18.続かない会話と早すぎる展開
「そ、そうかい?けれど……何度も言うが無理は禁物だ。休める時にしっかり体を休めなさい」
「はい、お父さま」
わたくしの突拍子のない例え話に面食らったのであろうお父さまは、すぐにキリリと表情を引き締めて再度わたくしに注意を促す。そこには宰相でも公爵でもない、一人の父としての顔があった。それを見て、わたくしは心底恵まれていると感じる。
優しく聡明な両親、謎の変貌があったもののしっかりした頼り甲斐のある兄、小さく愛らしいかわいい弟妹……。ああ、なんと恵まれた家族だろうか!
前世での家族が悪かったわけじゃない。むしろ仲は良かったと思う。けれど申し訳ないが、今の家族はそれを上回ると言うか……自然と『幸せだ』と感じるのだ。うーん……上手い言い方が見つからないな。
「そういえばお父さま。わたくし、目が覚めてからメアリーとブラッドの姿を見ていませんの。二人がどこにいるか…お父さまはご存知?」
今の家族の顔を順番に思い出し、更に屋敷内の使用人たちの顔も順々に思い出す。その中で二人、目が覚めてから一切会っていない存在。
わたくしの護衛のブラッドと護衛兼メイドのメアリー。二人合わせてアメリカの都市伝説!!……なんか、お笑い芸人にいそうないなさそうな……。
男女なのに一卵性双生児か!と突っ込みたくなるほど背格好も顔立ちもそっくりな男女の双子の姿を、目覚めてから一度も見ていない。堅苦しいのが苦手でのんびりやなブラッドの間延びした声。人形みたいに無表情に見えてその実、表情豊かなメアリーの淡々とした声。
日常的に…というか、呼んでなくても現れる二人の声を聞いていないとなんだか物足りない感じがする。なんだろう…こう…虚無感?みたいなものが…。有り体に言えば寂しい。
「ああ。メアリーとブラッドはね…少し、個人的に仕事を頼んでいるんだ。もうじき帰って来ると思うよ」
「……仕事を?」
「少々、調べ物をね」
そう言って苦笑を浮かべるお父さまに、わたくしは首を縦に振ってそうですか、と言う事しかできない。
雇い主であるお父さまの頼んだ仕事というのなら、二人の優先度が高いのはそれだ。だが……やはり、寂しいものは寂しい。二年ほど前から殆どいつも側にいた存在が不在になのだから、余計に寂しさを感じる。
ああ…早く帰って来ないかしら?早く二人に抱き着きたい。
「それと、フェリシエンヌの言っていた車輪付きの椅子…。あれも製作にもう少し時間がかかるようだ。もう少し待っていておくれ」
「そうなんですの?ありがとうございます、お父さま」
黙り込んでしまったわたくしに気を遣ったのか、お父さまが話題を変える。ああ…また気を遣わせてしまったのか…。
目が覚めたあの日から、お父さまとお母さまは割と頻繁に何か欲しいものはないか、と聞いてくる。なるべくわたくしが不便な生活をしないように、との配慮だろう。
そこでわたくしは前世の記憶を頼りに絵を描いてこんなのがあると嬉しい、と車椅子をせがんだ。
これから生きていく上で、これは必需品となっていくだろう。今はまだ子供だからセーフだが、年が上がるにつれて誰かに抱っこしてもらって移動するのは難しくなるだろう。体格的な問題で、同性ではなく異性の方に頼むことになるのだから。
相手が身内だろうが、ヤバい。どう考えてもビッチ系の噂が流れる。
そこで自らの移動手段として車椅子を強請ったのだが…この世界に車椅子なんてものはない。それ故に製作が難航しているようだ。
無茶振りな注文してごめんなさい、職人さん。
「…と、着いたね」
お父さまの言葉にハッと顔を上げる。目の前にあるのはわたくしの部屋の扉。どうやら歩いているうちにとうとう辿り着いたようだ。
っていうか、中庭からわたくしの部屋までの間に話題が二転三転したんだけど。一個の話題、続かなすぎかよ。
「あの、お父さま……まだお時間はございますか?」
「ああ、あるよ。というか、フェリシエンヌの
その魔法が解けるまでは戻るつもりはないよ」
「なら、新しい構築式を見ていただけますか?身体強化の組み合わせ方がまだ分からなくて……少しでも何か欲しいのです」
「構わないよ」
わたくしのお願いを快諾してくださったお父さまにお礼を言って部屋の扉を開ける。部屋の中に構築式をメモした紙があるはずだから、お茶でも飲みながらお父さまの意見を聞いてみようか。
――――――バチィ!!
自室の扉を開けた瞬間、黒い何かが弾丸のように飛び出して来てわたくしの顔面にクリーンヒット……はせずに、その直前で強い静電気が起こったような感覚。驚きのあまり、びゃっ!!と可愛らしくもない悲鳴を上げてしまった。
咄嗟に目を瞑ったが、顔の皮膚がピリピリするような気がするし、なんだか頭がクラクラする。目でも回った?
慌てたお父さまの声に返事をしようとした瞬間、カクン、と膝から崩れ落ちる。…時間切れ。
何の兆候もなく迎えた時間切れに驚き、ヒュッと息を飲んだ瞬間、誰かがわたくしを支えてくれた。…と言ってもずっと手を繋いでいたあの人しかいないだろう。
「フェリシエンヌ!大丈夫かい!?」
「大丈夫ですわ、お父さま。時間が来ただけですもの」
ピリピリする顔の皮膚に引っ張られるようにショボショボする目を何回か瞬きさせて目を開ける。まず目に入ったのは自室。いつもと何ら変わりのないそこはなんだか少しだけ薄暗く感じる。雲でも出てきたのかしら?
次に見えたのはわたくしを支えてくださっているお父さま。わたくしの魔法が解けていることを確認するや否や、流れるような手つきで抱っこに切り替える手際の良さに感心してしまう。
「フェリシエンヌ、一体何があった?」
「分かりません。部屋の扉を開けたら何かが飛び出して来たと思ったのですけれど……」
突然のことすぎて、一体何が起こったのかはわたくし自身にも分からない。ふらつく頭を軽く振って飛び出してきたのであろう、何かを探す。
「みょあん」
不意に聞き慣れない音がして下を向くと、そこには何か、としか形容することのできない、動物らしきものがいた。
犬と猫とうさぎを足して割ったかのようなソレは二又に分かれた尻尾をゆらゆらと揺らす。
え?何これ? UMA?エイリアン?
呆然とするわたくしたちを気にも止めず、謎の生物Xはそのまま何処かに駆けて行った。駆ける直前、わたくしを見てニヤリと笑ったような気がしたが……。気のせい、だよね?っていうか……。
「お父さま、今のは?」
「……私にも分からん」
謎の生物が駆けて行った方向をジッと見つめるお父さまに聞くと、お父さまも不思議そうに首を捻った。
あの生物のニヤリと笑った顔が頭を離れず、モヤのような何かが胸の中に燻っている気がする。……展開が早すぎてついていけないんだけど。何が起きたの?
そんなわたくしの混乱を嘲笑うかのように、耳飾りがリィンと音を立てて揺れた。




