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34.兄と妹の対話(4)

 思わぬところで露呈いたしましたお父さまの恐ろしさ…。この国の実権握ってんの、実はお父さまなんじゃね?なんて恐ろしい考えが脳裏を過ったが、そんなことはないと信じたい。ほら!本当に陛下の間違いだったとか。…そんな訳ないよねー。普通のお手紙ならともかく、勅書だもんねー。間違いとか気軽に起こせないもんねー。それ考えたら、お父さまマズいんじゃないのかなー。そのうちアサシンに狙われてズバッとやられちゃうんじゃないかなー。実際、屋敷に紛れ込んだ事例がおりますしー。

 聞きたくなかった、色んな意味で衝撃の事実にわたくしはちらりと隣を盗み見る。そこでは相変わらずヴィクターに手品を見せるブラッドの姿。ネタ、尽きないのかしら?

 忘れられたようにテーブルの上に鎮座するカップを手に取ってお茶を口に含む。貴族の中ではこうして気まずい話題になった時、お茶を飲むことで物理的に話の流れを切り、「この話はもう終いだ」と合図する人もいるという。おそらく…いや、確実に、この話題はわたくし達が気軽に踏み込んでいいものじゃない。今回のが陛下とお父さまの間での戯れだとしても、度が過ぎている。御二方の間に何があったかは存じ上げませんし、知りたいとも思いませんわ。おほほほ。

 この話はここでお終いっていう合図に気づいてくれたらしいお兄さまが「まあ、とにかく」と咳払いと共に言葉を紡ぐ。



「父様も母様も、もの凄く俺達を…家族を大切にしてくださる方なんだ。だから、フェリが口数の減ったその日のうちにエル医師(せんせい)を呼んでね。フェリに何かあったんじゃないのか、事故の後遺症なんじゃないのかって聞いたんだよ。そしたらエル医師が『フェリシエンヌお嬢様は今、現実を受け入れようとしているんじゃないでしょうか』って言ってね。しばらくはそっとしておいて様子を見ようってことになったんだ」

「でも、回復するどころか悪化していった、と…」

「うん。これはおかしいなってなって父様がフェリの周囲を探ったんだけど…びっくりしたよ。まさか、フェリがあそこまで酷い仕打ちを受けてるとは想像もしなかったから。まあそれで、それを知った父様がこれ以上ないくらいに怒っちゃって。ミーシェを始めとした、フェリに直接危害を加えた十人くらいをすぐに解雇して新しく人を雇ったんだ。…特に、ミーシェは酷かったから、あまりやりたくはなかったけど、見せしめの意味も含めて徹底的にやらせてもらったよ。彼女の実家の方にもちょっと圧をかけさせてもらってね…男爵もミーシェと絶縁して何とか破産せずに済んだらしいよ。まあ、暫くは苦しい生活を強いられるだろうけど」



 吐き捨てるように言いながらもどこか清々しいお顔で笑みを浮かべるお兄さま。その情報が何処から齎されたのものなのかも気になるけれど、それ以上に腹黒さを感じさせるお兄さまの笑みに背筋が粟立った。だって、幾ら使用人とは言えど、決して浅い関係じゃない知人の家が苦しい思いをしてるのを知って、「可哀想だけど仕方ないし、言っちゃ悪いけどちょっと面白そうじゃない?」なんて言うんだもの。お兄さまは「面白そう」だなんて一切口にしていないけれど、笑顔がそう語っている。お父さまの凍てつくような目とはまた違う、黒く澱んだものが見え隠れするその目が恐ろしくて、わたくしはバレないように簡易ドレスのスカートを軽く握る。もしこれが、将来、宰相になるのに必要な才覚なんだとか言われたらわたくし、泣く。三日くらいはぶっ通しで泣いてやる。

 哀れむような視線を感じてそっと視線をずらせば、お兄さまの後ろに静かに控えるジャックリーンと目が合う。

 哀れみの目とか要らないんで!!とりあえず貴女の主君にその黒いものを仕舞うよう、進言してくださらない!?

 そんなわたくしの願いは届かず…いや、正確にはジャックリーンは気付いた上で「どうしようもできません、すみませんが諦めてください」と視線で語った。え。泣きたいんですが。



「さ、サヨウデスカ…」



 どもりながらもなんとか絞り出した「左様ですか」は情けないくらいに震えていて。ヒュッと鳴ってしまいそうな喉を動かして声にならない悲鳴を必死に飲み込んで。不自然に見えないように口の両端を上げながらも唇を噛んで涙を堪える。そんなわたくしを見て、お兄さまが怪訝そうに眉を寄せる。



「フェリ…?どうしたの?やっぱりまだ、具合が悪い?」

「そ、んなこと、ありませんわ」



 上ずった自分の声に何故だか「しまった」と焦る。挙動不審にはなっていない筈だが、冷や汗が背中を流れていくのを感じる。段々と手や、呼吸すらもか細く震え始める。まるで底なし沼に引きずり込まれていくような、そんな恐怖を覚え、隣のヴィクターが不安げに呼ぶ声に反応することすらできない。ああ、ダメなのに。いつもみたいに優しく頭を撫でて「大丈夫よ」って安心させてあげないと。きっとこの子はまた泣いてしまう。お兄さまも、きっと酷く心配させてしまう。だから、「大丈夫」だって笑って……笑って…?その後はどうすればいいんだったけ?思い出さなきゃいけないのに、なんだか思考が溶けていくよう。



「お嬢様っ!!」



 もういいや、と何かを投げ出しそうになったその時。両頬をぬくもりに挟まれてグイっと正面を向いていた首を横に向けられる。視界がモノクロに変化していく中で、ラベンダー色の瞳だけが鮮やかに輝く。



「お嬢様!オレの目ぇ見て!!()()()()()ダメ!!今度は()()()()()()かもしんない!」



 ブラッドが何かを叫んでいるのが聞こえた気がするけれど、それよりも逆再生のように色を取り戻している視界に安心して。そうして強張った体から力が抜けていくのと同時に、わたくしの意識もゆっくりと沈んでいった。

リハビリ用の短編小説を書いてみました。

時間があれば、是非覗いてみてください!!


<a href=https://book1.adouzi.eu.org/n7436fm/>その魔王、カリスマ無し~部下の命令無視が酷すぎて父に家出させられました~</a>

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