28.いざ、食堂内へ!
「おはようございます。お父さま、お母さま」
メアリーとジャックリーンの手によって開かれた扉をくぐり、食堂内へ入る。
お兄さまと少しばかり話し込んだのだが……互いの、というよりもわたくしの記憶が中々におかしなことになっているようだ。
例えば、お兄さま曰く、わたくしは『上の空タイム』(便宜上、そう名付けさせてもらおう)で『義肢魔法(仮)』とは別の魔法を四つほど、作り上げたのだそう。だけれど、わたくしにはそんな記憶が全くと言って良いほどない。詳細を聞けば、前世で漫画やアニメでそんなのあったなぁと思うようなものばかりだったが。
単にわたくしが忘れてしまったのか、それとも記憶が改ざんされてしまったのか……。前者であれば、とんでもない痴呆だ。まだ幼女なのだし、その可能性は低いと願いたい。だが、後者だとすれば大問題だ。何処の誰が何の目的でそんなことをしたのかは分からないが、大罪人として裁かれかねない。と言うか、わたくし、記憶を改ざんされるような何かやらかした?
まあ、色々思うところはあるが、食堂までもう少しな上、待たせてしまっては申し訳ない。そんな訳で、後ほどお兄さまのお部屋に伺う約束をして食堂に来たのだ。その際に、お兄さまの豹変の理由も聞こうと思う。拾い食いでもしていたのなら、エル先生に診てもらわねばならないだろう。……あれから随分時間が経ってるけど。
そう半ば無理やりだが話を切り上げだが、それでもお兄さまは嬉しそうに笑ってくれた。
……お兄さま、美形かよ!!いや、お父さまもお母さまも美形だし、お兄さまは攻略対象だからね!将来とんでもないイッケメェェンに育つことは知ってたよ?けど…けどさぁ!!幼少期まで美形って何なの!?笑顔の破壊力が限界突破しておりませんか!?何で今まであんなにムスッとしてらしたの!?絶対こっちの方が良いって!!荒んだ目をするのは成長してからでよろしい!!
わたくしだって年頃のレディですからね。そりゃあ、見目麗しい殿方を前にして、テンションが上がらない訳がない。お兄さまと同じく、既に社交界にデビューしているご令嬢であれば、このとろけるような甘い笑顔を前にして顔を真っ赤にさせることでしょう。ええ、そうでしょうとも。
だがしかし。今、お兄さまの前にいるのはこのわたくしである。頬を赤らめるどころか、口角を上げて上品な笑みをたたえるのみ。鏡を見なくても分かる。
礼儀作法・マナーの先生にしごき抜かれたお陰か、極々自然に淑女の笑みとやらができるようになっているのだ。うん。自分の兄に頬を染める、なんてことにはならない。
さてさて。そんなこんなで一人、脳内で身悶えながらもいつも通りに食堂内にいらっしゃるお父さまとお母さまに挨拶をし、ブラッドに席に座らせてもらう。続けて入ってきたお兄さまもわたくしと同じようにお父さまとお母さまに挨拶をするが、お二人とも石化してしまったかのように動かない。瞬き一つせずに固まっていらっしゃる。それは何故か。……どう考えてもわたくしが原因ですわね、ありがとうございます。
ここで、お兄さまに聞いたここ最近のわたくしを客観的に振り返ってみましょう。
ある日突然、何の前触れもなく塞ぎ込んでしまったわたくし。いくら声をかけようと会話の九割は上の空。自分から話しかけることはせず、偶に話ができる状態になっても、無理やり作ったような笑みを浮かべて、大丈夫です、とだけ。何かに集中しだしたと思ったら周りの声が一切聞こえていない。
そんなわたくしがこれまた何の前触れもなく、以前と同じように挨拶をしてきたら誰だって驚く。ましてや、それが自分の娘だ。
……うん、どう考えてもお二人の反応の方が正しいわ。わたくしが同じ立場なら、ひっくり返っていたっておかしくないわ。
というか…こうやって整理して考えてみると、わたくしって忙しないわね……。馬車に撥ねられ、魔法の研究に没頭し、挙句の果てには『上の空タイム」突入。
迷惑極まりないわ!!お父さまとお母さまの心労がやばいことになってそう……。ごめんなさい!
なんなんだろうねぇ……今世のわたくしは随分とトラブルメーカーなのねぇ。我ながら、何かにつけては周囲に被害を撒き散らしているようにしかかんじないわ。
コトリ、と紅茶を目の前に置かれてハッと現実に引き戻される。ゆらゆらと揺れて水面に波紋を作る飴色の液体からは、ふわりと良い香りがする。その香りのお陰か、荒ぶった心が穏やかになり、わたくしは安心感からか脱力してしまった。
「ありがとう、ミー……」
この紅茶を淹れてくれたのであろう、メイドを振り返る。いつも紅茶を淹れてくれるのは、ミーシェという男爵家のご令嬢だったはず。
なのに、ミーシェがあるはずのそこには見たこともない人がお仕着せを身に纏って立っていたのだ。……一体、彼女は誰!?




