24.変化と誓い
前話、加筆修正しました。
回想と現在の間に「****」を入れただけですので、特に確認していただかなくても問題はありませんが、一応……。
「おはようございます、お嬢様」
マーサの優しい声をどこか遠くに感じながら朝が来たことを理解する。目をこすって体を起こすと、薄暗いながらもマーサが開けたカーテンから太陽の光が入ってきて目に刺さる。今日も曇りなのだろうか。ここ最近、全く晴れた日がない気がするが、何故だろう?異常気象?……いやいや。ここ、日本どころか地球じゃないんだし。
昨晩、独りで乱心し、その後は速やかにスヤァ…してしまったらしいわたくしは、今にも上と下がくっつきそうな目に力を入れて二度寝を回避しようとする。ここ最近はマーサに言われるがまま夜更かしをしないようにしていたのに、昨晩は夜遅くまで起きて暴れるということをしたが故に寝不足になってしまったようだ。
頭を振ってはウトウトと揺れ、やがてはカクンと首を支える力が一瞬抜ける。力が抜けた瞬間にハッとして目を開け頭を振るも、またもやウトウトと揺れてしまう。
それを数度繰り返していると、マーサのクスクスとした微笑ましそうな笑い声が聞こえてきてなんだか気恥ずかしい。早く起きなければ、と思っても何処にも行ってくれない眠気と格闘していたわたくしだったが、次の瞬間、その勝負も決着が着いた。
「眠そーですねぇ。まぁた夜更かしですかぁ?」
のんびりとしたその声に一気に背筋が伸びて目が開く。ベッドから身を乗り出してその姿を確認しようとした。すると、そこにはずっと待ち望んでいた人物の姿。
お父さまに頼んで用意してもらったお揃いの眼帯をしているお仕着せ姿と冒険者風の装いの二人の護衛。嬉しさのあまり、二人の名前を呼ぼうとしてヒクリ、と喉が引き攣った。まるで喉の奥がピタリとくっ付いてしまったかのようだ。
途端に視界がぐにゃりと歪み目眩がする。それから逃れるように強く目を閉じれば、脳裏に浮かぶのはメイドたちの嘲り。
もし…もし、この二人が他のメイドたちと同じようにわたくしに蔑みの目を向けてきたらどうしよう。足が動かない、何もできない令嬢の世話など御免だと離れ行ったらどうしよう。
二人に限ってそんなことは無いはずなのに、そんな不安ばかりが頭を支配する。挙句、二人が離れて行ってしまうイメージが鮮明にできてしまい、体が震える。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!
「あれ〜?お嬢様ぁ。今日はお帰りなさいのハグ、してくれないんですかぁ?」
のんびりとした声に目を開けた瞬間、視界いっぱいに海を彷彿とさせるブルーグリーンが広がる。冒険者風の装いの方の護衛がわたくしの顔を覗き込んでいるんだと気付いたのは、一拍遅れてからだった。
眼帯をしていない、左目を猫のように細め、両手を広げてハグ待ちポーズ。
普段と何ら変わらぬその姿に釣られて、呆気にとられながらもわたくしもおそるおそる両手を広げる。すると、待ってましたと言わんばかりにわたくしを抱き締める。抱きしめ返すと両腕に感じるその温もりを手放したくなくて強く抱きしめる。
「ただ今帰りましたぁ」
「お、帰り…なさい」
わたくしを抱きしめたまま、んふふ〜、と満足そうに笑いをこぼす冒険者風の装いの方の護衛の肩に顔を埋める。一つに束ねてある長い髪が頬に当たってくすぐったい。けれどとても心地よい。
「お嬢様ぁ、なんか悩んでます〜?」
「……どうして?」
「んふふ〜。お嬢様はねぇ、不安になると他人の心臓の音聞きたがる癖があるんですよぉ〜。ほら、今もそうでしょ?」
指摘されてハッとする。肩に顔を埋めていたつもりが、だんだんと下がって心臓の近くに耳を当てていた。……まっっったく意識してなかった。この癖、直さないとやばいな。
「お嬢様ぁ。それ、他の人にやっちゃ絶対ダメですからねぇ?使用人だったら、オレらかマーサだけですよぉ?」
「ええ。気を付けるわ。教えてくれてありがとう」
「いーえー。……で、お嬢様は何が不安なんで〜すか〜?」
ケラケラと笑ってわたくしに注意を促してくれる護衛は、そのまま流れるように核心に迫る。歌うように言うから流されてぽろっと言ってしまいそうだ。……というか、言ってしまった。
「その…あなた達二人は、わたくしのことを主と言ってくれるでしょう?けれど…マーサも含めてあなた達は、わたくしなんかに仕えていても良いのかなって…」
「お嬢様?」
「マーサも知っているし、二人もお父さまや皆んなから聞いたと思うけれど…わたくし、もう…あ、足が…動かな、くて……。
わたくし、もう自分でできることも少なくなってしまったわ……。だから、その……もし、嫌なら無理してまでわたくしに仕えてくれなくて良いのよ?お父さまに頼んで別のお仕事を……」
もごもごと口を動かし、なけなしの勇気を振り絞って口に出した言葉。自分で言った言葉に、何故か自分で傷ついて泣きそうになってしまう。…声、震えてないと良いのだけれど。
「……はぁ…。失礼ながらお嬢様。それ、本気でおっしゃってます?」
「私たちのこと、そんな風に思ってたんですか?お嬢様……」
「それ、杞憂ってヤツですよぉ。お嬢様ぁ」
お仕着せを纏った護衛が呆れたように溜息を吐き、しょぼんと肩を落としたマーサが悲しげな声を出す。そして冒険者風の装いの護衛がさっきよりも一層激しく笑い出す。
三者三様ではあるが、予想していたものと全く異なる各々の反応にこちらの方が戸惑ってしまう。
「……お嬢様。僭越ながら私、お嬢様がお生まれになられてからずっと、お嬢様付きの侍女としてお仕えしております。お嬢様がお生まれになって早六年。どうして今更お嬢様のお側を離れると言うのでしょう?
……おこがましくはありますが、私は…お嬢様は私の妹…いえ。娘のようなものと思っております」
そう言って頭を下げるマーサを見て、目元がじんわりと熱くなる。無意識に息を止めてしまって…あ。これ泣くな。と何となく感じる。
するとその横では、いつの間にかわたくしから離れていた冒険者風の護衛とお仕着せの護衛が膝をついて頭を垂れる。
「あんねぇ、お嬢様ぁ。言わずとも分かると思いますけどぉ、片目だけの生活って案外不便なんですよぉ?
でも、オレらはそれを選んだ。不便になろうが、死んじまおうが、オレらはお嬢様にお仕えしたくてそーしたんですよぉ〜?
目ん玉一つ賭けたオレらの覚悟、あんまりナメないでくださいよねぇ。
あんたがそこら辺うろちょろしてるアリンコになろうとお仕えするつもりなんですからぁ。足くらい何だってんですか」
「もし、お嬢様が不安だとおっしゃるなら、今一度ここに誓いましょう。
我ら兄妹、貴女が望むのなら、何だって致しましょう。
貴女が望むのなら、何だって差し出しましょう。
例えこの命が尽き、この身が朽ちようともお嬢様に仕え、お守りすると約束致しましょう。
我らの主は貴女様ただ一人であり、この身は貴女様の…フェリシエンヌ・リー・グラッツェル様の為にございます。どうぞお好きにお使いくださいませ」
双子の言葉を聞いた瞬間、私の涙腺は決壊した。もうなんか、色々ダメだった。なんだって朝っぱらからこんなにも泣かなくちゃいけないのか。…いや、100%、情緒不安定気味なわたくしが原因なんですけど。
それでも昨晩とは違う意味で溢れ出た涙は止まらずに、わたくしは目が真っ赤になるまで泣き続けた。
散々泣いたからか、久々にすごくスッキリした気分になった。ピシリと何か音がしたような気がして、視界が妙に明るく感じた。




