住まわれる京都が東西に分かれて並び立っていた。
たとえ日本の最高統治者が在住しており、人口や近代化で露骨に差が出ても、明確に首都とは言い切れなかったのだ。
だが新体制に移行するにあたり、あらゆる面でもっとも発展している東京を名実共に首都とするべきだ。
そういった意見が多数を占めた。
ついでと言っては何だが、新しい時代の始まりを日本国民に告げるための東京行幸も行い、広く認知させるのであった。
ちなみに出発は京都で、終点は東京だ。
神皇である私が中心となり、明治政府や公家や朝廷の各関係者を引き連れて、屋根のない自動車に乗って微速前進で、ゆっくりと進んでいく。
交通網はしっかり整備されているうえ、事前に大掃除をしたおかげか、別に問題もなく順調に進んでいった。
だが自動車は、最近ようやく量産化が始まったばかりだ。
まだ排気ガスがモクモク出るし、マフラーをつけても騒音が酷い。公害対策もしてはいるが、不十分と言わざるを得ない。
今はお金持ちのステータスの自動車だが、このまま普及が進めばいつかは庶民も手が届くだろう。
何にせよ、昔から環境保護を疎かにしたことは一度もないので、公害病に苦しむ人が出ないようにしたいものだ。
そして東京行幸だが、常に微速前進が基本で、時間帯は日が出ている間だけであった。
民衆が大歓迎状態の中を、私は素顔丸出しでオープンカーに乗っているが、朝廷は神輿をスダレで囲んで神秘性を演出している。
やがて日が暮れてきた頃に宿泊先に到着した私たちは、本日の行幸を終えて車を降りて、多くの警備員に守られながら宿の中に入っていった。
店主や女将、従業員一同の歓迎を受けて軽く挨拶をしたあと、個室で一服する暇もなく歓迎の宴に招待される。
通りかかった町村の人たちも、できればお近づきになりたい気持ちはわかるが、東京行幸を始めて一週間が経っている。
滅多に京都から離れることがなく、こんなにも長期間人目に晒されるのは始めてだったのか、まだ年若い朝廷だけなく、公家の者たちは揃って疲れた顔をしていた。
私は仕方ないかと判断して、比較的慣れている自分が横から口を出させてもらった。
「朝廷や公家の方々はお疲れです。なので申し訳ありませんが、私が対応させていただきます」
「稲荷神様自らですか!? それは大変光栄でございます!」
そう言って私は歓迎の宴を引き受け、長期間の密着取材に心身共に疲れ果てた彼らに、客室でゆっくり食事を摂って休むようにと告げるのだった。
宴会場に続く扉を宿の従業員が開けてくれたので、堂々と入室して自分の席に座った私は、地元の著名人やら取材陣に、あっという間に取り囲まれる。
東京行幸だけでなく日本国では、自分が立場的にトップである。
なので上座は固定であり、大抵が他者と距離が離れて一人孤立している。
左右の列にはそれぞれ朝廷と明治政府の関係者が並んで座っているが、今回は片方のみの出席となっていた
自分の場合は既に日本どころから世界中に、顔や特徴を知られている。今さら神秘性も何もない、出涸らしのお茶状態だ。
東京の町を歩いていれば稀に遭遇するぐらいの頻度なので、朝廷のお姿を拝見するという激レアには程遠いのであった。
それはともかく、宴会の席が盛り上がるのは良いことだ。しかし、皆に嬉々としてお酒を注がれるのは困る。
私としては朝廷や公家の取材や歓迎を引き受けた手前、今さら止めるわけにはいかない。
なので、どれだけ飲んでもほろ酔い止まりと、無限の胃袋をフル活用していく。
「いい飲みっぷりでございます! ささっ! もう一杯!」
はっきり言って片側に並んでいる明治政府の接待よりも、地方民はやる気に満ちており、頻繁に質問も飛んでくる。
「稲荷神様! 今後は君主制に戻すとのことですが!」
「既に告知済みですが、私は統治しませんよ」
この質問も、何度目か忘れるほど聞かれている。
なので私はテキパキと答えていった。
「私から朝廷に、そして明治政府へと統治権を譲渡します。
なので、稲荷神の出る幕はありません」
「そっ、そんなぁ!」
心底残念そうな顔をする地元民の代表だが、そんなに私に日本を統治して欲しいのだろうか。
そもそも自分が政治から遠ざかって、既に三百年が経過している。
今の国内情勢は混沌としており、正直良くわからない。
そういった勉強をしても、不思議なことに全然身につかなかった。
心身共に転生直後から変化を許さないとは、とんでもない狐っ娘だ。
私自身が物の見方をほんの少しだけ変えられたのは、生まれ変わらせた何者かの温情か、それとも私が壊れてしまうから緊急回避的な何かかはわからないが、おかげで助かったのは事実だ。
心の中で溜息を吐いている間にも。地方の代表たちは諦めていないようで、再度声をかけてきた。
「何とかなりませんか?」
「なりません。諦めてください」
本当に、どれだけ私に統治して欲しいのか。
世界の国々は、王や君主政を廃止して次々と民主主義に移行している。
ここで日本が足並みを乱しては、独裁国家認定されてしまうではないか。
せっかく開国したのに、諸外国からの総スカンは避けたいところだし、内政干渉する理由を与えたくない。
しかし江戸時代の間に、すっかり狐色に染まってしまった。
国民は揃って自分の統治を望むので、心底困ってしまう。
注がれた清酒をちびちびと飲んでいるが、ほろ酔い止まりの体はこういう時に便利だ。
アルコールが好きでも嫌いでもない私は、現実逃避や気分を変えたい時には良さそうかもと感じた。
「何か事が起きれば、出張る機会があるかも知れません。
しかしそんな危機的状況は、ないに越したことはありません」
そもそも自分が矢面に立って、果たして何ができるのか。正直に言えば役に立てる気が全くしなかった。
狐っ娘の中身は元女子高生で、成績は平凡だった。
明治政府で働いている役人たちよりも、圧倒的に頭が悪い。
なので、いざという時に正しい判断が出来るとは限らないのだ。
それでも日本の最高統治者という立場上、国の進退を決める重要な席には必ず出席し、どうしても自分で決断しなければいけない。
今はただ、自国がトラブルに巻き込まれないように願うのみであった。
次の日になって、宿泊施設から外に出た私たちは、オープンカーに乗車して東京行幸を再開する。
朝廷はもちろん神輿であり、天候が晴れていて明るいうちしか移動できない。
なので早朝になったら、すぐに出発である。
あらかじめ告知しておいた主要な街道には、既に地元民や取材陣が勢揃いしていた。
テレビカメラも、こっちの速度に合わせてしっかり追従してきた。
進路を妨げることがないのは良いが、民衆やカメラマンは私ばかり注目しているようだった。
(朝廷や公家のほうが、圧倒的にレア度が高いのに、何で私ばっかり?)
実際に、やんごとなき御方が民衆の前に姿を表すことは、殆どないと言っていい。
スダレに隠れているとはいえ、今が絶好のシャッターチャンスのはずだ。
なお私は毎朝の早朝ジョギングや公務で、割と頻繁に顔出ししている。
あとは変装して買い食い……ではなく、世論調査をたまに実行しているので、正体を隠しているとはいえ、レア度は低いはずだ。
今もゆっくりと進むオープンカーに乗ったまま、笑顔で手を振る役に徹している私は、何となく周囲を観察してあれこれ考えていた。
(なるほど。単純に花がないんだね)
基本的に、東京行幸に参列しているのは男性ばかりだ。女性も居ないことはないが、年齢的にちょっとな方が多い。
その中で狐っ娘は、単純な見栄えや地位だけではない。数々の萌え属性の融合体のようなもので、さらには不老の幼女であった。
薔薇や牡丹といった派手さはないが、野に咲く花のような可愛らしさなら、多分少しはあるはずだ。
「「「稲荷神様! 万歳! 万歳ー!」」」
そんなことをぼんやりと考えながら、地元民の万歳の合唱に、笑顔で応える。
私たちは新たな首都となる東京に向かって、ゆっくりと進んでいくのだった。
後日談となるが、東京行幸の資料映像は膨大な数になった。
また、稲荷神をあらゆる視点や状況で撮影した、貴重な歴史的資料でもある。
そして明治が終わりを迎えた大正元年に、過ぎ去った時代の特番として毎日のように放送されることになるとは、この時の私は夢にも思わなかったのだった。
なお、これは東京行幸の最中のことだが、宿泊先の宴会場で朝廷や公家の方々と話す機会があった。
その時には取材陣も居なかったので、ここだけの話ということで、お互いに清酒をチビチビやりながら色々と質問させてもらった。
「京都から東京に住まいが変わりますが、何か思う所はないのですか?」
「それに関しては、余や公家の者たちも、何もないと言えば嘘になります」
やはり不満に思っていたかと、私は小さく頷きながら若い朝廷の続きを待つ。
「朝廷や公家が権威を持つのは、三百年前に終りを迎えております。
なので、今さらどうこう言うつもりはございません」
「あー……、それに関してはすみません」
今は内密の話なので割と緩い雰囲気で、自分が神皇の位を得たことで、朝廷や公家がほぼ機能しなくなったことを謝罪する。
彼らは元々権威の象徴として、私よりも昔から君臨すれども統治せずを行ってきた。
だが江戸時代に入ってからは、朝廷や公家の仕事は歴史的資料や文化財、古物を収集する仕事を与えることで、細々と延命した形になる。
「いえいえ、謝罪を求めているわけではありません。
稲荷神様は国の基本方針には口を出しますが、それ以外には一切関わろうとされませんでした。
なので文化財の保護以外にも、江戸幕府の方々から仕事を依頼されることも良くありました」
まあ私は政治のことはさっぱりで、おまけに森の奥に籠もって全然外に出てこない。
なので江戸幕府に統治を任せる形となり、朝廷や公家はその際に中間管理職のような役割を果たしていたらしい。
稲荷神に報告するまでもない、政治的案件の事務処理係といったところだろうか。
何にせよ古物収集と合わせて仕事に恵まれ、食いっぱぐれなくて何よりと言える。
「では、何を憂いているのですか?」
「やはり京の都を離れて、東京に移ったことです。
次にこれまでとは打って変わり、人前に出ることですね」
確かに長く住んでいた実家を離れるのは、寂しいものがある。
あとは、朝廷や公家の方々も姿を隠すのではなく、私よりはマシだろうが取材を受けることになる。
「そこはまあ、民主主義国家の宿命と諦めてもらうしかありませんね」
「自分も稲荷神様を見て、理屈ではわかっているのですが。……やはり受け入れ難いですね」
民主主義国家というのは、ぶっちゃけ民意が全てである。
そして行政の効率化と統制を図るために、朝廷や公家の方々は京都から東京への引っ越しを余儀なくされた。
なおそれだけではなく、一応は国の政治に関わる者としての意図を明らかにするため、今後は頻繁に取材を受けることになる。
「私としては朝廷や公家の皆さんの助力を得られて、ありがたく思っています」
「稲荷神様にそう言っていただけると、大変光栄ですね」
にっこりと微笑みながらそう告げると、皆も嬉しそうに笑う。
だがここで私は、爆弾を投下する。
「前々から私一人だけでは手が回りませんでしたし、外国からのお客さんをよろしく頼みますね」
「わっ、わかってはいましたが! 国際社会とは恐ろしいものです!」
日本は開国したことにより、外国からのお客さんがわんさと訪れている。フットワークの軽い私は呼ばれれば行くが、正直一人ではとても手が足りない。
なので優先順位をつけなければいけないが、今は臨時政府状態なので、優秀な外交官が余っているとは言い辛いのだ。
「これも日の本の国のためです。それに外国のお客さんは、東京を中心に活動しますので──」
「京都に居ては、我々はお役に立てないのですね」
「はっきり言ってしまえば、その通りです」
血も涙もないと思うかも知れないが、それが事実である。二千年代になれば新幹線や飛行機が出来て、移動時間が大幅に短縮されるが、今はまだない。
ようやく蒸気機関車ではなく、少しずつ電車が普及し始めたところだ。
何にせよ仕事のために京都から東京に向かうにしても、一体何時間かかるやらだ。
「臨時ではない明治政府が本格的に動き始めれば、少しは楽になるでしょう。
しかし今はまだ、これからの国の根底となる政治や公務が行える人材が、全く足りていません」
絶望の色が濃くなったのは朝廷や公家の方々だけではなく、臨時政府の人たちも明らかに肩を落としていた。
中には政治や接待が不得意な者も居るだろうが、この際習うより慣れろだ。血筋や元の身分は確かだし、東京に付いたら政府の関係者がしっかり教育してくれるだろう。
そして彼らは現実逃避するために、アルコールやツマミに手を伸ばし、流れ的にどんちゃん騒ぎの宴会が始まる。
結局双方揃って日頃の鬱憤をぶちまけながら、朝まで飲み明かしたのだった。




