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21.情報と暗殺者

引き続き第三者視点です!

 にこにこと笑顔を浮かべるシュヴァルツ。その背後には不可視のブリザードが渦巻き、部屋の温度が氷点下まで下がってしまったかのよう。

 事実、魔法を使ってはいないものの、シュヴァルツは己の魔力を垂れ流しにしており、部屋の温度をじわりじわりと下げていた。

 どれだけ鍛え抜かれた騎士であろうと、人によっては卒倒してしまうだろう空間で、やはり二人の子どもは一切顔色を変えなかった。それどころか、少年に至っては軽快な笑い声をカラカラと響かせている。



「あははは!旦那様ぁ、魔力がダダ漏れですよぉ?」

「お気持ちはお察ししますが…どうか魔力をお抑えください。皆、起きてしまいます」

「……そうだな……すまない」



 茶化す少年の言葉は全力でスルーし、少女の言葉にシュヴァルツは頷く。そして、短く息を吐き出すと自身の魔力を操作して垂れ流しているソレを抑えた。その瞬間、部屋の温度が常温まで跳ね上がり、シュヴァルツは少しだけ顔を顰めた。自身の行いの結果とは言え、寒暖差が大きいのはあまり好ましくなかったのだ。



「解雇されたご令嬢って、旦那様に食ってかかりでもしたんですかぁ?」

「いいや。余程無理な我儘でない限り、私は食ってかかられようと解雇はしないさ。使用人の意見に耳を傾けるのも、雇い主たる私の務めだからね」



 何がそんなに楽しいのか、歌いだしそうなくらいに上機嫌な少年の言葉に、緩く首を横に振ったシュヴァルツ。先程、部屋の温度を下げてしまったことで生温くなってしまったホットミルクを口に含んで目を閉じれば、少年は意外そうな顔でシュヴァルツを見た。そんな彼は、ただし……と呟いたシュヴァルツの次の言葉を黙って待っている。



「身の程を弁えない馬鹿は別だ。特に、私の家族(たから)に手を出すのなら容赦しない」



 明確な敵意を孕んだシュヴァルツの言葉に、少年は目を丸くした。そのまま感心したように、へー、と気の抜けた声を出す。そこに嫌味な感情はない。ただ純粋に感心していたのだ。



「そんな人がいるんですねー?他の公爵家は知りませんけどぉ…このグラッツェル公爵家に手ぇ出すって……。余程自信があったんですかねー?」

「さあ?どうだろうね。…だが、愚行であることに変わりはないさ。嫌味を言い、陰口を叩き、嘲り、所有物の破壊……。()()が私に告げ口をしないことを良いことにやりたい放題さ。

 本人は気付いてないようだけど、いくつか()()の持ち物をくすねた者もいたようだから…ねぇ?」



 堪らず、代わりを見つける前に解雇してしまったよ。と、なんでバレないと思ったんだろうね?と口元を歪ませるシュヴァルツ。そんな彼の表情に、少年と少女は同時にある答えを導き出した。


 ―――ザワリ。


 少年と少女の纏う空気が変わり、突き刺すような殺気が充満する。

 蛇が背中を這うような不快感と恐怖に肌が粟立ち、シュヴァルツは冷や汗を流す。だが、体の反応とは違い頭は酷く冷静に働き、またか、と息を吐く。

 先程の威圧感とは段違いに恐ろしく、嫌でもはっきりと『死』を意識させる、何度目かも分からない()()にシュヴァルツは呆れ返った。



「………メアリー、ブラッド。殺気をしまいなさい。話が進まないだろう?」

「……はーい」

「…失礼しました」



 シュヴァルツが諌めると、二人の子どもは何度か深呼吸を繰り返して心を落ち着かせ、その小さな体から漏れ出る禍々しい気配をなんとか抑え込む。そして、メアリーと呼ばれた少女が無機質に謝罪を口にし、ブラッドと呼ばれた少年が悔しげに口を尖らせる。その姿に、シュヴァルツは胃を全てひっくり返すような深い、深い溜息を吐いた。


 メアリーとブラッド。二年ほど前からグラッツェル公爵家に……いや。フェリシエンヌに仕えているこの双子は元暗殺者である。今はもう足を洗っているが、いつ寝首を掻かれるか分からないにも関わらず二人を側に置くシュヴァルツは、側から見れば相当な変わり者だろう。ましてやこの二人、元はグラッツェル公爵家当主……つまり、シュヴァルツの首を狙って来たのだから。


 事の発端は約二年前。とある貴族がシュヴァルツの暗殺者を二人に依頼したことだ。

 二人はその仕事を成功させる為にグラッツェル公爵家の屋敷で隠れた。完璧な隠密行動だったはずだった。だがしかし、運が良いのか悪いのか、偶然にもフェリシエンヌが二人を見つけてしまったのだ。

 一体、何処の世界に屋根裏を歩く公爵令嬢がいるのか。当然、二人は慌てた。

 見られてしまったのならしょうがない。恨みはないが死んでもらう。そう覚悟した二人にフェリシエンヌは気の抜けるような言葉を投げた。


―――あなたたち、屋敷ではたらいている方のご家族?悪いのだけれど、わたくしのお兄さまを見ていない?―――


 そう。フェリシエンヌは毎度の如く逃走した兄、シャロンを探していたのだった。双子は愕然とし、ただ一つ思った。親の勤め先の屋根裏に潜む子どもが一体、どこにいるんだ!!と。

 その後の話はフェリシエンヌと双子、双方で食い違いがある。

 フェリシエンヌ曰く、二人とは少しおしゃべりして友達になってもらった。

 双子曰く、フェリシエンヌは何でもない事のように自分たちを生き地獄から救い出してくれた。


 どちらの言い分が正しいのか、何が正解なのかはシュヴァルツには分からない。ただ、双子にとってフェリシエンヌは大恩人であり、守るべき対象であり、忠義を尽くすべき『真の主』であると思っていることだけは確かである。

 無論、暗殺者を迎え入れるなど、とシュヴァルツは躊躇った。だが自身の子どもたちとそう年齢の変わらない子どもが二人、自らの手で己の目を潰して忠誠を誓ったのだ。それだけで渋るシュヴァルツを説得するのは十分だった。……一応、シュヴァルツは別にチョロい奴ではないとだけ言っておこう。

 二人に根負けしたシュヴァルツは双子に、フェリシエンヌの側で働かせる代わりに、人は殺さない、などの幾つかのことを誓わせ、魔法の契約で二人を縛った。


 いつまた二人がその手を血に染めてしまうのか……。シュヴァルツは双子と会う度に日々、誰かを手にかけていないかとハラハラしているのだった。

 だが、元暗殺者の双子は当時のコネを最大限に利用してグラッツェル公爵家の諜報員となっている。その情報の多さや精度から公爵家に大きく貢献する二人を、シュヴァルツは解雇したくなかったのだ。

 ……たとえ、胃に穴が空いたとしても。

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