19.ゲームの世界と、現実
以前、14話で誤って投稿してしまった話です。
加筆修正しておりますので、以前見たって方ももう一度読んで頂ければ……!
「なんっっっっっなのよ、この体!!」
あの、不思議生物遭遇事件から数日経ち、今日という日が終わろうかという頃。わたくしは自室で一人、苛立ちを露わに声を荒げていた。
ぼふん、と間抜けな音を立ててわたくしが全力で殴った枕がヘコむ。非力な子供の力なんてものともしないでゆっくりと元の形に戻るソレが、「そんなへなちょこパンチなんざ効かねえよーん」と馬鹿にしてくるような気さえした。……勿論、そんなことはない。苛立ちのあまり、幻聴まで聞こえ始めたらしい。
枕を殴る度に同じような思いをして、更に苛立ちを助長させる。完全なる悪循環。しかし、わたくしはそれを止めるつもりはない。こうでもしてないと気が狂ってしまいそうだった。
わたくしのこの行動は八つ当たりでしかない。誰が悪かった、何が悪かった、なんて問題じゃないんだから。強いて言えばお気楽で物事を考える自分が悪い。それは分かっている。分かりきっていることなのに、気持ちが追いつかない。
ぼすっ! もすっ! ばすんっ!
幾ら殴っても間抜けな音を立てて衝撃を吸収し、わたくしの手を柔らかく受け止める枕に当たることさえ、段々と惨めに感じてくる始末。
「う……うぅ…なんで…なん、で…なのさぁ…!」
ボロボロ、ボロボロ。
追いつかなくなった感情が涙となって溢れ出してくる。溢れた涙は止まることを知らず、頬を伝っては寝間着に円形のシミを作る。
自室で…しかも夜中で良かった。こんな姿を誰かに見られでもしたら、わたくしは更に居心地が悪くなるだろうから。
「う…うぅ……うああああああ!!」
もはやヤケクソになったわたくしは枕を殴るのをやめて上方向に放り投げる。ぽーい、と投げられた枕は放物線を描きかけて天蓋に引っかかり、わたくしの顔面に直撃した。もぶっ!?と乙女らしからぬ声を上げてそのまま後ろに倒れこむ。
「……何やってるんだろ、わたくし…」
パタリ、と仰向けになったわたくしは顔に乗っかっていた枕を抱き締めて呆然と呟く。
癇癪起こして、八つ当たりして、更にキレて、挙句には泣いて叫ぶ…。マジで何やってるんだろ。
あの日からわたくしの生活は段々と変化していった。…いや、生活自体は目覚めてから一変してした。けれど、わたくしは魔法の研究や勉強に没頭していて気付かなかった。周囲の目なんて気にしていなかったのだから、気付くはずもない。
自分一人じゃ、身の回りのことが何一つできなくなってしまったのだ。…いや。そもそも、貴族の…それも公爵家の令嬢であるわたくしが自分一人で身の回りのことをするってことはないんだけど…そうじゃなくて…。自分で歩くことができないから、当たり前のように移動ができない。
自分一人じゃ動けないから、常に誰かに…主に執事見習いのジャンに抱っこしてもらわないと何処にもいけない。部屋の中さえ満足に動けないってことは、トイレやお風呂にも簡単に行けないと言うこと。
最初はマーサがその辺りの事情を察して抱っこ係に立候補してくれたんだけど…。わたくしももう6歳。マーサの細腕じゃ、わたくしを抱っこして歩き回るには限度があった。
皆んなができることがわたくしはできない。前世と合わせてもう20年は生きてるけど、こんなことは初めてで。「できない」って、それだけのことがとんでもなく怖い。こんなにも不安になったことなんてない。常に座ってるからなのか、周囲が異様に大きく見えるのも恐怖心を煽られる。
そして、凄く情けない。立つ為の訓練が殆ど進歩のないのも情けなく思う一つの理由だろう。神経がダメになってるんだし、そう簡単に兆候が現れるなんて思ったことはない…つもりだ。けれど、今のわたくしは腕で支えてギリギリ1分くらいしか立っていられない。……ほぼ100%腕力なんだけれども。
そんなわたくしを周囲がどんな目で見てるのか。研究に没頭していて気にも留めなかったそれが段々と気になっていき……そして、気付いてからは後悔した。
同情、興味、不快……そして、蔑み…などなど。
部屋から一歩でも出れば色んな感情が入り混じった視線に晒される。遮ってくれるものなんてない。
両親だって、わたくしを見れば痛みを堪えるような顔をする。そして、一日中、心配だからとわたくしを側に置く。それが2人の優しさからの行動なのは分かる。わたくしが不自由しないようにと気にかけてくれる。
だけど…。だけど、そのお陰でわたくしは常に人の前に出ることになる。正直、気分は立派な晒し者だ。動物園のパンダの方がまだマシかもしれない。
更に辛いのは、メイドたちの反応。我が家は実力至上主義と言えど、マーサのように平民上がりの使用人は極めて少ない。メイドや侍女の大半は子爵や男爵などの位の低い貴族の次女や三女のご令嬢だ。
貴族社会では、体に傷のある令嬢は忌み嫌われるものだ。もし、それが王族を守った栄誉ある怪我だとしても、それは変わらない。そんな令嬢は大抵、婚約も出来ず、家の為にもならないただの穀潰し。況してや、わたくしは足が動かない。服で隠れるような怪我じゃない。これ程までに中傷しやすい相手はいないだろう。
すれ違えば睨まれ、舌打ちの後にわざわざわたくしに聞こえるように陰口を叩く。歩けないわたくしを見るたびにクスクスと酷く歪んだ顔で嗤う。何かを渡される時もわたくしが受け取る前に手を離すからすぐに地面に落としてしまうこともある。……この間、それでインクの壺が割れた時は焦ったなぁ…。
爵位の問題で、本来なら彼女たちの処罰は免れないであろうことも見逃される。何故なら、彼女たちは決まってわたくしが一人でいる時にのみ、そういうことをするから。物的証拠がない限り、お父さまに訴えでもすれば、『足が動かない腹いせに気にくわない使用人を適当な理由をつけて辞めされる令嬢』という印象を周りに与えることになる。
我が家、延いてはお父さまの評判を下げるようなことはできない。わたくしのその印象が噂を作り、その噂が真実であろうとなかろうと、お父さまを蹴落そうとしている貴族たちはこぞってその噂を信じるだろう。真実?そんなの全然重要じゃない。蹴落とせる時に落とす。それが、貴族社会。
何にせよ。これから一生、わたくしは多くの視線に晒されて生きて行かなければならない。
気にしなければ良いのだろう。そんなものなど跳ね返してやる、くらいの意気込みで胸を張っていれば良いのだろう。
けれど、頭で考えていることと心で感じることに明確なまでの差がある。わたくしの気持ちに呼応するかのように、日に日に目に映る世界が暗くなっているように感じる。それがまた、わたくしを追い立てるように恐怖を煽ってくるのだ。
完っっっっ全に舐めてた。足が動かなくなるだけでこんなに周囲に敏感になるとは思ってなかった。……いや、だけ、じゃないのか。
「……これは、確かに…死にたくもなるよな……」
目を閉じて堪え続ける自分を想像して身震いする。自分の将来が、酷く恐ろしいものに思えた。
ゲームの世界なんだからなんとかなる、なんてない。これは現実なんだから命は一つしかないし、心だって傷つく。そんなの分かってた。……いや、分かってた『つもり』だったんだよなぁ…。能天気に「実感湧かない」とか言ってる場合じゃなかったよ。
……きっっついなぁ……。
「あーあ。お嬢様、結構キちゃってんじゃん〜」
「……どこのどいつよ、お嬢様に手ぇ出したの」




