表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/43

7.天才なのかもしれない

「ずびっ…ずびばぜんんんんお嬢ざばぁぁぁぁぁ!」

「え、えっと…マーサ。落ち着きましょう?わたくしは大丈夫だから、ね?ほら、深呼吸しましょう。ええっと…ひっひっふー、ひっひっふー」



 私の名前はマーサ。平民出身で姓もない、しがない使用人だ。縁あって、グラッツェル公爵家で働かせてもらっている。今から12年前、私が14になった頃に旦那様に拾っていただいた。

 下働きのメイドから始まって、気が付けば12年。いつの間にやら私は、ただの下働きからお嬢様付きの侍女に大出世していた。

 平民の出である私がお嬢様付きの侍女だなんておこがましいにも程があるが、このグラッツェル公爵家は血筋よりもその人の能力を優先させる場所だった。他の貴族様のお家ならあり得ない高待遇だ。


 私がお世話させていただいているお嬢様――フェリシエンヌ様も、そんなグラッツェル公爵夫妻に似て良い意味で貴族らしくない方だ。

 貴族の、しかも公爵家の者だからと他者を見下したりしない。私たち使用人の仕事一つひとつにも丁寧にお礼を言ってくださるお優しい方だし、好奇心の塊のような方でもある。普通の座学は勿論、普通のご令嬢なら絶対に学ばないであろう、剣も乗馬も習う。そして努力家。しかも、それを始めたのがたったの4歳から。

 …丁度、兄君であられるシャロン様が様々なことをサボるようになられてからだ。


 その上、さすがは旦那様と奥様、お二方のご息女だ、と言わざるを得ない程整った容姿をしていらっしゃる。旦那様譲りの柔らかな白銀の御髪に、奥様譲りの大きなエメラルドの目。まろい頰はほんのり桜色で愛らしく、うっかり折れてしまいそうな華奢な体は庇護欲をそそられる。

 初めてお会いした時はこの世の生き物じゃないように思えた。


 そんな愛らしくて堪らないお嬢様の目の前で、私は今、はしたなくも声を上げて号泣してしまっている。

 事の発端は、先日、お嬢様が馬車に撥ねられてしまったこと。私はその瞬間を見ていないが、居合わせたという使用人仲間のジャン曰く、お嬢様の小さな体はいとも容易く宙を舞ったという。……はっきり言おう。心の底から、その場に居合わせなくて良かったと思う。

 なにせ、撥ねられた際に頭を強かに打ち、そこから血を流したお嬢様が運ばれて来たのを見ただけで心臓が止まるかと思った。まるで誰かに心臓がを鷲掴みにされているような、そんな気分になってしまったのだ。もし、居合わせていたら私はショックで死んでしまっていたかもしれない。

 それくらいの恐怖を感じたからこそ、お嬢様が目を覚まされた時は小躍りするくらい嬉しかった。―――勿論、心の中で。しかし、それは束の間の喜びで。奇跡的な生還を果たしたお嬢様に現実は牙を剥いたのだ。

 まるで生還の代償だとでも言うように、お嬢様は足の機能を失ってしまった。立つこともできないお嬢様。起きたばかりだと言うのに、受け入れ難い現実を前にして、お嬢様は私に尋ねた。自分の足はどうしたのか、と。


 この時程自分を恨んだことはない。無力な自分には勿論だが、それよりも、お嬢様に馬鹿正直に自分の知っていることを話してしまった自分を恨む。きっとこの先一生、今日ほど後悔する日はないだろう。

 エメラルドの瞳はショックに揺れ、桜色の頬は青褪めて、唇が震えていた。泣くわけでもなく、喚くわけでもなく、ただただ正面から現実を受け止めていた。

 そのお姿を見て、お嬢様ではなく私が限界を迎えた。一瞬にして目の前が大きく歪み、大泣きしてしまったのだ。本来なら、一番に泣きたいのはお嬢様の方だろう。けれどお嬢様は泣き出してしまった私を宥めて優しくお声をかけてくださるのだ。お嬢様のその優しいお言葉に、益々涙が溢れた。


 泣き止まねば。泣いて良いのは私ではない。

 そう思ってしゃくり上げながらも深呼吸しても、私の涙は引っ込んでくれそうにない。それどころか、泣き止もうとすればするほど、目の前が大きく歪むのだ。



「……ふぅ…やれそうね。ねぇ、マーサ。ちょっと見ていてくれる?」

「は、はへ?」



 待てども待てども泣き止まない私に嫌気がさしたのか、大きく息を吐き出したお嬢様。しかし、お嬢様は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を見て、ふわりと笑ってくれたのだ。そして、一度目を閉じたかと思うと小さな、よいしょ、という小さな掛け声がかかった。次の瞬間。お嬢様は何事もなかったかのように()()()()()()()()()()



「え……えぇぇぇぇええぇ?!!お嬢様っ!!?」

「ふふっ……良かった。上手くいったわ。」

「おっお嬢様っ!?一体、どうやって?!」

「あら。魔法よ。基礎魔法の身体強化の魔法と活性魔法で一時的に足の機能を復元。あとは…魔力の流れを操作して足を動かしているのよ」



 くるりとその場で周り、また花の咲いたような笑みを浮かべる。

 私は魔法は使えないが、基礎魔法のことだけは知っている。

 基礎魔法とは、五つにランク分けされている魔法の中で最も弱い。大したことはできない。お嬢様の使った身体強化の魔法は、そのまま、自分の体の運動機能を最大限まで引き出す魔法。活性魔法は自身の体を活性化させて回復力を上げる魔法。

 どちらも、魔法の使える子供が遊びで使うような魔法だ。


 ……しかし、お嬢様……。基礎魔法とはいえ、二つの魔法を同時に展開することは本来、すごく大変なことなのだ。更には魔力の流れを操作?普通は一度にそんなにたくさんの魔法を展開することはできない。精密なコントロールが必要となる上、魔力量が足りなくなってしまう可能性があるから。


 ………あれ?もしかしなくても、お嬢様って凄い人?天才ってやつじゃないでしょうか、これは……!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ