二十話 京都(8) 使者
フロイスさんたちに布教の許可を出してから数日が経った頃に、またもや面会を希望する人が現れた。
人心地つく間もないので、随分と急な話である。
ついでに今回は、足利将軍家直々のお願いではない。
京都在住の複数の公家を通じて伏見稲荷大社に圧力をかけて、強引にねじ込んだらしい。
なおそのお相手だが、本願寺の顕如、比叡山の覚恕法親王の使者を名乗る、身分の高い僧たちであった。
伏見稲荷大社の神主さんは見るからに嫌そうな顔をしていたが、面会の許可を出さざるを得なかった。
ならば私も、会わないわけにもいかない。
使者として遣わされた大勢の高僧のうち、それぞれの代表二人だけを来客用の個室に案内するようにと、お世話係の桜さんに頼むのだった。
使者の案内を頼んでからしばらく経ったが、桜さんはなかなか帰ってこなかった。
これは何かあったのではと考えた私は、伏見稲荷大社の本宮の廊下を早足で歩く。
そして入口近くまで来ると、何やら騒がしい声が聞こえてきた。
「我らは重要な使者として、伏見稲荷大社に遣わされたのだぞ!」
「然り! それが直接会うのは代表二名のみだと! ありえぬわ!」
「たかが巫女の分際で! 我々に指図するとは何事か!」
遠目から見ると、私のお世話係で桜さんが豪華な法衣を着た大勢のお坊さんに取り囲まれていた。
それだけではなく、四方八方から暴言を浴びせられている。
周りの神職の人たちは相手のほうが立場が上なこともあり、何もできずに悔しそうにしていた。
しかし何と言うか、僧たちはいちいち大声で騒ぎ立てるので、関係者だけでなく参拝者までもが足を止めて、一体何事かと言った表情で、珍しいやり取りを見物し始めている。
そんな一方的な見世物にされた桜さんは、反論も許されずに小さくなるばかりだ。
どう考えてもこれは彼女に案内を頼んだ私の責任で、心底申し訳ないと反省する。
だがしかし、明るく前向きで、気持ちが沈んでもすぐに持ち直すし、基本的に行き当たりばったりで感情のままに動くのが私である。
なので騒動の中心に向かって躊躇うことなく、真っ直ぐ早足で向かっていく。その途中で、右手から青白い狐火を生み出して準備を整えておく。
私は至近距離まで歩み寄ったところで口喧しく罵っている僧たちに、お世話係の桜さんをよくも苛めてくれたなとばかりに、感情のままに怒りをぶつけた。
「高潔な僧の使者を何と心得る! 小坊主の使いではな──」
「黙りなさい!」
言葉と同時にあらかじめ展開しておいた狐火を投げつけて、桜さんを取り囲んでいた僧たち全員の体を焼いた。
「「「ぎゃああああ!!!」」」
「稲荷神の世話係への暴言は許しません!」
大勢の僧たちは何とか消そうと地面を転がるが、青白く燃え盛る炎は勢いを増すばかりだ。
そんな地獄のような光景に、騒動を見物していた多くの参拝者は顔を真っ青にして身を震わせる。
しかし私は、怒りはしても別に本当に焼き尽くす気はない。
温度調節はしっかりしており、せいぜい熱いお湯をかけられた程度だ。
それでも思い込みというのは侮れない。炎に焼かれたら死あるのみという想像によって、僧たちはみっともなく地面を転げ回る。
しばらくの間、ちょっと熱めのお湯程度の温度の狐火を消そうと、各々が躍起になるのだった。
たとえ水をかけようと私が命じない限り消えない炎だ。
しかし低温火傷する前に頃合いを見て、特に意味はないが右手の指を鳴らして全ての狐火を一瞬で消し去る。
多少汚れてはいるが打ち身や擦り傷といった軽症で済んでいる高僧たちを前に、取りあえず桜さんを苛めた件はチャラで良いかなと判断する。
もしこれ以上暴言を吐くようなら、売り言葉に買い言葉で本願寺と比叡山に殴り込みをかけるハメになりそうだ。
だが私としては、それは避けたかった。
何しろ寺院に居るのは、目の前の性悪な僧たちだけではない。女子供や善良な人も大勢住んでいるのだ。
もし狐火で焼き払おうものなら、第六天稲荷神とか何かが混じっておかしくなった俗称が広まってしまいそうだ。特に根拠はないが、何となくそう思ったのである。
なお実際に脅しの効果はあったようで、狐火に焼かれて大慌てだった僧たちが、今や完全に腰が抜けて意気消沈してしている。
これでようやくまともに会話ができると、私は内心で大きく息を吐くのだった。
罵詈雑言で寄ってたかって桜さんを攻撃した僧たちを狐火で焼いた以上は、今は落ち着いていても互いの仲は険悪なのは一目瞭然だ。
なので本来なら客間に招いての話し合いなのだが、もはやそれをする気はこれっぽっちも起きなかった。
そのため、少々見物人が多い気もするが、そこは完全無視して、この場で適当に済ませることに決める。
「使者には新作のお菓子を出してもてなす予定でしたが──」
「まっ! まさか! あのカステラか!?」
数日前にフロイスさんが面会したときの噂が、もう京の都に広まっていることに驚く。
しかし時の人である私の一挙手一投足が注目されているのは想像に難しくないわけで、そういうこともあるかと、疑問に思うことなく話を先に進める。
「礼を失する行為を行った使者が、何故大手を振って歓迎されると?」
若干棘を含ませて僧たちに告げると、あからさまにガッカリした表情に変わるが、私から見れば自業自得だ。
本当はお世話係の桜さんに命じて、僧たちを今すぐ叩き出して塩撒いといてと言いたい。
だが稲荷神のイメージが崩れるので、そこまで口には出さない。
しかし今回に限っては歩み寄りは不可能と判断したので、この場でさっさと終わらせるべく、単刀直入に尋ねる。
「それより貴方達は、私に何の用ですか?」
「あっ、主から書状を──」
私は先程のやり取りでさらに信仰度を上げてしまった桜さんに指示を出す。
そして延暦寺と本願寺の使者から、特別な書状を持って来させる。
彼らはまだ腰が抜けていて立てないようだが、狐火の脅しが効いているので、大人しく書状を渡してくれた。
そしてお世話係の桜さんが、それを恭しく私に提出するので、取りあえず内容を確かめるべく開いて軽く目を通していく。
(予想はしてたけど、ミミズがのたくったような字にしか見えない)
一向宗の上層部はミミズみたいで読みにくい字の書状を送ってきたが、まあ読めないこともない。
しかし解読には時間がかかるため、どうしたものかと思案する。
そこで私はハッと閃き、自分よりも優秀な桜さんに読んでもらえばいいやと、この場はあっさり丸投げすることに決めた。
「読み上げなさい」
「あの、よろしいのですか?」
読めないので内容はさっぱりだが、どうせ私に対する抗議文なんだろうなと想像はつく。
「構いません。読まずとも内容には見当がつきます」
「でっ、では、失礼致します!」
なので私は、かしこまった態度で書状を広げて、一語一句として言い淀むことなくつらつらと読み上げる桜さんを眺める。
自分が教えた紳士の振る舞いもすぐものにしたので、やっぱり賢くて何でも出来る天才型は凄いなと、否応なしに実感させられるのだった。




