23.暗殺者の記憶と後悔
『あなたたち、屋敷ではたらいている方のご家族?悪いのだけれど、わたくしのお兄さまを見ていない?』
そう言った少女はとても綺麗だと思った。照明魔法と呼ばれる魔法を使っているらしく、暗いはずの屋根裏が暖かな光で照らされ、それを受けて少女の白銀の髪はキラキラと輝いていた。キラキラした彼女が眩しすぎて少し、目が痛かったくらいだ。
『……別に見てないね。ってゆーか、お貴族サマが屋根裏に来るわけないでしょ』
ぼんやりと少女に見とれていたオレと違い、片割れはぶっきらぼうに少女の問いに答えた。それを聞いてハッとする。人に…況してや、ターゲットの娘に見つかるなんて…最悪でしかない。
ターゲットを殺す前に目撃者を消して騒ぎになるのはマズイけど…放置するのはもっとマズイ。片割れとアイコンタクトのみで目の前の少女の殺害を決定し、腰にぶら下げた得物に手をかけ―――
『そう。ならしょうがないわね。
あなたたち、ちょっとわたくしと一緒に来て!こんな埃っぽくて暗いところにいたら体に悪いわ!エル先生がおっしゃっていたから間違いないわ』
―――ることもできずに少女に腕を引かれて外に連れ出された。もちろん、抵抗もせずになすがままになっていい訳がない。何度か殺そうとした。だけど、どうしてかこの少女はこちらが武器に手をかけるとこっちを振り向くのだ。まるで全てを見透かしているかのように…。これには片割れも驚いていて、武器に手をかけたまま口をあんぐり開けていた。
そのまま連れて行かれた先は、公爵家の庭の一画。そこで佇む男に、少女は明るく声をかけた。
『先生!お待たせしてしまって申し訳ありません!』
オレらの手を引っ張ったまま明るい声で少女は男に駆け寄り、男も朗らかな笑顔で少女を迎える。仕事柄、大抵のヤツの力量は見れば分かる。一目見て分かった。この男、かなりやる。この少女なんて警戒するのもバカバカしくなるくらい弱っちい。……はず、なんだけど。
『これはこれはお嬢様。こちらこそ、いつもより早く来てしまいまして…。申し訳ありません』
『いえ。気にしないでくださいまし。
ただ……わたくし、今日もお兄さまを見つけられませんでしたの……。いつもいつもすみません…』
『いやいや!それこそお嬢様が謝ることじゃございませんよ!!
……それで、後ろの方は?』
先生、と呼ばれた男との会話でしょんぼりと肩を落とした少女。そんな少女を落ち込ませないようにか、男はオレらをチラリと見て話題をすり替えた。目が合った瞬間、スッと細められる目。
―――バレた!!
いつでも斬りかかることができるよう、こっそりと得物に手をかけて男を睨むと、少女は驚くべきことを口にした。
『先程お会いしましたの。少し手合せをお願いしたくて!』
『手合せ、ですか?』
『ええ。先生、前におっしゃっていたでしょう?わたくしと同じくらいの背丈の人との手合せが一番良いって!
彼らはわたくしと同じくらいの背丈ですし、何より……短剣の心得があるようですもの!!』
その瞬間、オレは反射的に少女の手を払って距離を取った。相手に敵だとわざわざ教えるような愚かな行為だが、そこまで頭が回らなかった。ただただ、なんでバレたんだと、何が悪かったんだと、そればかりだった。
男の声も、それに対する少女の声も、何にも聞こえなかった。己の荒い吐息だけが耳に響いて、全ての音を遮ってしまっていた。
片割れがオレの肩を叩いてしっかりしろ、と耳打ちして漸く、周りの音が聞こえるようになった。
どうやら少女と片割れが手合せをすることになったらしい。オレは男と少し離れたところで見学することになった。
『……お前ら、「デステ教」の人間だろ』
男の確信したような言葉に驚き、けれどそれを表に出さないように気をつけながら、きょとんとした顔でなんでそう思う?と質問を返す。デステ教は有名ではないが無名という訳でもない。だから、無難な反応をしておけば大丈夫。今のオレは、(質問の意味をよく理解できていないただの子供』だ。
『何度かデステ教のヤツとは遭遇したことがあってね。全員、左腕上腕にお前と同じアザをつけてたよ』
そう言って男がオレの腕を掴む。確かに、オレの腕には術を施された刻印がある。けど、それだけでこの男はオレらをデステの人間だと判断したのか?確信を持つには些か無理がなかろうか。
男の手を振り解こうにも力の差があってどうしようもできない。無力なオレはせめてもの抵抗の証に男を睨んだ。けれど、男はそんなオレをバカにするように欠伸をこぼし、オレが襲われていると思ったのだろう片割れの不意打ちも躱し、空いている片手で片割れも抑え込んでしまう。
男は問う。何が目的だ、と。
オレらが口を開くよりも先に、少女ののんびりした声が響いた。
『もう。先生は本当に人気者ですのね。…あら?これ、かなり危険な術じゃありませんこと?前に本で読みましたの。解除してもよろしくて?』
よろしくて?なんて聞きながら、少女はオレらの返事を待たずに術を解除してしまった。バカみたいな話だと思う。でも、本当なんだ。少女に触れられたところからじんわりあったかくなって……直感的に、あぁ、この人について行きたいなって、この人の側にいたいって思ったんだ。
その所為か、気付けばオレはバカみたいなことを口走ってた。公爵様に会えないかって。伝えなきゃいけないことがあるって。
そしたら少女は笑って良いわよって言って、近くにいた使用人を捕まえて公爵様に会えるように取り計らってくれた。片割れは何馬鹿なことしてんだ!って怒ってたけど、オレは全部公爵様に打ち明けようと思った。なんでかは分からない。けど、そうしなくちゃいけない気がした。
昔からオレは妙に勘が良い。片割れにも、そういう勘だけどそうした方が良いって言えば、オレを信じてくれた。
そんで、使用人の人に案内されて公爵様の書斎に行った。公爵様とその護衛たち、それから使用人が何人かとオレらしかいない空間で、オレが暗殺者であること、公爵様の首を狙って来たことを告げた。
デステたちはあくまで『仲介人』だから、任務中の依頼書はオレらが持ってる。そこにはちゃんと、依頼者直筆の名前も入ってる。
それも公爵様に渡して、オレらが敵じゃないことをアピールしてからここで働きたい、と。あの少女に仕えたいと言った。
もちろん、公爵様は渋った。そりゃあ、いつ裏切るかも分からない暗殺者を自分の手元には置いておきたくないよな。
だからオレらは早めにだけど最終手段に出た。腰の得物を抜いて左利きのオレは左目を、右利きの片割れは右目を貫いた。
呆然とする公爵様に啖呵切って、脅しとも言えるような手段でオレらが屋敷で働くことをを良しとさせた。
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我ながら、ある種の信仰に近いと思う。それ程までにあの美しい少女に……お嬢様に惹かれた。誰かに仕える為だけに片目潰すなんて、前までは考えられなかったのにな。でも……だからこそ…。
「……これは、確かに…死にたくもなるよな……」
こんな弱ったお嬢様を放っておけなかった。何があったかは知らないが、お嬢様にはこんなになるまで思い詰めないでほしい。弱ってしまったお嬢様の声を聞くだけで、こんなにも胸が苦しいから。
「あーあ。お嬢様、結構キちゃってんじゃん〜」
「……どこのどいつよ、お嬢様に手ぇ出したの」
片割れと二人。お嬢様の部屋の扉を細く開けて盗み聞きしてしまったことを悔いながら唇を強く噛んだ。
あーーもーー。強くなりてえ。




