偏向報道

　脅迫事件を解決してしばらく経った私は、居間の薄型テレビに映るＩＨＫニュースを見ながらちゃぶ台に頬杖をついて、海苔煎餅をボリボリと齧っていた。

　ドローンで撮影したのだろうが、配送トラックとタクシーのカーチェイスシーンが報道されているのを見て、ふと思い出した。

　そう言えば去年もこれとは別の事件が起こって、お世話係への就職が決定した女性が居たのだ。

「んー……あれは確か、去年の夏だったかな？」

　東京都北西部と埼玉県南西部に何度か食べ歩きに行ったことを思い出す私だが、その途中で事件に遭遇して、誘拐されかけていた幼児を救出することになったのだ。

　本来ならすぐに犯人を追いかけるべきなのだが、助けた幼女は余程怖い目に遭ったのか、私にべったりくっついたまま離れなかった。

　なので仕方なくその場に留まり泣く子をあやして、犯人の追跡を断念したのだった。

　それでも走り去ったのは紺のラングレーで、ナンバープレートが三桁であることを突き止めたので、全くの収穫なしではなかった。

　しかし警察の必死の捜索を嘲笑うかのように、犯人は今田勇子と名乗り、今年の二月に大手新聞社と最初の被害者宅に犯行声明を郵送した。

　そこには正体を隠した私が助けに入らなければ、入間川に沈めて少女を殺すつもりだったと、書かれていた。

　犯人にとっては、あと一歩のところで謎の幼女の邪魔が入ったぐらいの認識だったことが明らかになり、ちゃんと変装した効果があったことに、少しだけホッとする。

　あまり頻繁に正体がバレると、おちおち食べ歩きも出来なくなるので、私は取りあえずお口チャックで、それも私ですと名乗り出ることもなく、報道番組を静かに見守ったのだった。

　事件のその後だが、年が明けての六月に五歳の女児が誘拐されかけている現場に遭遇し、間一髪で救出したものの、またもや犯人に逃げられるという失態を犯す。

偶然見つけて助けるのはいいのだ。

しかし、コアラの子供のようにギューッと抱きついてギャン泣きするので、これではあやすので精一杯になってしまう。

　怖い目に遭った子を無理やり引っ剥がすわけにもいかず、関わってしまった以上は放っておくことはできないため、最後まで面倒を見ることに決める。

　なので、もし困ったら東京の稲荷大社に連絡を入れなさいと告げることで、何とかなだめすかして、お世話係が連絡して親御さんを現場に呼んで、ギャン泣きしていたお子さんを返す。

　その際に名前を尋ねられても、謎のヒロインフォックスという偽名で貫き通し、それ以上は何も語らずに颯爽と立ち去ったのだった。

　時は流れて、平成元年の七月二十三日になり、ふと東京八王子市にお出かけしたくなった。

　念の為に八王子人気スイーツランキングを調べて、お世話係と順路の打ち合わせをしたので、準備もバッチリだ。

　だがしかし、残念ながら気分良く食べ歩いている最中にトラブルに遭遇する。

　何やら路地裏から不審な声が聞こえることを、私の狐耳が感知したのだ。

　食べかけのどら焼きを急いで飲み込んで、護衛を置き去りにして急いで現場に向かう。

　するとそこには、幼い姉妹二人を裸にひん剥いて写真撮影を行う、中年男性の姿があった。

　あまりの事態に思考が一瞬停止するが、変態不審者を目撃した時にどう動くかは決まっている。

　それは即ち、開口一番に相手の顔面をぶん殴ることだ。

「止めなさい！」

　女性らしく悲鳴を上げるとか全くなく、清々しいほどの脳筋だが、私にはこれがもっともしっくり来るのだ。

　結果的にビデオカメラで撮影していた中年男性は後ろに吹っ飛んで、二度三度と地面に跳ねて、ピクピクと痙攣して白目をむく。

　手加減したので死んではいないだろうが、念の為に救急車を呼んだほうがいい。それともまずは警察だろうか。

　なお幼児の姉妹は突然乱入してきた私の姿を見て、勢い良くこちらに駆け寄ってきた。

「「稲荷神しゃまー！！」」

「ヨシヨシ、もう大丈夫ですよ」

　犯行現場を目撃したあとは、余りにも急加速で突っ込んだので、頭部を隠していたパーカーが脱げてしまい、狐耳がピョコンと覗いていた。

　それを見て私だとバレたのだろうが、これで安心させられるのならまあ良いかなと思った。

　しばらく路地裏で私に抱きついてきた姉妹の頭をヨシヨシと撫でていると、やむを得ずに置いてきた近衛とお世話係が、警察やらゴツい集団やらを引き連れて駆けつけてくれた。

「稲荷神様！　遅れて申し訳ありません！」

「構いません。それより、そこで伸びている中年男性の逮捕をお願いします」

「了解致しました！」

　私はそう言って地面に仰向けになって気絶している中年男性に視線を向けると、警察がすかさず彼を取り囲んで、手錠をかけた。

　その後、担架に乗せて何処かに運び去っていく。

　これにて一件落着したことに安堵するが、過去に連続して起きた誘拐未遂事件を思い出して、私は重い溜息を吐いてしまう。

「はぁ、女児誘拐事件の犯人もまだ捕まっていないのに」

　今回の不審者は誘拐こそしていないが、現実の女児で無知シチュを撮影するなら断じて許されることではない。

　世の中にはこういった変態が存在することは理解しているが、きっと彼は氷山の一角に過ぎず、明るみに出ていない者も大勢ることだろう。

　なので早く真犯人が捕まって欲しいと思いつつ、相変わらず私にベッタリくっついている女児姉妹に怪我をさせないよう、やんわりと引き剥がすのだった。

　変態逮捕から数日が経過し、私は稲天堂から今年発売されたばかりの携帯ゲーム機と据え置き機も兼ねたイナッチを手に持ち、居間の畳の上にごろ寝しながら遊んでいた。

　そんな自分の狐耳に、薄型テレビに流れる他局ニュース番組のコメントが入ってきた。

　女児姉妹の全裸姿を撮影していた中年男性は、宮崎と言う名前らしく、東京と埼玉で発生していた連続幼女誘拐未遂事件の真犯人だった。

「何だかわからないけど、事件が無事に解決して良かったよ」

　宮崎容疑者はこれから厳しく取り調べを行うが、女児に対して性や殺人の衝動を持っていることが判明しており、たとえ死刑は免れても一生刑務所か精神病院で過ごすのは明らかである。

　私としてはこのまま出て来なくても別に困らないと考えながらゲームで遊び、狐姿に変身したロリっ子の配管工を操作して、軽快な音楽が鳴るステージを順調に進んでいた。

　一方ニュースはまだ続いており、犯人の部屋から押収された様々なブルーレイや雑誌がデカデカと映し出された。

「へえ、ホラー映画と児童ポルノ作品が押収されたんだね。えっ？　……あれっ？」

　慌てて飛び起きた私はマジマジとテレビ画面を眺めて、今の報道をもう一度確認した後、慌ててゲームを中断してイナッチをスリープモードにする。

　そしてスマートフォンを操作して、急ですが大本営発表を開きますと関係者に告げると、準備を済ませて稲荷大社の特設スタジオに向かうのだった。

　自らが大本営発表を開くのは久しぶりだが、連絡を受けてすぐにＩＨＫの報道陣が集まった。

　そっちの準備も整ったようなので、私は撮影開始の合図を送る。

　堂々とした態度で椅子に座り、真面目な表情で開口一番いつも通りの本音を語る。

「先程、連続女児誘拐未遂事件の容疑者宅からの押収物を、ニュース番組で拝見しました」

　ニュースで事あるごとに強調されていたのは、ホラー映画とポルノ作品だった。

　宮崎容疑者の犯行動機はその二つが原因であると主張こそしていないが、視聴者にそう思われても仕方がない報道だ。

「取り調べはまだ始まったばかりですし、犯人像を決めつけるのは時期尚早ではないでしょうか」

　正直この発言の正否は私にはわからない。

　しかし、たとえ報道が事実だとしても断じて認めるわけにはいかない。

　何故ならこれは、テレビゲームやアニメ、漫画やラノベを読んでる奴は犯罪者予備軍だと、そう決めつけているのも同然であり、その流れを受けて今後は規制が厳しくなる可能性も十分にあるのだ。

　だがこっちの日本ではオタクの人権は守られているほうだ。

　それでも正史のような厳しい規制と差別で冬の時代が到来しないとも限らないため、ライトオタクのわたしとしては、何としても避けたかった。

　たとえ報道が全面的に正しくて正義であったとしても、私は最後まで戦わなければいけないのだ。

「押収されたＤＶＤやブルーレイの中に、ホラーやポルノは何本ありましたか？

　もし全体の半分以上を占めていれば、そう印象付けられても仕方ありませんが──」

　ここで一旦言葉を切って、深呼吸を行う。

　今から喋る言葉は、下手をすれば自身の身に跳ね返ってくるほど強烈で、最悪神皇の立場が揺るぎかねない。

　しかしだからと言って引くわけにはいかないので、少しだけ緊張しながら口を開く。

「もしこれが故意に歪められた報道だとしたら、取材を行った記者とそれを通した局や関係者を、私は軽蔑せざるを得ません」

　あっちの日本では偏向報道は珍しくないが、局の主観がどの程度入っているかは私にはまるでわからない。

「真実をそのままに報道できていないと言うことは、国民はマスコミに扇動されているということを意味します」

　この発言は下手をすれば報道関係全てを敵に回し、稲荷神辞めろコールを誘発することになる。まさに諸刃の剣であった。

「バラエティ番組で、やらせをするなとは言いません。

　ですがせめて、現実の事件だけは嘘偽りなしに報道してください」

　取りあえず言いたいことは全て言い終わったので、ＩＨＫのスタッフに合図を送った。

　テレビカメラを切ったことを確認した私は、これはもう報道関係を敵に回して、神皇の退位まで秒読み間違いなしだろうなと考える。

　この場に居るテレビスタッフも、内心では私を疎ましく思っているかも知れない。

　それでもせめて退位するまでは、表面だけでも仲良く接してもらいたいものだ。

（人気に陰りが見える前に、自分から崖から飛び降りちゃったよ）

　惜しまれつつ引退や、存在を忘れられてひっそりと退位ではない。

　報道機関に喧嘩を売って、扇動を受けた日本国民からの辞めろコールだ。

　下手をすればこれから一生、心が休まる日が来ないかも知れない。

　しかしオタク文化を守るためには戦い続けなければいけない。一度でも地に落ちてしまえば、もはや声高に主張することさえ、悪と見なされて排斥されてしまうのだ。

　だがまあ肉体的にはピンピンしているが、精神的にどっと疲れた。

　なので椅子から立ち上がって両手を空に伸ばしたあとは、賽は投げられたと諦めて現状を受け入れる。

　取りあえず今はロリっ子配管工の続きが遊びたいので、さっさと我が家への帰路につくのであった。

　なお後日、事件の取材をしていた木村さんと名乗る記者が、偏向報道があったことを認めた。

　数十冊あった雑誌のうち、成人向け書籍を一番上に向けて撮影したり、五千七百八十七枚という膨大なＤＶＤやブルーレイの大半は健全なアニメ作品だった。

　成人向けや幼女関連は四十四本に過ぎなかったのだ。

　私的には押収した中身を知って、オタクバッシングは何も解決していないなと感じたが、容疑者がロリコンとホラーマニアだけではないと、はっきりした。

　つまりは、現実と空想と犯罪行為の境界はしっかりしており、必ずしもその手の映像作品を見たから犯罪行為に及んだ。

　……という安直な理由ではないと、国民に強く印象づけられる結果に繋がったのだ。

　あとは私が犯人を捕まえただけでなく、偏向報道を見破って関係者を諌めたことも高く評価されて、またも日本国民にワッショイワッショイされてしまう。

　逆にマスコミやニュース番組の信憑性は地に落ちたが、実際に捏造があったのだから仕方がないし、どうせ喉元過ぎれば熱さを忘れる。

　何にせよ、神皇が大ブーイングの末に退位はなくなった。

　しかし逆に株を上げる結果になり、また普通の女の子になる日が遠ざかってしまい、我が家の居間でちゃぶ台に頬杖をついた私は、大きく溜息を吐くのだった。