六話 松平さんの相談(1) 模型作り
松平さんの相談の後となります。事前にお読みください。
松平さんたちが家に来たので色々とアドバイスをした。
その後、どんちゃん騒ぎの宴会に突入し、翌朝になって吹雪が収まったので彼らを安全に下山させて、しばらく経ったある日のことだ。
適当に水やって観察日記をつけていた茸の苗床に、変化が起きた。
ひょろりとした小さな茸が、数本生えていたのだ。
冬の間はずっと囲炉裏に火を入れているので、家の中は比較的暖かい。
なので、土間の隅に並べている実験用の木箱から、茸がひょっこり生えてくる可能性も無きにしもあらずであった。
種類別に分けて土壌管理しているのだが、現在生えている場所を見ると、木屑が足りなくなったときに手近にあった米ぬかと混ぜてカサ増ししたのが、功を奏したらしい。
世の中、何か幸いするかわからないものだ。
「木屑と米ぬかの混合土壌の相性は悪くなさそう。
でも生えても数本だし、ちょっと成功とは言い辛いかな」
いくら基本的な知識があっても、私は素人だ。茸農家のようにパッと見ただけで一から十まで理解できるわけではない。
だがまあ貴重な成功例には違いないので、観察日記をつけて効率の良いやり方を模索していくつもりだ。
「あー、茸だけじゃなくてカビも生えちゃってるよ」
毎日水をやっているのだから、湿気でカビが生えるのは仕方ない。私は成功だけでなく失敗例まで、きちんと記録に残す。
「んー? そう言えば、カビも菌の一種だったような?」
カビが出来た土壌には茸が生えないか、明らかに成長が抑制されている感じだ。
私はそれを見て、ふむっと声を漏らす。
「もしかして、他の菌に駆逐されちゃってる?」
過酷な環境で着生するのは大変だ。
そしてたとえ土壌が良好でも、他の菌に栄養を奪われては、まともに育つはずがない。
一理あると思った私は、大まかな予想を事細かに記録に残す。
流れ的に、次回の実験は木屑と米ぬかを高温殺菌してから、茸の生育を行おうと心に決める。
「でもこの茸。一体何なんだろう?」
一応食用らしいが、椎茸、えのき茸、松茸ぐらいしかまともに覚えてなかった。
だがお供え物としていただき、焼いて食べたらそれなりに美味しかった。
そんな謎の茸をマジマジと観察して、今日も地道に生育記録をつけるのだった。
冬の間には、取りあえずの自分の知識をまとめた書物を書くだけでなく、模型の製作も行っていた。
秋の終わり頃に木製の机を作ってもらったので、畳の上よりも安定して作業しやすい。
おまけにただの四足机ではなく、現代の学習机の正座版で、右下には引き出しが付いているので便利である。
当然のように麓の村の村長宅や職人の家には必ずこの机があるというほど、もの凄い勢いで広まっている。
ちなみに何故今、模型作りをしているのかと言うと、未来の知識を口頭で説明するのが難しいからだ。
そして筆と紙で図面に書き起こしても、殆ど一方向からしかわからない。
これの裏側や内部はどうなっているのかと尋ねられたら、また新しく描いたり、少し思案してから、身振り手振りで説明しなければいけない。
しかし模型なら、複雑な内部構造以外は全方位から見られるので、説明を簡略化できる。
「滑車や千歯扱きは苦労したしなぁ」
まだあまり時は経っていないが、村の人に滑車と千歯扱きを教えた時のことを懐かしむ。
イノシシの血抜きのように、すぐ近くに現物があって実演できれば説明も簡単なのだが、やはりそう上手くはいかない。
結果的に最初の一個は私が作り、見本として提出するハメになってしまった。もちろん一発成功ではなく、何度も失敗した。
一緒に仕事をした時間は短いが、実用化に漕ぎ着けた時の感動はひとしおであった。
個人的にはプロジェクトなんちゃらのように、壮大なドラマにしても良いぐらいだ。
「うーん、水車の構造って、これで合ってるのかな?」
時代劇の水車小屋を参考にして、彫刻刀もどきで木材をちまちま削りながら作っていく。
今の私は冬籠りで時間だけはあるため、書物の作成と同じで、良い暇潰しになっている。
そして水車小屋の模型はと言えば、部品の大きさが不揃いなため、見た目は不格好である。
しかも再現できたのは表面だけで、内部構造は物凄く適当だし、水車は回転しなかった。
それでも大まかな仕組みがわかれば、あとは本職の人が補完して完成品を作ってくれることを期待しているのだ。
「でも水車小屋って、もうある気がするんだよね」
水は年中止まることなく流れているのだから、これを利用しない手はない。
時代劇だけでなく、日本昔ばなしにも出てきた覚えがある。
多分だが西暦六百年ぐらいには日本に伝わっていても、おかしくはない。
ただ、何故か麓の村に普及していない。
村の見回りも何となく雰囲気でやっていただけったので、もっと良く水場を探せば見つかるかも知れない。
「そう言えば松平さんたちから聞いたけど、戦場で受けた刀傷を治すためにアレはないねぇ」
水車の模型作りを一旦止めて、この間の宴会を思い出す。
刀傷の治療に、馬糞や尿を塗ったり飲んだりする場合もあると堂々と言っていたが、何でも排泄物に含まれる成分には止血効果がある。……と信じられているらしい。
「すぐに正しい傷口の治療方法を教えたけど。
そんな迷信がまかり通ってたら、怪我が悪化して亡くなった人は多そうだなぁ」
戦国時代は神や仏の神秘性が信じられているが、それとは反比例するように、科学技術はあまり発達していない。
なので仕方ないと言えるが、流石に間違った医療処置で死者が出ている現状を放っておくわけにはいかなかった。
「まあ、助言を与えるだけならセーフでしょ」
外に出て好き勝手に行動すれば悪目立ちするため、たちまち目をつけられて妖怪認定を受けるのは確実だ。
しかし参拝に来た人や来客に対して適当な助言をするぐらいなら、松平さんの後ろ盾もあることだし、そこまで危険人物とは思われないだろう。
それに麓の村が周囲よりもほんのちょっと発展したぐらいなら、歴史に大した影響は及ぼさない。
何より自分の死後がどうなろうと、そこまで責任は持てないので、結果よく江戸時代が来るまで引き篭もって過ごして、平和になった日本を旅しながら余生を送れれば、わが人生に悔いなしできる。
「迷信にすがっても神様は助けてくれないし、間違った風習は強引にでも改めさせないと、死者が大勢でちゃうよ」
衛生管理で怪我や病気から身を守る。これが何よりも大事であり、未来の日本では潔癖かと思えるほどにこだわっている人もいる。
「ただこれ、今の時代からすれば、絶対異端だよね。
幸い苦情を言いに家まで突撃してくる人は居ないけど、ちょっと不安だなぁ」
思えば千歯扱きを作った時にも、後家の仕事を奪うとは何事かと息巻いていた。
直接乗り込んでこなければ害はないが、もし真正面から抗議に来られたらどうしたものか。
「……その時になったら考えよう」
クレームの一つや二つで、歩みを止めるわけにはいかない。
そして松平さんも宴会の席で出来る限りの支援を約束してくれたので、大船に乗った気持ちでいよう。
と言うことで模型作りを再開して、一向宗のことなど頭の中から綺麗サッパリ忘れてしまう。
時々やってくるワンコと戯れながら、ゆっくりと流れる冬の時間を割とお気楽に過ごすのだった。




