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41.既視感と正体と咽る令嬢

 警戒心は解かず、しかし表情は変えないように細心の注意を払いながら真っ黒ローブさんを観察する。ブラッドが淹れた紅茶を優雅に嗜みながら、部屋にある一人がけの椅子に足を組んで座っている真っ黒ローブさん。いや、本当に怪しいなコイツ。

 そんな事を考えていると、真っ黒ローブさんがくっくっと喉を鳴らして笑い始めた。何事かと警戒心を更に強める。怖え…怖えよ、この人…。



「そんなに警戒しないでくれ、フェリシエンヌ嬢。俺…いや、私はこれでも君の父上の古い友人でね。今回、君にかけられた呪いを解きに来たんだよ」



 驚かせたみたいでごめんね、と笑う彼はちっちゃい子を相手にするようにヒラヒラと手を振る。確かに、今のわたくしは見た目は幼女だが、前世の記憶が蘇った影響で中身は『アラハタ』ってやつである。そんな子供だましな方法で警戒を解くほど、バカではない!!…筈である。っつーか、サラッと聞き流したけど、呪いって何だ!?物騒だな、オイ!

 そんなわたくしの心の叫びは顔に出てしまっていたらしく、真っ黒ローブさんは「欠片も信じちゃいないな!?」と半ば叫ぶかのように声を上げた。

 ええ、ええ!これっぽっちも信じておりませんわ!!だって怪しすぎるんだもの!真っ黒なローブに、目元が見えないほど深いフードとか…貴方、絶対『悪の魔導師』とか、そっち系の人でしょ!

 なんでかなぁ、と頬を掻きながら困ったように頬を掻く真っ黒ローブさん。なんでもクソもねえよ、ボケェ!!と前世の次兄の声が頭を過った。何故だ……何故、今お前が出てきたんだ次兄よ…。



「なんでって…そんな顔隠してちゃ、怪しいに決まってますよぉ?お嬢様、偶にヘンなところで抜けてるし、突拍子もないことしたり、理解に苦しむところもあったりしますけどぉ。バカではないんですからぁ」

「ブラッド、お黙り!」



 フォローを入れようとしたのか何なのか。余計なワードをペラペラ喋るブラッドをキッと睨みつけて一喝。本当はこんな訳の分からない人の前でこんなことしたくないんだけど、ブラッドは放っておいたら何を言い出すか分からない。だってブラッドだもの。

 そもそも、一応使用人であるブラッドがわたくしたちの会話に入ってくること自体が非常識と罵られてもおかしくないのよね。ある意味、素晴らしいわ。心の中で、呆れ半分にブラッドへ称賛を送る。まあ、こんなものは口が裂けても言えないんだけどさ。

 ため息を吐きたいのを必死に堪えて、チラリと真っ黒ローブさんを見やる。こっちはこっちでマイペースらしく…「そんなもんかねぇ」とか呟きながらフードを取ってた。ゆったりとした動きで取り払われたフードの下から現れた鮮やかな青色の髪が光の当たり方によって紫っぽく輝く様に既視感を覚えた。「お父さまの古い友人」を自称するには少々若く見える顔立ちに深緑の瞳。…うん、どっかで見たことある気がするわねぇ…。どこだったかしら?



「では、改めまして…。初めまして、フェリシエンヌ嬢。私はヴェルディオ・サァル・メラントリニス。これでも王都ではちょっと名の知れた魔法使いでね。以後、お見知りおきを」



 やはり既視感のあるにやりとした笑みを浮かべて真っ黒ローブさん――もとい、メラントリニス様が恭しく頭を垂れる。やけに芝居がかった、しかし品のあるその所作に「貴族なんだろうな、この人」と思う。ならば、こちらもちゃんとご挨拶せねばなるまい。この人が貴族じゃなかったとしてもそれに連なる人であるのは間違いないだろうから。……いや、別に貴族とか平民とか関係なく挨拶されたら返すべきだろうけどさ。そこら辺、面倒のよね貴族って。

 姿勢を正し、軽く髪を整えてから座ったままではあるがゆっくりとお辞儀をする。深くなり過ぎないよう、そして慌ただしく見えないように、など先生から教わったことを頭の中で一つ一つ繰り返しながら。



「初めまして、メラントリニス様。このような格好でのご挨拶になってしまい、大変申し訳ございません。シュヴァルツ・リー・グラッツェルが第2子、フェリシエンヌと申します。どうぞよろしくお願いいたします」



 本来なら立ってカーテシーが望ましいところだが、残念ながらわたくしはそれができる体ではない。…やっべ。足のこと説明すんの忘れてた。事情を知らない人から見れば立ち上がりすらしない令嬢など、ただの傲慢な小娘にしか思えないだろう。「はじめてのごあいさつ」に自分でも思っていた以上に緊張しているのかもしれない。そんな言い訳が通じるはずもありませんが!!あーもー、何やってんだろ…できることならリテイクしたいです。「やり直しを要求します!」なんて言えたらどんなに良いことか…。

 ぐるぐると頭の中を巡る後悔に少し泣きそうになっている自分に嫌気がさす。上手くいかないからって、自分の思った通りにならないからってどんな甘ちゃんだよ、と。()は良くも悪くもポジティブだったんだけどなあ…。

 頭を下げたまま、必死に涙を堪えるわたくしはいったいどんな風に見えているのだろうか。いや、そもそもこの人はわたくしを見ていないのかもしれない。「グラッツェル公爵家の長女はこんなものか」と。失望――するほどの期待なんてされていなかったかもしれないが、わたくしの一挙一動でもしかしたら今後、グラッツェル公爵家を貶める噂が流れてしまうかもしれない。まだ経験したことはないが社交界とはそういう場所らしい。しかし、頭の上から聞こえてきた声はぐるぐると頭の中を巡る妄想とはかけ離れた、なんとも気の抜けるようなものだった。



「あっれぇ…?あー…マジかぁ…。やっばい…ものすごく恥ずかしいんだけど…」



 ミドルネーム有りの家名持ちってことは貴族なんだろうけれど…そうとは思えない言葉遣いで呟いたメラントリニス様。口元を何かで覆っているのか、くぐもった声だ。おおう?なんだなんだ?

 予想外過ぎる反応にチラリと目の前の人物を盗み見る。視界に入ってきたのは、大きなローブの袖で――俗に言う、萌え袖状態なのには触れないでおこう――口元を隠して恥じらう美青年…お父さまの古い友人というのだから美丈夫と表現するのが正しいのかもしれない人が、顔を赤らめている姿。あら、麗しい。きっと世の女性から見たら垂涎ものだろう。

 まあ、残念ながら…非っ常~に残念ながら、わたくしのRPG脳には恋愛カテゴリに割く容量が雀の涙ほどしか残っていないのだ。つまり、美形を見ても「きれいだな」で終わってしまうのがわたくしである。そんなわたくしは美形の予想外の反応に恥じらうこともなく…ただただ冷静になるばかり。頭に冷水をぶっかけられた、というのはこういう気分なのかもしれない。すう…と頭の芯から冷えていく感覚に、目が覚めたような気分になった。

 気持ちを切り替えるように短く息を吐き出して顔を上げる。するとそこには真っ赤な顔でこっちを見ているメラントリニス様。…ちょっと待て、なんだこの状況。



「え…うん…あ、その…うん…フェリシエンヌ嬢は本当にメラントリニスって家名に聞き覚えはない?」

「え?ええっと…?」



 どこか縋るようにこちらに視線を投げかけながら問うてくるメラントリニス様。その問いに目を閉じて己の記憶を探る。メラントリニス…メラン、トリニス……。どこかで聞いたことあるような、ないような…?

 うむむ…と頭を悩ませるわたくしに、不意に何かが近づいてくる気配がする。目を開けてそちらを見れば、すすす…と音も立てずに移動してくるブラッドが。…うん、目立たないようにしてるのかもしれないけど、じわじわ迫ってくるのがホラーだからやめてくださいます?口にも顔にも出さないわたくしのそんな心の中などブラッドが分かるはずもなく…そのままわたくしの傍に来たブラッドはこっそりと耳打ちをする。



「お嬢様ぁ、ヴェルディオ・サァル・メラントリニス様って言ったら、この国で一番の魔法使いですよぉ」

「けっほごふぁ!!??」



 令嬢らしからぬ、珍妙な咳が出てしまったが大目に見ていただきたい。だってそれ、魔法師団の団長様ってことですよね!?それを聞いて動揺しない方がいらっしゃるなら、ここまで引きずってでも連れてきてくれないかしら?!

 咽るわたくしの背を摩りながら、「びっくりしすぎですよぅ」なんて言うブラッドの顔に、一発キツイのをお見舞いしてやりたい。驚かせたのはお前だよ。

 だが、これで謎の既視感の正体がはっきりした。この方は国王陛下の懐刀の一人にして、国内最強の魔法使い。メラントリニス家現当主、ヴェルディオ・サァル・メラントリニス伯爵。――――攻略対象の一人、ユティフィス・サァル・メラントリニスの御父君だ。

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