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4.ようやく合致しましたよ

 どうやら、マーサに困ったちゃん認定されてしまったらしい。しょうがないなぁ、と言わんばかりの生暖かい眼差しを向けられた。心外である。けれど、それよりもわたくしには聞かなければならないことがあるのだ。

 そう、お兄さまのこと。


 口うるさく生意気なわたくしも悪かったと思うが、それでもさっきのお兄さまはお兄さまじゃない。お兄さまの皮を被った何かだ。

 何せ、声をかければ返ってくるのは舌打ち。挨拶すらろくに返してもらえない。それどころか、少なくともここ一年、名前だってちゃんと呼んでもらえなかった。偶の気まぐれで返事をしてくれたと思ったら、うるさい、黙れ、うざったい。

 おかげさまでグラッツェル家の兄妹は仲が悪い、と貴族の間ではちょっとだけ有名らしい。

 お兄さまは既に社交界デビューを果たしているから、余計に隠し難いのだ。


 まあ、そんなお兄さまがわたくしをあんなに心配して……更には手を握って、泣きそうな顔で良かった、なんて言うはずがない。きっとお兄さまの体に異変が起こっているのだろう。



「それで……お兄さまは一体どうなさったの?拾い食いでもされたのかしら?」

「ひろっ…!?……その可能性を真っ向から否定できないのが悲しいところですが……今回ばかりは違うようですよ」

「あら。それなら、頭でもぶつけてしまったのかしら?」

「頭を打ったのはお嬢様です。大変だったんですよ?旦那様も奥様も半狂乱になってしまわれて……」



 本当に、大変だったんですよ。と苦笑を浮かべるマーサ。何かを思い出すような遠い目に、引き上げられた口端は僅かに引きつっていて。相当な苦労をかけてしまったんだな、と思うと同時に、お父さまとお母さまが半狂乱になった事に、マジか…としか言えない。


 この国の宰相として、立派に国王を支える凛々しいお父さま。宰相の妻として、王都を除き、この国一番の広さを誇るグラッツェル領の領主代理としてバリバリ仕事をこなすお母さま。

 二人の「仕事をする人」としての逞しい背中を知っているわたくしからすると、半狂乱と言うのはどうにも信じ難い。と言うより、想像できないのだ。

 けれど、マーサがあんな顔をするってことは本当なのだろう。……領民の皆様に被害が出てないと良いのだけれど。


 って違ぁぁぁぁぁぁう!!

 わたくしが聞きたいのは半狂乱になったお父さまとお母さまの話じゃなくて!!……それも気になるんだけれども!!そうじゃなくて、あのお兄さまの豹変ぶりについて知りたいの!!今のお兄さまはなんだか、得体が知れないの。



「……マーサ。単刀直入に言うわね。

 お兄さまに何かあったの?あれじゃあ、まるで別人だわ」

「お嬢様……あれで遠回しに聞いていたおつもりで…!?

 コ、コホン。失礼しました。

 そうですね……あの事故の翌朝は、お嬢様の様子をチラリと確認して、悪態を吐いておいででしたね」

「想像できるわ。アホ、馬鹿、マヌケ、ノロマ、つまんない奴……ある種の挨拶よね、アレは」



 何重にもオブラートに包んで聞いていたというのに、全く…マーサは失礼ね。まあ、そのオブラートが破れているか否かは知らないけれど。

 それに、我がグラッツェル公爵家では使用人と貴族の壁は割とゆるゆるだ。

 公的な場とかでしっかりしてくれれば、あとは必要最低限気をつけてくれれば良いよ〜。常にカッチリだと疲れちゃうもんね〜。ってくらいに緩い。


 そんな我が家の様子も相まって、お兄さまが物心つく前から屋敷で働いてくれているマーサはわたくしに対してもお兄さまに対しても思ったことを隠さない。

 秘密にして、と頼めばちゃんと黙っててくれるし、口が軽い訳でもないから、割と気軽に愚痴を言える相手でもあるし、逆に気軽に愚痴を言ってもらう相手でもある。



「それでその日の午後、お嬢様、歴史と語学の授業がございましたでしょう?事が事ですし、きちんと状況を説明してお帰りいただこうと思ったのですが……。家庭教師の先生はお嬢様の容態を聞いた後に、それならシャロン様とお話がしたい、と。そのままお二人で何やら随分と話し込んでいらっしゃいしました。

 あぁ、そういえば。シャロン様がお嬢様を気にされるようになったのはその時からでしたね」



 何やらお兄さま側の事情も知っているのか、ニヤニヤと口元に笑みを湛えるマーサに、一言お礼を言って身を沈めたベッドの上で目蓋を閉じる。


 妹が馬車に撥ねられて、家庭教師の先生とお話して、そんでお兄さまが改心。なんかどっかで聞いたストーリーだなぁ……ん?待って……?

 お兄さまの名前は、シャロン・リー・グラッツェル。弟は、ヴィクター・リー・グラッツェル。第一王子殿下は、アレイスター・ロユリ・ビスティア様。その弟君、第二王子殿下は、ジェイド・ロユリ・ビスティア様。そんでもって、わたくし――フェリシエンヌ・リー・グラッツェルは馬車に轢かれて死にかけた。


 あ……あれ?この話、知ってる……いや、当事者なんだから知ってるのは当たり前なんだけれど。そうじゃなくて…見たことがある。いつ?何処で?どうやって?

 お、落ち着け。落ち着くのよ、フェリシエンヌ。まずは情報整理よ。……今、してたわね。


 まず、いつ見たか。これは簡単。前世よ。間違いないと思うわ。

 次に、どうやって?わたくしは一体、何を見たの…?



『お前はこれでもやって少しは女らしさを身につけろ。店員に聞いたら、これが一番人気のやつらしい』



 不意に思い出したのは、前世の長男が土産だと言って渡してきた大手の電機屋のビニール。そして、その中には……



「ぅぬぁぁぁぁ!!」



―――――カチリ。

 パズルのピースがバッチリ嵌るようなそんな感覚がして、体のだるさも忘れて飛び起きる。淑女らしからぬ悲鳴?そんなん気にしてる場合じゃない!!


 だって…そんな……嘘だ……!!もし……。もし、わたくしの考えが正しいのならここは……この世界は、前世のわたくしがプレイした唯一の乙女ゲーム、『アリアドネに花束を』の世界じゃ……!?

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