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中華航空140便事故

 同じく平成四年の三月に、月に変わってお仕置きよ! のアニメが放送された。


 中学生の少女と大学生の男性のカップリングがネタにされるが、私としては彼の独特な登場シーン、または格好つけ過ぎなポエムは割と好きだ。


 特にこっちの日本ではネット技術が発達しているので、仮面の紳士が出るたびに毎度大草原になる。

 私は書き込むのを自重しているが、リアルタイムで見ていると大いに盛り上がるのだった。




 続いて、四月十三日から五歳児のアニメが放送を開始となった。

 野原家がこの時代の普通の家庭ならば、時が流れてもその水準を維持できるようにしたいものだ。


 だが、バブル経済が終りを迎えた以上、ここからは下がる一方だろう。


 今のところは上がりが緩やかになった以外に、まるで実感が沸かないが、就職氷河期はもう目の前まで迫ってきている。

 それを考えると、私は言いようのない不安に襲われるのだった。







 十月になって、隣の大国が神皇に訪問してくれないかとお願いされた。だがここで私はキッパリとお断りしたので、代わりに朝廷が向かうことになった。


 その後は、都市銀行が十二兆以上もの不良債権を抱えることもなく、風船おじさんがアメリカへの飛行途中に救助されたりと、お騒がせは何度かあったものの、平成四年は割と平穏に終わったのだった。




 平成五年になり、五月にパソコンの互換性アプリのINARI93が、日本だけでなく全世界に向けて輸出されて、加速度的に普及し始めた。

 純国産企業が開発したので、この先の窓95とかどうなるんだろうなと思いはするが、そこまで考えて成るようになるかと棚上げする。




 さらに七月には第十九回先進国首脳会議が東京都港区の赤坂迎賓館で開幕したりと、何とも国際化が著しいと感じる。


 しかし八月になって、九州南部で記録的な集中豪雨による大規模な河川氾濫や土砂災害が発生する。

 そこで多数の死傷者が出てしまった。


 体が頑丈でフットワークが軽い私はその日のうちに慰問に行き、先んじて被災地に用意してあった大鍋を前にして、しっかりと固定された踏み台に飛び乗る。


 そして、近衛やお世話係が皮を剥いた野菜を投げては、割烹着の狐っ娘が包丁を振るって適切な大きさに切り分けて、大鍋にチャポチャポと落としていく。

 意味があるようで全く意味のない超絶技巧であるが、現地の人たちには大好評である。


 その後、一段落したあとに何百人分になるかという豚汁を、巨大な木杓子でグルグルかき混ぜるという、神皇が慰問するたびに行われる恒例行事を、被災地の民衆たちに披露して皆を笑顔にしたのだった。







 割と平和な平成五年は終わって六年となり、PSとSSが発売された。


 もちろん正式名と性能は違うが、次世代ゲーム機戦争がゲーム雑誌のみならず、一般のメディアでも取り上げられて大きな注目を集めた。


 特にライトオタクの私は興奮しっぱなしであり、こっちの日本では、果たしてどちらが勝つのかと目が離せない。




 それはさて置き、二月四日に種子島宇宙センターから、オーストラリアと共同開発した有人ロケットが打ち上げられた。


 宇宙コロニーや月面ドーム、または火星有人探査船の開発が本格化してきたことを、家の薄型テレビに流れるニュース映像で察した。


 今の日本は私が前に居た未来よりも技術が発展しており、地球から宇宙へと舞台が移りつつある。


 なので、もっとも早く宇宙に旅立ったのは日本とオーストラリアだ。


 日本国民を戦国時代から見守っていた私としては、思えば遠くへ来たものだと呟いたあと、コタツに置かれた熱い緑茶を一気に呑み干す。


 そして引き続き放送されたIHKニュースから、今日の小狐を見て、ほんわか癒やされたのだった。







 四月になり、私がお忍びで井の頭公園を散策していると、ポリ袋を持った二人組の中年男性から、濃厚な血の匂いを感じた。

 なので慌てて呼び止めたら即逃げようとしたので、有無を言わさず問答無用でボコボコにした。


 その後にポリ袋の中を改めた結果、バラバラ殺人事件が発覚したのでとても驚いた。

 正直キツイものがあったが、戦国時代で死体には慣れていたおかげで、嘔吐まではせずに気分が悪くなる程度で済んだのは幸いだった。




 だがしかし、その三日後に名古屋空港で事故が起こったため、そちらが何度も報道されることとなり、凄惨だが今いち印象に残らないバラバラ殺人事件だ。


 私的には死傷者を出してしまったという胸くそ悪い結果になったので、いつまでも思い出させられるよりは良いかと、前向きに考えたのだった。







 それはさて置き、問題は名古屋空港で起きた航空機事故のほうだ。


 日付は平成六年の四月二十六日だが、私はふと昔が懐かしくなり、久しぶりに古巣である豊川にお忍びで様子を見に行きたくなった。




 お忍びで現地入りした私は、平成の長山町を適当に散策したり、かつての神主さんの子孫に挨拶をした。


 それが終わったあとは、過去に住んでいた稲荷山の中腹に建てられた社務所を見に行くと、当時のままの状態で保存されていて、今は国の最重要文化財として登録されていると知る。


 中身は戦国時代では珍しくない小ぢんまりとした一軒家で、特長としてはすぐ近くに天然温泉があるぐらいだが、それがまさかの最重要文化財とは、何とも感慨深い。




 なお家の中を見学できるらしいが、私はすぐに回れ右して山を降りることにした。


 こういうのは十中八九、私が昔使っていた所持品が展示されているものだ。

 ついでに大勢の参拝客や観光客で混雑していることから、ふとしたことで身バレする可能性が高い。


 過去に住んでいた家や温泉、学校がどうなったのか気になったが、こっちに残してきた狼たちの子孫と交流を深めたので、まあヨシとする。




 参道の入り口に到着した頃にはすっかり日が暮れていたが、せっかく愛知まで来たのに、そのまま東京に帰るのは何だか勿体ない。

 なのでここは、名古屋飯を食べてから家に戻ろうと考えた。


 未来の味覚もバッチリ覚えているので、四百年以上ぶりの食べ比べも面白そうだ。

 食欲旺盛で年中育ち盛りの狐っ娘は、自らの欲望に忠実に真っ直ぐに突き進むのだった。







 私が名古屋飯を食べたいと希望を伝えたところ、お世話係がすぐにスマートフォンで検索する。

 移動時間を考慮して、開店時間が日付が変わるまでやっている店舗を表示してくれた。


 ちなみに自分が選んだのは名古屋空港付近にある、鰻もやっている居酒屋であった。


 味噌カツや味噌煮込みも惹かれるが、今日はひつまぶしの気分だった。


 あとは、エビフライは名古屋名物ではないと聞いて、これも歴史を改変した影響かなと思ったが、有名タレントがエビフリャーと言ったことがキッカケだという、割とどうでもいい雑学を知るのだった。




 まあそれはともかく、豊川から電車やバスを使い、目的の居酒屋に到着する頃には、時刻は午後八時を過ぎていた。


 知る人ぞ知るという触れ込みだったが、ネットに載るぐらいだ。

 閉店間際だとというのに店内は大勢のお客さんでごった返していて、外にも数人ほど並んでいた。


「話をつけましょうか?」

「少し待てば入店できるのです。このまま並びましょう」

「承知致しました」


 お世話係が私に耳打ちして、店主に正体を打ち明けて特例として入店しようかと尋ねるが、根っこが庶民なのでお店にも他のお客にも迷惑をかけたくない。

 なので今回も、一般客として並ぶことに決める。




 しかし何というか、甘辛のタレに漬けて焼き上げている蒲焼きの匂いが、換気ダクトから店の外へと広がって食欲を刺激してくる。


 こうやって景色を見ながら今か今かと待ちわびるのも、何だか久しぶりでワクワクする。

 それに名古屋空港が近いので、離発着する便を見て暇を潰せるのも良い。


「今、着陸に失敗したような気が」


 着陸しようとした航空機が、地面まであと百メートルほどまで下がった後、再び速度と高度をあげた。狐っ娘の視力でなくても確認は容易なのだが、あまりにも予想外だったのではつい声を漏らしてしまった。


 こういう失敗は珍しいので、お世話係や近衛だけでなく、並んでいる客や通行人も不自然に急上昇を始めた機体に驚き、声を上げたり指を差したりして、皆が目で追っている。


「心配なので、ちょっと行ってきます」


 居ても立っても居られなくなった私は、まるで散歩にでも行くような気軽さで、あっけらかんと口を開くのだった。







 先程着陸をやり直そうと高度を上げた航空機が、傾斜角五十度を越えてしまい、上昇に機体が耐えられずに、一気に失速する。


 このままでは地面へと真っ逆さまに墜落するのは目に見えているし、もはや一刻の猶予もない。


 私は地面を蹴った後に狐火ロケットを放出して凄まじい速さで飛翔する。

 そしてすぐに機体の中央部分をしっかりと両手でしっかり掴み、何とか現在の高度を維持する。


(墜落は防げたけど、……おおっと!)


 空中で受け止めることで機体の墜落は防げても、私は下から支えるだけが精一杯だ。

 中でどのような操縦が行われているかは、狐耳を澄ませても中国語でやり取りをしているらしく、全然理解できない。


 つまり現状では、パイロットと連携を取るのは不可能である。


(しかも全然機体が安定しないし! 何なのこれ!)


 機体トラブルが主翼やエンジンにあるなら私が破損箇所を補えば、パイロットが適切な行動を取ってくれる。

 しかし何というか、今回はどうにも上手くいかない。


(まるで、機体のコンピューターとパイロットが戦ってるみたいだよ!)


 完全な当てずっぽうだが、そうとしか思えないのだ。


 航空機の動きはちぐはぐで、何とか着陸しようと色々試してはいるようだが、現実として上手く行っていない。

 既に墜落を阻止してから数分ほど経ったが、名古屋空港の周りを不安定に飛び回っている状況だ。


(もし燃料切れたら、私だけじゃ支えきれずに墜落しちゃうかも)


 どうしたものかと思い悩んだところで、自分には現状機体を安定させることしかできない。


 しかし速度が落ちれば途端に不安定になり、このままいつまでも事態が進展しないようでは、いつかは燃料切れで支えきれずに落っことしてまう。




 そんな八方塞がりの状況に焦っていると、名古屋空港の滑走路から何者かが上昇を開始して、こちらに真っ直ぐ近づいてきていることに気づいた。


「稲荷神様! お待たせ致しました!」


 駆けつけてくれたのは、強化外骨格を改修することで宇宙服サイズから小型の戦術機まで大きさと出力を引き上げた、空軍の特殊兵装部隊だった。


「空のことなら我々にお任せください!」


 まだ配備されたばかりで数は少なく、近くの駐屯地からかき集めても数十にも満たないが、それでも空軍はスラスターユニットに特化しているので、心強い味方には違いない。

 おかげで私はとても勇気づけられた。


「空軍の助力に感謝します」

「お褒めいただき恐悦至極でございます! では、空軍のコンバットフレームの力! 今こそお見せしましょう!」


 最初は先行してきた司令官機だけだったが、時間と共にどんどん増えていく。


 航空機に取り付いて支え、しっかりとバランスと取る。

 さらに部隊で上手く連携をとって高度や速度の細かな調整を行い、航空機の姿勢を安定させる。


「管制室! 今すぐオートパイロットとエンジンを切るように伝えてくれ!

 これより先は我々航空自衛隊が下部から支えて、手動で滑走路に着陸させる!」


 ゴツい機体に乗って顔は見えないが、私は角のある指揮官機らしいコンバットフレームに話しかける。


「頼もしいですね。では、後はよろしくお願いしますね」


 外部との連絡手段が使えない私が参加しても、連携を乱す要因になってしまう。


 それに相手は空で起きる事故や事件解決のプロだ。航空機のことを良く知ってそうな航空自衛隊に任せるのが得策に思えた。


「はい! お任せください!」


 司令官だけでなく、他のコンバットフレームも一斉に頷いたことで、そんなことまで連携を発揮しなくても良いのにと思ってしまう。


 だが私は、今はツッコミを入れるのではなく、邪魔にならないようにさっさと航空機から離脱する。


 それでも何かあった時のためにと、しばらく空中に留まって成り行きを見守る。


 すると数分かからずにエンジンが切られたようで、勢いをなくした飛行機は航空自衛隊に支えられながらゆっくりと降下し始める。


 結果、夜の名古屋空港へと無事に着陸して事なきを得たのだった。







 なお中華航空百四十便が墜落寸前までいった事故だが、自動制御システムから手動への切り替えが、上手く行かなかったことが原因と判明した。


 自動化のスイッチを入れるのは簡単でも、解除するには複数で面倒な手順を踏まなければならず、しかも現在どの機能を使っているのかが、文字が小さくわかりにくい。


 必須研修を受けて合格した項目と今回搭乗した機体のシステムが異なるのも、要因の一つだ。


 ちなみに今回のオートパイロット機能を巡っては、既に三回も事故を起こしかけていたりと、何とも闇が深かった。




 だがまあ何はともあれ、大惨事は未然に防がれた。


 今後はこれを教訓にしてオートパイロットシステムの改修に力を入れて欲しいものだが、残念なことに修正は強制ではない。

 結局隣の大国の気分次第となるため、そのまま運用する可能性も十分にある。




 どちらにせよ、あとは国や企業でのやり取りになる。

 政治や経済の素人の私は、森の奥の我が家にさっさと引き篭もってしまった。


 その上で名古屋土産のういろうを小さな口でモキュモキュしながら、IHKニュースで航空会社の責任追及問題を、何処か他人事のように眺めるのだった。

中途半端ですが平成はこの話で終わりです。この後は西暦二千二十年に話数が巻き戻って完結となります。お疲れさまでした。


次回からは戦国時代の新章となり、稲荷様は平穏に暮らしたいの本編では描かれなかった物語となります。

なるべく毎朝六時の投稿を、心がけていくつもりです。

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― 新着の感想 ―
[一言] これだけお出かけするといろいろなこと起きるのでは周りも慣れますよね。 稲荷様お出かけとなると、周辺の警察消防は即応待機、3軍が最精鋭部隊が最寄りの基地に移動しスクランブル状態ですね。 どこ…
[気になる点] > 時刻は午後十一時を過ぎていた。 中華航空機140便の墜落時刻は、UTC(グリニッジ標準時刻)11時15分(日本時刻20時15分)です。 日本時刻では午後8時過ぎなのです。敢えて午…
[一言] 月に代わってお仕置きしちゃう物語は、おつきが猫ちゃんから狐に変わっていたりして。 原作者の武内さんは、この世界でも冨樫さんと結婚するのだろうか? クレヨンなしんちゃんも、犬が狐に代わってま…
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