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43.護衛と魔法と令嬢と

窓の外に広がる青い空をゆったりと流れる白い雲。そこを自由に飛び回る鳥の影。外は気持ちいいのだろうか。風を全身に浴びて空を駆けるのはさぞ爽快だろう。ベッドの上から動くことが出来ないわたくしはそれを見てため息と共に視線を部屋の中に戻す。分かっているのだ。所詮は無いものねだりなんだって。わたくしには空を掴む翼もなければ地を駆けるための足すらない。だから、だから―――――!





うちの護衛と我が国の魔法師団長様が睨み合ってるこの空間から逃げ出すこともできないんだよ!!!


なんでや!なんでこんなことになったんや!!誰でもいいから助けて!お願いだから!!

お腹―――――特に胃袋の辺りがキリキリシクシクと痛みを訴えだしたのはきっと気のせいじゃない。そっと腹部に手を添えてキラリと反射した刃先を見つめる。磨き上げられたそれを逆手に持ち、魔法師団長ことメラントリニス伯爵と対峙する阿呆ことブラッドの背中を見つめる。本当に何してくれてんの、コイツ?その人、この国で上から数えた方が早いくらいには偉い人ですけど??なんだお前、この国を二分にでもする気か?

刻一刻と増していくお腹の痛みに耐えかねてメアリーにアイコンタクト。「こいつを止めてくれ」という気持ちをふんだんに込めて二人を見れば、メアリーが小さく頷きを返してくれた。ありがとう、メアリー!



「ブラッド、さっさと片付けて。お嬢様はお体が優れないみたいだから」

「りょーかーい」



神は死んだ。

頭を駆け巡ったのはその一言。込み上げてくるのは、伝わったと思ったのに伝わってない悲しさ。…いや、あのメアリーの若干申し訳なさそうな顔……もしかして、伝わってるのに無視した?嘘でしょ??お嬢様、貴方たちをそんな風に育てた覚えはないんだけど??

これ、わたくしが収拾つけなきゃいけないわよね?一応、二人の主人なんだし。くっそ!高難易度クエはまだ早いって!お忘れかもしれないけど、わたくしはまだ6歳。これでも社交界デビューはおろか、ロクに屋敷の外に出たこともない深窓のご令嬢でしてよ!!こんちくしょうめ!!…おっと、失礼。公爵令嬢の使う言葉じゃありませんわね。オホホホホ…じゃないわ。とりあえず、ブラッドの暴走を止めればいいのよね?そうよね、よし。

大きく息を吸って、ブラッド、とその背中に声をかけるも、ピクリと反応するのみで振り向くどころか返事さえしない。無視?無視ですか?左様でございますか。そういう反応されるんですね。へえー、ふぅん。いつもじゃ考えられない彼の態度に、己の心がスゥーっと冷えていくのを感じた。とは言え、別にブラッドに見切りをつけたとか、嫌いになったとか、そういった感情ではない。どちらかと言えば、これは……あれだ。『いじけてる』んだと思う……たぶん。だって、今までブラッドがわたくしを無視したことなんてなかったから。何か話せないことがあるなら話せないって言うし、下手に喋れない状況でも何かしらのリアクションはくれた。なのに、今回は無視。聞こえないんじゃなくて無視!腹が立って仕方がないっていうか、モヤモヤするっていうか。

子供っぽい?ええ、ええ!そうでしょうとも!だってわたくしはまだ6歳だもの。中身が『アラハタ』ってやつでも、身体は子供。場合によって大人と子供を使い分けられるって、転生の良い所だと思うの。


冷えた視線を揺れる青い髪に送りながら、もう一度ブラッドの名前を呼ぶ。けれど今度こそ完全な無視。ピクリとも反応しないその様にため息を一つ。護衛の行いにこんなに頭を悩ませる令嬢って世界中探してもわたくしくらいじゃないかしら?頑ななブラッドにこりゃ実力行使かな、と魔力を編む。式も、それよって導かれる陣も頭の中に入ってる。標的は目の前。



「……落ち着きなさい!」



魔力を編み上げると同時に叫ぶように声を出し、魔法を発動する。パキン、と小さな音が鳴ると共に現れる魔法陣。魔法陣を可視化したのはアレです、演出です。まあ、やりすぎないために魔力の何割かを可視化に流して威力を抑えるって意味もあるんだけど。



「ひっ!?なっっに!?つめっ!」



相当驚いたらしく、ブラッドの手から滑り落ちた剣がカランカランと音を立てる。何をしたか?簡単な話さ、ブラッドの服の中で氷魔法を使っただけ。服の中にいきなり氷突っ込まれたら誰でもびっくりすると思ったんだけど……やっぱり正解ね。…まあ、安全面を考えたら加減しないといけないけれど、それはどの魔法にも言えることですし。

軽くパニックになったらしいブラッドの様子を見て魔法を解除する。その瞬間、キッとこちらを睨むブラッド。そんな顔したって、わたくしはしーらない。だって無視されたんだもの。根に持つわよ、わたくしは。それに、ブラッドの睨みなんて怖くな……嘘です、ごめんなさい。ものすごく怖いです。気を抜いたら情けない声が出そうなくらい怖いです。でも、今のわたくしは怒りの方が勝っているので。そっぽを向くくらいには機嫌が悪いので。……ブラッドが怖くて目を逸らしたわけじゃないわ、決して。



「わたくしの護衛が申し訳ありませんでした、メラントリニス伯爵」

「いやいや、こっちこそごめんね。彼の行動、護衛としては正しいものだからあまり怒らないであげてね」


正しい?どこからどう見ても無礼千万にしか見えませんでしたが。

伯爵の言葉に首を傾げると、彼は苦笑しながらも緩く握っていた手を広げてみせた。先ほど、わたくしに何かを渡そうとしていた(と思われる)手である。上向きに広げられた手の上に乗せられている物を見て、わたくしは更に首を傾げた。わたくし、フクロウの仲間入りできるんじゃないかしら?っていうくらいには首を傾けてる気がするわ。



「この耳飾りが何か?」



伯爵の節くれだらけの手の上でころん、と転がる黒い雫型の耳飾り。言っちゃ悪いが彼の持ち物だとしたらあまりに似合わないソレに、首を反対側に傾ける。さすがにフクロウの仲間入りは難しかったわ。残念。



「この耳飾りに見覚えはないかい?」



わたくしの疑問におや、と目を大きく開いた伯爵が重ねて問いかける。見覚え?あるような、無いような?……言われたらあるような気がしてきたけど。

何か大切なものなのかしら?RPGだとよくあるよね。どう見てもガラクタだけど、実はストーリー上ですんごい重要なアイテムだから捨てられないやつ。これもそんな感じのものなのかしら?



「これはね……」



首を傾げるわたくしに、伯爵は笑みを浮かべながら口を開いた。けれど、彼の言葉がそれ以上紡がれることはなかった。何故か?



「ディオ!貴様、娘に何かしていないだろうな!?」



お父さまが部屋に飛び込んできたからでした。わーお。お父さまってば、めちゃめちゃはしゃいでいらっしゃるわ。ノックもせずに部屋に飛び込んできたし、今も伯爵に卍固めを決めてるんだもの。仲良しなのね、とその光景からそっと目をそらして窓の外を見る。

……空が、青いなぁ。

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