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3.状況説明、ありがとう

 さて、お父さまもお母さまもお兄さまも…みんな出て行ってしまって、側にいるのは侍女のマーサのみ。侍女だから用がない限り…又はわたくしが話しかけない限り、マーサからわたくしに話しかけて来たりはしない。つまり、考え事には打って付けなのだ。


 まずは、今わたくし自身がどういう状態なのか。

 わたくしはあの時、馬車に轢かれた。これは間違いない筈。そしてその後、前世の記憶を思い出した。

 って言っても、わたくしはフェリシエンヌ。フェリシエンヌ・リー・グラッツェル。それは変わらない……いや。言葉遣いとか、考え方とか、少しだけ前世に引っ張られているかもしれない。

 ま、まあ!わたくしがフェリシエンヌである事には変わりないんだから、それは置いておきましょう!!


 それにしても……結構なスピードで撥ねられた筈なのに、わたくし、生きているのね…。人体ってすごい!

 っていうか、なんでわたくし、馬車に轢かれたんだったかしら?普通、そんな事起きないわよね?マーサなら何か知っているかしら?



「ねぇ…マーサ」



 分からないことがあれば聞く。何事においてもこれは基本!ってことでマーサに聞こうと口を開くが、わたくしの口から出たのは相変わらずの掠れた音。そろそろちゃんと働いてくれないかしら?



「お嬢様。まずはお水を」

「えぇ、ありがとう」



 マーサは頗る優秀な侍女だと思う。わたくしが自分ですら気付かなかった喉の渇きに気が付いて水を勧めてくれたのだから。しかも、だるくて体を上手く動かせないわたくしを気遣って水を飲みやすいように手を貸してくれた。


 マーサの手を借りて水を飲んだわたくしは、そのまま再びベッドに横たえさせられる。すると、なんてことでしょう。さっきよりも喋りやすくなったではありませんか。どうやら声帯がボイコットしたのではなく、喉が渇きすぎたせいで上手く声が出ていなかったらしい。潤いって大事なのね…。

 まあ、それは良いとして。



「ねぇ、マーサ。わたくし、自分に何が起こったのか、よく分かってないの。良かったら教えてくれない?」

「覚えていらっしゃらないのですか!?」



 後ろで一つに纏めた栗色のおさげ髪を揺らして大袈裟すぎるくらいに驚くマーサに、一つ頷きを返す。頭を打ったのか、馬車に撥ねられたことくらいしか覚えてないんだもの。そんな意味を込めたわたくしの頷きを見て、マーサは丁寧に一から教えてくれた。



「まず、お嬢様は馬車に撥ねられた日から一週間と三日ほど、お眠りになっておりました」

「わたくし、そんなに寝ていたの……」



 余りにも長いこと眠っていたらしい自分に呆れてしまう。寝坊なんてレベルじゃなかった。


 以下、マーサの話を纏めるとこうだ。

 一週間と三日前、わたくしはお父さまとお母さま、そしてお兄さまと弟、ヴィクターと共に…まあ、早い話が家族総出で第一王子殿下と第二王子殿下のお二方を出迎えた。なんでも、家柄上、将来的に筆頭婚約者候補になるであろう、わたくしとの顔合わせの為だったそう。気が早いと思わなくもないが、そこはまあ、王族の方ですし。……お兄さまは例の如く逃走中だったそうだが。

 そして、そのお出迎えでヴィクターがやらかした。いや、やらかしたと言うか何と言うか…。

 わたくしの二つ下のヴィクターはとても甘えん坊で泣き虫だ。そんなヴィクターは、お出迎えの際に王家の馬車を引いていた馬の大きさに驚いて泣いてしまった。そして運の悪いことに、その日、馬車を引いていた馬も中々に臆病な性格だったそうで。ヴィクターの泣き声に驚いてしまったその馬が暴れてしまい、連鎖的に他の馬も暴れ、馬車が暴走。第二王子殿下とヴィクターの方に突っ込んで行ってしまったところを、わたくしが飛び込んで突き飛ばすことで救出。そのまま当然のようにわたくしは撥ね飛ばされたそう。



「お嬢様が身を呈してお二方をお守りした事によって、第二王子殿下もヴィクター様も怪我一つございませんでした」

「そう。怪我人がいないなら良かったわ。あの時、力加減も考えずに思いっきり突き飛ばしてしまったから……」



 況してや、片やこの国の王子殿下。片や4歳の幼子だ。王子殿下を怪我させるなど論外だし、4歳の子どもなんて軽く頭をぶつけただけで死んでしまうんじゃないかと思うくらい小さい。まあ、そんなんで死なないのは知ってるんだけど。



「……お嬢様……」



 ホッとしてベッドに身を委ねるわたくしに、マーサは眉根を寄せて厳しい目を向ける。

 はて?そんな目を向けられるようなこと、しただろうか?



「どうしたの、マーサ?」

「どうしたの、じゃございません。

 お嬢様。確かに、身を呈してでもお二方をお守りしたのはご立派でございます。あの旦那様でさえ、動けなかったとのことですので殊更に。

 ですが、お嬢様はご自分のことをもっと大事になさってください。

 目覚めてすぐも、ご自分のことよりもシャロン様を気にしていらっしゃいましたよね?

 何故、そうもご自身を蔑ろにされるので?」

「……別に、蔑ろにしてるつもりはないわ。ただ、そうね…そこまで頭が回らないのよ。一度に色んなことが起きすぎて」



 マーサの問いにそう答えた瞬間、マーサはしわの寄った眉間を揉んだ。

 ……もしかして、お兄さまの次はわたくしが困ったちゃん認定されてます?

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