四十二話 大政奉還(3) 五稜郭
文久三年の八月、イギリスと料理勝負をしたことがキッカケかは知らないが、そろそろ日本の伝統文化というものを、各国にアピールする必要性を感じた。
何より開国宣言をしてから、外国人観光客は増える一方だった。
城郭や自然豊かな文化遺産は数多く残されているが、外から来た人に見せるための施設は、まだ一つも作られていなかった。
その際に、脅威に感じた世界が排除に動かれては困るので、軍事機密や技術力の高さはある程度隠さなくてはいけない。
そこで、新たな名所を建設し引いては他国の目を誤魔化そうと、北海道の藩主が提案してきた。
幕府もこれを了承して共同開発を行い、慶応二年になって五稜郭が完成した。
広大な土地を持っているだけあって、やること成すことが実に豪快であった。
私も本州最北端まで専用列車で向かい、そこから先は船に乗って開園前の式典に出席した。
上から見ると大きな星型になっていて、軍事的な効率と美麗さを両立している。
新しく美しい城を建てたのは、他国への誤魔化しもある。
それ以外にも、古き良き伝統文化を後世に残したり、さらなる観光客を呼び込む目的も十分に達成できると見込んでいた。
「稲荷神様、どうでしょうか?」
今代の北海道藩主、松前さんが自信満々という表情で私に質問する。
なので少し思案した後に、はっきりと答えた。
「美しい庭……いえ、お城ですね」
星型でとにかく広い堀も含めて一つの施設だと考えれば、やはりお城を呼ぶのが相応しい気がする。
そして気を良くした松前さんに、私はさらに言葉を重ねた。
「白いキタキツネと稲荷バターサンドだけでなく、狐色の生キャラメルの売れ行きも好調なようですね。
新たな販路を広げると同時に、観光施設としても人気が出ると思いますよ」
五稜郭の近辺には、多くのお土産販売所がある。
そこにはお城関連のグッズの他に、今話題に出した北海道銘菓も山積みで販売されている。
五稜郭との関連性は薄いが、売上は頭一つ分抜きん出でいた。
外国へのお土産以外に日本でも有名で、わざわざ取り寄せる人も居るし、北海道フェアが開かれると必ず出品されるほどで、とにかく大人気なのであった。
なので、外国の人が気に入ってくれて嬉しいが、同時に気になったこともある。
今度は私から松前さんに、何気なく質問してみた。
「それはそれとして、刀や弓、大砲まで展示しているのは何故ですか?」
戦が起きなくなって久しい今日この頃に、わざわざ戦争で使われる武器を、五稜郭の各場所に設置しているのだ。
重火器だけでなく、戦艦や飛行機がこっそり実用化されている現代では、骨董品以外の何ものでもないが、少し気になった。
「観光に来た方々に見せるためですね。あとは、古い日本文化の保護もあります。
大砲や弾に火薬は入っていませんし、鎧や刀剣も展示品として安置しているだけですので、ご安心ください」
私は小さな口に手を当てて思案する。
つまり五稜郭は、侍の世が終焉を迎えたのだと、全世界に知らしめるための施設ということになる。
さらには少し前までの日本は、大砲や刀でドンパチやっていた時代遅れな国だ。
最近になってようやく近代化し始めたのだという、偽装工作も兼ねている。
なお私もこういった武器を実際に使った経験こそないが、何度も目にしたり標的となったので感慨深いものがあった。
「あとは無理のない範囲で、見せ札もご用意させていただきました」
「見せ札ですか?」
話題が変わったことで首を傾げる私だったが、松前さんが来たようですとある場所に顔を向ける。
自分もそちらに注目すると、旧式の自動車に牽引され、何か大きなものがすぐ目の前まで運ばれてきた。
詳しくは知らないが、マシンガンのように思える。
「旧型の自動機銃でございます」
彼も肯定したので、どうやら正しかったようだ。しかし問題はこれを、一体何に使うかである。
「軍事機密を迂闊に漏らすのは不味いですが、旧式の銃火器ならば問題はありません。
ですのでこれを日本の最新装備だと思わせて、諸外国の目を欺きます」
松前さんに言う通りならば、確かに見せ札だった。
今の外国の大体の技術力は、大雑把ながらも推測できる。
日本を見下さずに、かと言って脅威には感じない。そういった絶妙な塩梅が自動機銃であった。
しかし私はあろうことか、旧式のマシンガンを見て、ふと思いついてしまう。
なのでそれをまた、いつも通りに唐突に口に出した。
「そのマシンガンを、ちょっと私に撃ってくれませんか?」
「「「……は?」」」
弾は入っていないと言っていたが、整備すれば普通に使えるはずだ。
なので私は映画やアニメ、漫画などによくやられている。無数に飛び交う銃弾を避けたり弾いたり、そういった行為をやってみたいと思った。
かつて奴隷商人から火縄銃で撃たれたが、あの時とは比較にならない兵器である。
三百年以上経っても一向に成長しないのは肉体だけではなく、精神も高校一年生で止まっているらしい。
星間戦争の騎士には子供の頃から格好良いと思っていたし、そういったシチュエーションはいつか自分もやってみたいものだと、何となくだが考えていた。
どうせ銃弾なんて、狐っ娘に当たったところでノーダメージだ。
さらに良い機会なので、この体の情報を集めるという目的をでっち上げる。
つまりは、マシンガンの性能と稲荷神の身体能力、勝つのはどっちだ! ということだ。
私は取りあえず刀を一本貸してもらい、一発当たったら終わりで即刻医者のお世話になるという制約を課して、準備が出来次第始めようと、松前さんに提案するのだった。




