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26.抱っこと体格

 よくわからないけれど……。普通じゃないことだけは確かよね、この耳飾り。

 マーサの言葉を受けてまずわたくしが思ったのはそんなこと。後でお母さまに相談してみようかしら?何か、わたくしの知らない魔法がかけられているのかもしれないし。


 手早く髪を纏めてくれたマーサの、できました、という言葉に、目元から氷嚢を外して鏡を見る。鏡を覗けば、そこには髪を結い上げた自分自身。目元の腫れはだいぶマシになったものの、まだちょっと赤いかな?……まあ、ほっとけばいいか。

 さて、着目すべきはその髪型。腰まである長い髪をアップで緩く纏められている。ここ最近は髪を下ろしている状態ばかりだったから……少し新鮮ね。髪型一つで随分印象が変わるわよね…。本当に不思議。


 まじまじと鏡を見、耳飾りに目を留める。髪を結い上げたことで露わになったソレは黒く、縦長のしずく型。よくよく見れば、申し訳程度だが金で装飾されていて、とってもゴージャス。なんていうか…6歳児が身につけるにはちょっと大人っぽすぎる。

 興味深そうに謎の耳飾りをいじるわたくしを鏡越しに見ながら、満足そうに何故か頷いたマーサ。彼女はそのまま一歩引いてわたくしに頭を下げる。



「それではお嬢様。ジャンを呼んで参りますので、今暫くお待ちくださいませ」

「あ。それなら必要ないですよぉ、マーサさん」



 すっかり、わたくしの運搬係となりかけているジャンを呼んでくるつもりだったらしい。が、それを止めたのはブラッド。手をひらひらと振って、最高に機嫌が良さそうだ。



「お嬢様はオレが抱っこしまーす。いーですよね、お嬢様?」

「そうねぇ……うん。じゃあ、お願いしようかしら?」

「かしこまりましたぁ」



 ブラッドも男の子とは言え、わたくしと同じくらいの年齢。本人たちにもちゃんとした年齢は分からないらしいが、おそらくはわたくしとお兄さまの間くらいだろう。そんな少年の細腕ではわたくしを抱えるのはキツいのではなかろうか。

 だけれど、ジャンはジャンで仕事があるだろうし…。彼はわたくし付きの使用人でも何でもない。偶々マーサと仲が良いから、という理由でわたくしの運搬係をしてくれている。


 前に彼がどうしても外せない仕事があって、庭師のボブさんが来てくれたことがあったんだけど……。あの時は怖かった。運んでもらっている手前、あまり文句は言えなかったが、筋骨隆々な彼は一挙一動が荒かった。抱き上げられた時も肋骨が折れるかと思ったし、一歩進むごとに何故か視界がぐわんぐわん揺れる。

 ただし、豪快で力が強すぎることを除けば本人は気の良いおじさんなのだ。抱き上げられた時にあまりの痛みに呻き声を上げたわたくしに何度も謝ってくれたし、数日間はどこか痛むところはないかと気にかけてくれた。


 対するブラッドと言えば、わたくしと大して変わらない背丈に、筋骨隆々とは程遠いペラッペラな体。メアリーと入れ替わるのはもちろん、貴族の令嬢にすら化けてしまう程の華奢で細い手足。

 ……うん。よくよく考えたら、わたくし抱き上げた瞬間、ブラッドが折れるわ。絶対耐えきれないって!!



「……あの、ブラッド…」

「んじゃあ、失礼しますね〜。よいっしょお!」

「ひゃっ!?」



 やっぱりジャンを呼びましょう、と言うよりも前にブラッドがわたくしを抱え上げる。急に来た浮遊感に驚いてブラッドにしがみつく。びっくりしちゃいましたぁ?なんて笑うブラッドの安定感のある腕の中で、コイツ、意外と筋肉あんだなぁ。とか、細マッチョっていうやつなのか。とか考えてハッとした。


 わたくし、ブラッドの腕が折れるとか散々言ってたけど、さっき普通に抱っこしてもらってたわ。当たり前のように享受してたけど、その時点で気付くべきだろうが。ぼけっとしすぎだ!シャンとしろ、わたくし!!



「んーと、朝ごはん食べるんだしぃ…食堂でいいんですよね〜?」

「口を慎みなさい、ブラッド。さっきから黙って聞いていれば、お嬢様に対して何という口の利き方をしているの」

「うぇぇ〜。まぁたメアリーのオセッキョーが始まったぁ…!お嬢様ぁ、助けてくださいよぉ〜」

「っ!?…アンタってやつは!!」



 のーんびり、まーったり。ゆる〜く喋るブラッドに、痺れを切らしたメアリーが注意する。そして、助けを求めるかのようにわたくしを抱える腕に力を入れたブラッド。メアリーはそれを感じ取ったのだろう。珍しく敬語がとれてブラッドに敵意剥き出しにしていた。

 そんな二人に思わずクスクスと笑い声をあげてしまう。

 二人の会話は本来、主人の前でするにはあまり褒められた行為ではないだろう。だが、この二人なら話は別だ。小さい子供の躾のように、良くないことをしたらメアリーがその場で注意する。それを繰り返しているうちにどうやら、癖がついてしまったらしい。


 メアリーはそんな癖を治そうと躍起になっているようだし、今回もここまでだいぶ我慢したのだろう。きっと注意したくてしたくてしようがなかった筈だ。


 不意にこんな日常がとても輝いたものに思えて、ここにいる三人が宝物のように思えた。だからだろうか。普段ならば気恥ずかしくて口にできないような言葉がスルスルとこぼれてきた。



「…マーサ、メアリー、ブラッド。いつもありがとう。これからもよろしくね」

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