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20.宰相と二人の子ども

今回は三人称視点!

 夜も更け、空の一番高い位置で月が爛々と輝いてその存在を主張し始めた頃。グラッツェル公爵家の屋敷のとある一室だけが、未だ煌々と明かりを灯していた。


 照明魔法。

 一定時間、指定した範囲を明るく照らすだけの基礎魔法の一つである。どの貴族の家でも夜は重宝される便利な魔法だ。

 その『便利魔法』で部屋を明るくし、椅子に深く腰掛けるのは、グラッツェル公爵家当主、シュヴァルツ・リー・グラッツェル。そして彼の前に並んで立つ二人の子ども。

 体格、背丈、顔立ち……その全てがそっくりすぎる二人の子どもを見分ける手がかりは、性別とその愛らしい顔に似つかわしくない大きな眼帯だろう。

 片や、紺色のお仕着せに身を包み右目を大きな眼帯で覆ったちぐはぐな格好の少女。

 片や、少々くたびれたシャツにベスト、ズボンという冒険者風の格好をし、左目に少女と同じ眼帯をつけている少年。



「まずはお帰り、二人とも。無事に帰って来てくれたこと、嬉しく思うよ」



 琥珀色の瞳を細めて二人の子どもを見るシュヴァルツは優しく声をかける。そんなシュヴァルツに少年はのんびりと、少女は淡々と…しかし、一秒の狂いもなく揃って、ただいま帰りました、と返す。頭を下げる角度、タイミングも全てが同じ。更に、声までそっくりなのだから、初見の人ならば大いに混乱するであろう。



「……情報は集まったかい?」

「はい。…と言っても、旦那様の持つ情報に少し進展があった、程度のものしか集められませんでした。申し訳ございません」



 朗らかな笑みの下、冷たい瞳がキラリと輝き、シュヴァルツの『宰相』としての顔が姿を見せる。相手の腹の内を暴こうとするような、暴力的な威圧感。今ここにいるのがフェリシエンヌだったのなら、実の父親から発されるこの空気に耐えきれずに震え上がったことだろう。

 だがしかし。ここにいるのはフェリシエンヌよりも幾分か年を重ねた二人の子ども。少女は一切顔色を変えず、少年に至っては欠伸を漏らし少女に思いっきり足を踏んづけられる始末。



「ブラッドが失礼しました、旦那様。…これよりご報告させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ああ、頼むよ」



 少女の謝罪と申し出にシュヴァルツが頷きを返すと、少年が待ってましたと言わんばかりに、どこからか紙束を取り出した。マジックのように出現したそれを受け取ったシュヴァルツはパラパラと捲って眺める。そして、視線だけで促すと少女は元々伸びていた背筋を更にしゃん、と伸ばした。



「それではご報告させていただきます。

 まず結論から言いますと、お嬢様が巻き込まれたあの事故は意図的に引き起こされた可能性が高いと思われます」

「それは私も同意見だ。王都の騎士団からの報告では、馬がすり替えられていたとのことだが?」

「はい。確認して参りました。どうやら王子殿下らが王都を発つ2日前に王都郊外で馬が一頭、盗まれたそうです。恐らく、その馬かと」

「ほぉ……盗まれた馬、か…それで?」

「馬がすり替えられた経緯は未だ調査中ですが、事故当日、御者を務めていた男が行方不明になっております……と、言うよりもあの日御者を務めた男のことを、()()()()()()()()()()()()でした」



 少女の報告にシュヴァルツは片眉を上げて怪訝そうな表情を浮かべる。事実、シュヴァルツ自身、その日御者を務めていた男のことなど一切覚えていない。御者台に誰かが乗っていた気はするが、それ以外の何もかもが思い出せない。何の印象も残っていない。

 そんなシュヴァルツを肯定するかのように、少女は相変わらずの無表情で続ける。



「公爵家の者を含めた全員が分からない、と。事故の瞬間についても同じく。皆一様に『気が付いたらお嬢様が撥ねられていた』と」

「気が付いたら、か…。あぁ、そうだな。まるで時間が飛んだかと思った」

「憶測に過ぎませんが…ほぼ確実に魔法の類でしょう。精神操作を得意とする闇魔法…又は光と水、それから火の複合魔法でお嬢様が撥ねられる直前まで何ともないように見せていた可能性が高いかと」

「だとすれば、相当な使い手だな」



 少女の推察に、シュヴァルツは溜息を吐く。

 闇魔法はその反動の大きさから使える者が少なく、二種類以上の魔法を組み合わせて発動する複合魔法を使える者は更に少ない。……彼の娘は特に何も考えずに使ってしまったが。

 とにかく、宝の持ち腐れ。できることならば我が国の貴重な戦力として、魔法師団に推薦したいところなのである。



「あ、そーだ。旦那様ぁ。お嬢様の周りのメイド、随分変わったんですねー」



 少女が報告をし、シュヴァルツがそれに頭を痛めているというのに、少年は空気を読まずにのんびりと気づいたことを口にした。そんな少年を少女は睨むが、そんなものはどこ吹く風。良くも悪くもマイペースでゴーイングマイウェイな少年に通用しない。現に今も、いつの間に用意したのか、ホットミルクの入ったカップを3つ、配っているのだから。


 そんな少年からホットミルクの入ったカップを受け取ったシュヴァルツはその話題に、あぁ…と呟いてニッコリと笑った。背後からドス黒いオーラを撒き散らしながら。



「自分の立場も理解できない、頭の悪いヤツは要らないだろう?」

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