三話 本多さんとの遭遇(4) 卵焼き
卵を発見した私は、もしかしたら他の鶏も生んでいるかも知れないと考えて、飼育係の子供たちと一緒にあちこちを探し回る。
すると昨夜から今朝にかけて、合計四羽が卵を生んでいたことがわかった。
そして私は、メスだと判明した鶏は足に紐を巻いてオスと差別化を図るようにと伝える。
理由としては、繁殖小屋を移動させて数を増やすのだが、とにかく未来の養鶏場を夢見て、今は一歩ずつでも堅実に進めてのであった。
なお卵を発見で内心狂喜乱舞した私は、今は場所を変えて後家さんの家にお邪魔していた。
村長宅や分社でも良かったのだが飼育小屋から一番近く、カマドが使える家がここだったので、ご厚意に甘えて料理させてもらうことにした。
竹籠の中に古着を敷いて生みたてだと思われる卵を四つ入れる。
それを台所の一角に置いて、小さな手には卵焼き器を持って、既に火を付けているカマドの前に立って、堂々と告げる。
「それでは、今から卵焼きを作ります」
見物人としては、後家さんや子供たちの他に、村の住人が家の外にも続々と集まってきていて、皆が興味津々という表情で様子を伺っている。
外野をいちいち気にしても仕方ないが、念の為に一言だけ告げておく。
「鉄鍋に油を敷き、食中毒を防ぐためにしっかり熱を通して焼くだけです。
調理法は簡単ですので、別に珍しいものではありませんよ」
薪を無駄にしたくないのでさっさと調理に入るが、フライ返しがないので特注した木べらを使う。
そして私は、少し濁った色の菜種油を卵焼き器に薄く敷く。
気泡がプツプツと出てきたところで、井戸水で洗った卵を割って、まずは一つ投下する。
カマドと卵焼き器の規格が合っていないので、初回は下に灰を入れて薪は高い位置にし、鉄の鍋を手で持ってバランスを取る。
この辺りも後々改善すべき点だが、狐っ娘の身体能力ならチョロいものだ。
卵が落ちると同時に、油が盛大に弾ける音に驚いたのか、様子を窺っていた村人から大声が上がる。
「「「おおおー!!!」」」
こっちとしては、ただ卵焼きを焼いているだけなのに、何とも賑やかなことだ。
(蓋を頼むのを忘れたから、目玉焼きは難しそう)
ついでに調理している間にごま油も欲しくなったが、今は木べらで何度も裏返して、両面をこんがりと焼いていく。
大勢が見ている前で失敗するのは嫌なので、しばらくは焼き加減を確認しながら慎重に調理を進めていった。
結果としては、食中毒を引き起こす菌がどの程度で死ぬのかわからなかったため、少し焦げたが何とか食べられる物が出来上がる。
一息ついて、私は卵焼き器を火元から離して、いよいよ実食に移る。
調味料が塩と味噌しかないのが不満ではあるものの、未来で当たり前に食べられていた卵焼きを戦国時代に食すのだ。
これは滅多にできる体験ではないだろう。
私は底の浅い木のお椀に移して、両手を合わせていただきますをする。
軸の翼をチョッキンした鶏から生まれた卵を食べるのだから、敬意を払わなければ失礼だろう。
とにかく卵焼きを箸で切り分ける。その後はヒョイッと摘んで、小さな口に運ぶ。
「……美味しい」
「「「おおおー!!!」」」
再びの大喝采である。
一体今の台詞の何処にそこまで盛り上がる要素があったのか。
問い詰めたいところだが、久しぶり過ぎる卵焼きの味に自然と頬が緩んで、私の目から一筋の涙が流れる。
(未来と比べれば美味くも不味くもないだろうけど。空腹は最高の調味料とはよく言ったものだね)
少しぐらい味や質が落ちても、未来では当たり前に食べられている料理が、今ここに復活したという喜びが補ってくれる。
そして卵はあと三つあるので、私は後家さんを手招きしてこちらに呼ぶ。
「次からは、貴女が作ってください」
「わっ、私がですか!?」
とても驚いている彼女に、私はこれからの壮大な計画を簡単に説明する。
「次からは貴女が私の代わりに、卵焼きを皆に教えていくのです」
「しっしかし、禁忌に……いえ、わかりました! 稲荷神様のご命令! 謹んでお受け致します!」
彼女は一瞬禁忌と呟いたが、それでも気を取り直して何ともやる気に満ち溢れる返事をする。
もしかして鶏の卵を食べるのはタブーなのかと考えたものの、今の後家さんは全く迷いがない。
なので、気の所為だったのかもと思い直す。
だがここで、卵焼き器と木べらは自分が持っている一品物しかないことに気づく。
「貴女にはこれを差し上げます。新品でなくて申し訳ありませんが──」
「とんでもございません! ありがたく頂戴致します!」
後家さんは慌てて膝をついて、卵焼き器と木べらを恭しく受け取る。
自分の調理器具は、また後日作ってもらえば良いし、今は久しぶりに卵焼きを食べられただけでも満足だ。
だが、いつまでも塩派の独走を許すわけにはいかない。
醤油派やソース派、ケチャップ派も早くレースに参入させなければと、私は気持ちを新たにする。
なお醤油っぽいけど大豆ではなく魚から採れる物を、今度松平さんが送ってくれるらしい。
なので、今後は醤油派が台頭してやっとまともな勝負になると、少しだけ嬉しくなる。
しかし先程、卵料理を作ることを躊躇ったり、鶏を傷つけることを嫌ったので、もしかしたら命を奪うことに抵抗があるのかも知れないことに思い至る。
私は未来のある習慣を取り入れるために、場を締めくくる前に堂々と口を開く。
「もし鶏の卵を使った料理に抵抗があるのなら、食事の前には手を合わせて、いただきます。
終わった後にも手を合わせて、ごちそうさま。そう口に出すのです」
今から言うのは、麓の村だけのローカルルールだが、これをすることで少しは心が楽になるはずだ。
「いただきますは、料理を作ってくれた方々と食材への感謝。
ごちそうさまは、食べ終わった後にもう一度携わった方々へのお礼となります」
食事とは動植物の命を奪って自らの糧にするのだから、こういった心構えがあるのとないのとでは大きく違うのであった。
なおこの後家さんと孤児たちだが、自家製卵の料理をお客に提供する飲食店としては日本初となり、当然のように大人気となる。
ちなみに数年前に訪れた外国の宣教師によって、日本に卵料理は既に伝わっている。しかし安定供給が難しい高級食材なため、庶民はなかなか手が届きにくいので、飲食店においそれと出せるものではなかった。
しかし長山村の料理店では卵が比較的安定して手に入るうえに、私の教えた未来の料理を再現しており、さらには味にも自信ありで、何より庶民のお財布にもとても優しかった。
そのあまりの美味さに、破格の条件を出して、大名が専属料理人として召し抱えようとするぐらいだ。
だが、自分は稲荷神様の元を離れるわけにはいきませんと告げて、その全てを突っぱねた。
そして、後にとある事情により店長と従業員の殆どは東京に移転して新たな店を開き、長山村の飲食店は後継者が引き継ぐことになった。
稲荷神様に認められた名店としての看板を、遥か未来になってもなお守り続けている。
だがしかし、どちらも本家本元を主張する争いが勃発し、そっちは未来になっても未だに解決には至っていない。しかしそれは、今の狐っ娘には預かり知らぬことなのであった。




