8.ワタクシ、ナニモ、キイテナイ
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扉を蹴破ったお父さまから着想を得て、二種類の魔法と魔力操作を組み合わせてみた。すると、あら不思議。事故の前と変わらず立ち上がることができました。イェーイ、パチパチ。
いや、まあ……正直な話、そこまで大変なことじゃないのだけれど。
この世界の魔法って基本、自然現象――火や水とかに体内の魔力で働きかけることで成立する。簡単に言ってしまえば、魔力を流して好き勝手操ってしまう、言わばラジコンだ。けれど、強力な魔法を使おうとすればそれだけ魔力も必要だし、構築する魔法陣も複雑になってくる。
今回、わたくしはこの魔力操作で自分の足に働きかけ、自分の思うように足を動かしている。普段、何気なくしている『歩く』という行為も、意識してやらないといけないから、慣れるまで大変だと思う。
それと、魔力操作だけだと足への負担がとんでもないことになるから、これ以上悪化させない為にも身体強化と活性魔法を使ってみた。身体強化で無理やり動かしている負荷に耐え、それでも尚、魔力操作で傷ついてしまった場合、活性魔法でその箇所の回復を促進する。
……これ、魔法解いた時の反動がとんでもないことになりそう…。筋肉痛で済めば良いのだけれど。
まあ、それはいいや。それよりも今はヴィクター。わたくしが生きている状態でゲームと同じ道を辿るのだとしたら、わたくしは高確率で監禁されてしまうだろう。それってあれ……ヤンデレってやつじゃない?そんで、ヤンデレって「お前を殺して俺も死ぬ!」みたいなあれでしょう?…あれ?違う?
どちらにせよ、わたくしの身に危険が迫っているのには違いない。回避するに越したことはないでしょうし、いつ爆発するかも分からない時限爆弾を前に、何もしない人なんていないでしょう?だから、お医者様を待っている時間も惜しいのよ。
「ほらほら。立って、マーサ。ヴィクターの所に行って驚かせてやりましょうよ。わたくし、もうこんなに回復したのよって」
「は、はぁ…え?はい?」
ぽかん、と呆けたままわたくしを見上げるマーサを急かして立たせて寝室を出る。そこで大きく体を反らせて伸びをする。やっぱり、ずっと寝たきりだったせいか、少しだけ痛かった。
「マーサ!早く早く!!」
「へ?あ、お待ちくださいお嬢様ぁぁ!」
羽が生えたような、なんて表現をよく聞くけど、今のわたくしの足はまさにその状態。ロボットみたいなカクカクした動きになると思ったのだけれど、滑らかに、普段と変わらなく―――いや普段以上にすいすい動く。重力をまるで感じない足に、まさか感覚までやられてないよな?と心配になってしまう。それでも、今ならどんなに難しいダンスのステップでもできそうだ。なんならコサックダンスでも。いや、やらないけどね。
「騒がしいな…一体、何があ…」
「あら、お兄さま」
ルンルンで隣の部屋を通り過ぎようとすると、タイミング良く中からお兄さまが顔を覗かせた。そう言えば、隣の部屋にいるってお父さまが言ってたわね。
「…なん、だ……フェリか」
わたくしを見てお兄さまは氷漬けにされたかの如く、固まってしまった。その視線はわたくしに固定されたまま。
……そう言えばお兄さま、わたくしの足がもうダメだって知っているのかしら?
意図してしなかったとは言え、驚かせてしまったか、とはたと気付いたのとほぼ同時。お兄さまは何故かホッとしたかのように胸を撫で下ろした。
「どっか行くの?」
「えぇ、ヴィクターのところに。一週間も眠っていたらさすがに小腹がすいてしまって。ヴィクターも誘って一緒に食べようかと思って」
「ヴィクター?」
少しおどけて見せれば、お兄さまはまるで初めて聞く単語のように、ヴィクターの名前を反芻する。それから、すぐにくしゃりと眉間にしわを寄せたから、お兄さまもヴィクターがどんな状態か知っているのだろう。
「えっと…今、ヴィクターは」
「大丈夫です、お兄さま。既にマーサから聞き及んでおります」
「そう。なら、気を付けてよ。屋敷の中とは言え、必ずしも安全とは言い切れないんだから。」
「あら……」
流れるように私を心配する声をかけてくださるお兄さま。…やっぱり、何か悪いものでも食べたんじゃ……?それとも、このお兄さまは身代わりか何かなの?
「あんまりはしゃぎすぎないようにね。……いつも口うるさいのはそっちなんだから。守ってよ」
「あら。ごめんなさい」
わたくしの口先だけの謝罪に、お兄さまは一言、ん、とだけ返して部屋の中へと戻って行った。終始冷静だったというか、ローテンションだったと言うか……。前までのお兄さまと全然違うなぁ。
扉の向こうへと消えたお兄さまを見送りながら、そんなことをぼんやりと考える。
部屋の扉が完全に閉まるのを見届けてから、わたくしはマーサを連れてヴィクターの部屋へと向かった。
―――わたくしがその場を離れて数十秒後に、三人分の絶叫が聞こえただなんて、わたくしは知りませんわ。……何も聞いてないもの。




