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33.兄と妹の対話(3)

「……こんなこと言うのはものすごく恥ずかしいし、何より自分が情けないし、カッコ悪いしで最悪だけど……ちょっと俺の話、聞いてくれる?」

「もちろん、喜んで」



 何故だか今にも切腹しそうな思いつめた顔をなさるお兄さまに首を縦に振る。ここ、ビスティア王国に切腹なんて文化はありはしないが、そう思わせるほど思いつめた様子だった。あれは貴族の子息の顔じゃない。まぎれもなく武士の顔。出陣前の武人の顔つきである。その張り詰めた空気の所為なのか、自然とわたくしの背も、わたくしの操る氷像の鳥に未だ夢中なヴィクターの背も、シャキッと伸びる。目の前のお兄さまをじっと見つめる中、お兄さまはとつとつと語りだした。ふんだんに謝罪を盛り込んだお兄さまの話を要約すると、『跡取りとしての勉強とか、責任とかが嫌になっただけでフェリのことは全然嫌いじゃない。むしろ大好きだから今更こんなこと言うのもなんだけど避けないで』である。ちょっとフェリシエンヌさん、頭ん中こんがらがってるんでタイム頂けません?


 えっと、つまり?お兄さまは制限が多い生活に辟易して?全部嫌んなって投げ出して?そしたら自分がどう振る舞えば良いのか分からなくなって?そんであぁなって気が付いたら2年経っちゃってましたって?

 ……どっから突っ込めばいいの?制限が多い生活が嫌になった?うん、わかります。わかりますとも、その気持ち!けど、それ投げ出すのは良いとして……いや、良くはないんだけど、この際置いておいて。何をどうしたらあんな乱暴な言動になるの!?とっても不思…………議じゃないわ!!前世の兄貴(次男)が兄(長男)と比べられまくった挙句にグレて不良化したんだった!!そこら辺の過程はよく分からん!!けど、お兄ちゃんって存在が理解しがたいものだってことは理解した!とりあえず、大好きだなんて照れるぅ!!

 ……いや、落ち着くんだ、わたくし。理解できないからってテンションを明後日の方向に振り切らせるのはいけないぞ。お兄さまは真剣に話してるんだから。今は理解できなくていいの。えぇ、きっとそうよ。今はお兄さまに嫌われていなかったことを喜んで安堵していればいいの。



「ええっと…………そう、ですわね……。わたくしもお兄さまのことは大好きですし、その、えっと……?」



 不安げな――雨に打たれる子犬の如き瞳でこちらに視線を送ってくるお兄さまに戸惑いながら言う。あっこれ結構……いや、かなぁり恥ずかしい。6歳の子供なんて「パパ、ママ、大好き!!」って無邪気に言えていた気がするのだけれど、わたくしに前世の―――18歳の記憶があるからか、一世一代の告白をしているような気分になってしまう。そんな感覚に陥ってしまい、口ごもるわたくしにさっきまで絶望のどん底にいるような顔をしていたお兄さまが、「そっか……」と嬉しそうにほほ笑む。うぐっ……!!さすがは攻略対象。とろけるような甘いはにかみスマイルは、既にその鱗片を見せている。恐ろしい子……!

 将来有望なお兄さまの実力(?)をまざまざと見せつけられて、その眩さにタジタジになっていれば、不機嫌そうな顔でヴィクターが無言の猛アピールをしてきた。

 ―――――なぜ、お兄さまとは楽しそうにお話しして、自分とはお話ししてくれないんだ。そう、そのぱっちり二重の大きな瞳が問うてくる。

 いや、ね?わたくしはお兄さまとお話しするためにこの部屋に来たのよ?だから、お兄さまとお話するのは何も悪いことではないはずなのだけれど…。なんだろう…何も言われていないのにこうも責められてる気持ちになってしまうのは……。そんなわたくしを見兼ねたらしいお兄さまが苦笑をこぼしながらヴィクターに声をかけた。



「ヴィクター。悪いけどフェリとすごく大切な話があるんだ。あと少しだけ待っててくれないか?」

「だいじなお話……にーさま、それってむずかしい?」

「そうだな…ヴィクターには難しいかもしれないな」



 お兄さまの言葉に、むぅ……と頬を膨らませたヴィクターは、それでも『大事なお話』の邪魔をしてはいけないのだと理解したらしく、ちょこんとわたくしの隣に腰かけた。わたくしの袖をシワが付いてしまいそうなくらいにギュッと握って、それでいて大人しく座るお利口さんなヴィクターを一撫で。指通りの良い柔らかな髪が指の間を滑っていくのを楽しんでから、後ろに控えるブラッドにアイコンタクトを送る。わたくしの考えをうまく汲み取ってくれたブラッドはヴィクターの前に跪くと、気を引くように小声で話しかけて手品らしきものを披露し始めた。え、ちょっと待って。わたくしも見たいんだけど。

 けれど、わざわざ時間を割いてくれているお兄さまや、邪魔にならないように声を潜めたやり取りをしてくれているブラッドとヴィクターの心配りを無碍にするわけにもいかず……。シャンと背筋を伸ばしてしっかりをお兄さまと目を合わせる。



「お兄さま。本日、こうしてお時間を頂いたのはここ数日のわたくしのこと、そしてわたくしの周囲で起こったことをお聞きしたいからに他なりません」



 周囲で起こったことの中にはお兄さまのこともあったんだけど。そっちは今さっきお兄さまが自分から教えてくれたのでよしとする。これで前みたいな仲良し兄妹に戻れるかもしれないのよね。やったぁ!……まあ、4歳の頃の記憶なんてほぼ無いに等しいのだけれど。



「そうだね。それじゃあ、まずは……フェリ。フェリの記憶がはっきりしてるのっていつまで?」

「わたくしの記憶…ですか?そうですわね……。あの日―――お兄さまとヴィクターと鬼ごっこをした日、までですかね……」

「鬼ごっこ?」

「ええ。ほら、あの日ですわ。わたくしの創った魔法の試運転も兼ねて遊んだ日です。お兄さまとヴィクターも身体強化を使って大変なことになった……」

「あぁ、あの日の……楽しかったよね」



 どことなく、ほわほわとした空気を醸し出し始めたお兄さま。その顔から、本当に楽しかったんだなってぼんやり思う。実際、楽しかったしね。あの鬼ごっこ。普通じゃできないような動きとかもしてたから使用人たちには申し訳ない一面もあったけど、なんでかは分からないけれど、我が家の庭を思いっきり駆け回るのが爽快だったし、何より、お兄さまとヴィクターとあんな風に遊ぶことができる日が来るとは思いもしなかったものだから、夢なんじゃないかと心配になってしまうくらいだった。

 そういえば、あの後、妙な生き物と遭遇したのよね。犬と猫とウサギを足して割ったような、真黒な毛並みの変な動物。両腕で抱えられそうなサイズ感と、地面に引き摺りそうな長い耳はまさしくウサギっぽい。けれど、鼻っ柱が長く精悍さを匂わせる顔立ちは大型犬。ゆらりと揺れる二股に分かれた細長い尻尾に、身軽な動きは猫そのもの。前世はおろか、今世の図鑑でさえ見たことがないあの動物はいったい何だったのだろうか?いや、そもそも、どうしてわたくしの部屋にいたのだろうか?侵入ルートさえも見当がつかない。

 ポンポンと脳裏によみがえる記憶たちに疑問が浮かび上がる。まさか、この時点からわたくしの記憶はおかしかったのだろうか?いや、そんなことはない、と信じたい。



「そっか……確かに、フェリがおかしくなり始めたのはその次の日からだったかもね。フェリは日に日に口数も少なくなってね。代わりに、ぼんやりしてる時間が増えていったんだ。一日のほとんどを人形みたいに過ごすフェリに見守るだけだった父様と母様もさすがに不審に思ってね」

「不審に、ですか?」



 確かに、娘が突然、口数が少なくなって、終いには人形のようになる。それを不審に思うこと自体は何も不思議じゃないんだけれども……。()()お父さまとお母さまが動くのが遅くないだろうか?いや、心配かけておいて何を言ってるんだって話なんだけど。普段から注ぎすぎるくらいに愛情を注いでくださるお父さまと、家族を何よりも大切にしているお母さま。この二人ならば、もっと早く……それこそ口数が少なくなり始めた頃から不審に思ってもおかしくはないはずだ。そんな考えが筒抜けだったらしく、びっくりだよね、とお兄さまが笑う。



「俺が色んなことさぼり始めた頃、母様なんて夜な夜な大泣きしてたらしいし、父様に至っては王都に出ずに領地で仕事してたのに。フェリのことだって、いつもなら口数が少なくなった途端、どうしたんだって騒いだだろうに」

「それは……さすがに大袈裟ではありませんの?」

「大袈裟なもんか。その証拠に、フェリが馬に撥ねられてからもう三か月近く経つのに、父様は一度も王都に戻られてない」



 ――――――ヤバくないか、それ。大丈夫なのか、この国は。

 呆れたように大きく息を吐き出すお兄さまの紡ぐ言葉に思わず我が耳を疑ったわたくしは悪くないはず。だって、考えてもみてほしい。国の宰相で、陛下の信頼が厚くて、カッコよくて、子供ながらに尊敬して憧れてた人が、まさかの「子供が心配だから」で出勤拒否。それだけ愛されてるんだって喜べばいいのか、出勤拒否を受け入れてる(と思われる)陛下に、この国の未来を心配すればいいのか……。不敬もクソもないが迷ってしまう。……おっと。今の言葉は大変よろしくない。先生にバレたら辞書が飛んできてしまう。反省、反省。



「それは……大丈夫、なんでしょうか……?その、色々と……」

「うん、そう思うよね……。実はね、二ヵ月を過ぎた頃だったかな……。一度、勅書が届いたんだよ。王家の紋で封蝋されてる正式なやつ。それをね、父様ったら読んですぐにビリビリに破いて魔法で燃やしちゃったんだよ。こう、ボゥッて」



 勅書とは、この国の国王陛下から直々に下される命、すなわち勅命を伝える為に用意される文書であり、わたくしの記憶が正しければ、それは絶対なはずである。さらに、王都から遠く離れたこのグラッツェル公爵領までそれを運んできた封筒を王家の紋で封蝋していたのならば、間違いなく本物だろう。なにせ、この世界の貴族が封蝋に使う蝋は各家の家紋が印璽されており、さらにそれらはその家の人間しか使えないよう、魔法が施されている。王家ともなれば家紋は複雑すぎて真似できないし、施された魔法も一層、強力だ。そもそもが王を騙ることが重罪であるのだから、そんな馬鹿はまずいない。つまり、送られてきたのは正真正銘、国王陛下からの命であるはずだ。――――――それを破って燃やした?誰が?わたくしたちのお父さまが?なんそなかば!!



「言っとくけど、嘘でも冗談でもないから。……そう、現実…現実、なんだよ……」

「そんな馬鹿な!!」



 遠い目をして頭を抱え、自らに言い聞かせるように現実なんだ、と呟くお兄さまに思わず淑女にあるまじき大声で否定してしまった。隣で跳ねた可愛い我が弟よ、許しておくれ。



「俺も信じられないんだけどね、父様は笑顔で言ったんだ。『シャロン、王子殿下の側近になったら弱味の二十や五十、握っておきなさい。将来、とても役に立つ』って」

「そんな馬鹿な!!」

「そのあと、父様が陛下に宛てた手紙を送ったらね、勅書は間違いだから燃やして無かったことにって返事が……」

「そんな馬鹿な……」

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